組合《ギルド》の諸事情と立ち位置
あまりにいろいろあったのでそのまま迷宮にい続ける気分にもなれず、ルークが戻ろうか、と提案すると、珍しくミーシャは何も言わず頷いた。
門から戻ってからも、
「なあ、なに話してたんだ?」
「…………」
「その武器……やっぱ珍しいもんなのか?」
「……」
だんまりか、とルークは溜め息を吐きながら、先ほど買ってきた肉の串を口の中へ放り込む。
大食らいのこいつが悩むとはよほどのことに違いない。
「別に無視するつもりじゃないにゃ。あたしだってたまにはゆっくり考えたい時もあるにゃ」
「ぐッ、そ、そうだな、悪かった」
手元が狂って頬に刺さり、ポキリと折れた串を、目立たぬよう道の隅に捨て、ルークは慌てて頷く。
「さあ、よったよった。今朝採れたばかりの新鮮な野菜だよ!」
「卵、卵はいらんかね~」
「そこの人、この回復薬は効き目抜群!怪我が癒え、めきめき体力が戻りますよ。今なら5本セットでお得!」
「すげぇな。そんなもんあるのか」
「偽物にゃ。あの値段では釣り合わないし、もし効き目が本当でも必ず副作用がある……激薬の類いにゃ」
「そ、そうなのか!?あれ、あの人だかりだぞ」
露店ではフードを被った怪しげな人物の前に客が並び、
「一セットくれ!」
「こっちは三セットだ!」
「はいはい順番ですからね。しばらくお待ちください」
次々と、品物が飛ぶように売れていく。
「金がない時は素通りだったが……何がどう効くやら効かないやらわかんねえな……」
露店を後ろにしながら、ルークはふと、組合研究員が使っていた魔獣避けの香を思い出す。
「そういえば、露店では見ねえなアレ」
じゃあ店か、とごちゃごちゃと建物が並ぶ賑やかな商店街の方を向く。すると突然、野太い声が後ろから、
「よおおまえら!久しぶりじゃねえか!なんだあ、まさか朝帰りかぁ?もうそこまでいったとはなぁ~」
「な、何いってやがる馬鹿野郎!そんなわけねぇだろ!!」
ルークが慌てて振り向くと、そこには革鎧に剣を装備したブルーノがぽかんと立っていて、隣のミーシャが呆れたような、冷めた眼差しを向けてきた。
「ルークこそ何いってるのにゃ。迷宮か、ら、の!に決まってるのにゃ」
「ぶッ、ははは……!!おまえら……!!ひーっ、ひひひ」
どうやらツボに嵌まったらしく、腹を押さえ涙を流すブルーノの腕を掴み、
「目立つから場所を変えるにゃ」
ミーシャが裏路地へ連れていく。
ブルーノはひぃひぃ笑いつつ、
「そもそも、竜と猫じゃ無理じゃねえのか。あそこが裂けちまわぁ」
「それ以上続けるなら、ここでさよならにゃ」
ひんやりと冷気を帯びたミーシャの言葉に、
「ああ~、悪いわりい」
となおも肩を揺らしつつ涙を拭く。
「久しぶりにあったんだ。ちょっくら飲んでいくか!話も聞きてぇ」
ミーシャたち二人が顔を見合わせ、しばらくして頷くと、「よっしゃ、ついてこいよ!」
ブルーノは慣れた様子で裏通りを歩き、表に戻ってすぐ角の酒場、‘パウル・バック’のスイングドアをくぐった。
「よお、ブルーノ。朝っぱらから飲みにくるたぁいいご身分だなぁ、おい」
客は何人かいたが、いずれも常連のようで、店主の飛ばした野次に、んごごごと凄まじいいびきを掻いていた客の一人が、ガバッと起き上がり、明るい外を見て慌てて金を払って出ていった。
「よお、マスター。いつもの頼む。今日は連れがいるからな。なんか適当にがっつりしたの見繕ってくれ」
「あいよ。まあその辺座れや」
店主が息子なのかよく似た青年に顎をしゃくると、すぐさま彼は調理に取りかかり、それを横目で見ながら、三人はテーブル席につき、ルークとミーシャは
「スカッシュ」
「グーズベリーにゃ」
とそれぞれ飲み物を注文した。
ちなみに、こういった酒場でスカッシュといえば、だいたいにおいて柑橘系発泡水とジュニパー酒のカクテルを指す。
「そういや腕はもういいのか?」
「あ~、なんとか動かせるまでにはな。今日も迷宮に行く予定だったんだが、仲間に無理するなと言われちまった」
「そうだったのか……どおりで、鎧が汚れてないと思った」
ルークは今さらだが、あちこちに砂のこびりついた自分の胸当てを見下ろした。
「ははは、まあそういうこった。おまえさんたちは、あそこでぶらついてたが、どこかいく予定だったのか?」
「いや、ちょっと店の方に寄りたかったんだが、正直どんな店があるかもわからなくて……」
肩を落とすルークに、
「そっかー、おまえらハーフだもんな。店は敷居が高いか……」
うんうんと頷き、
「おまえたちもだいぶここの生活に慣れてきたみたいだしな……ぷ、久しぶりに腹の底から笑わせてくれた礼に、教えてやるよ。組合の印章は知ってるか?」
「ああ、知ってる。こう、風変わりな木の枝みたいな奴だろ」
「ふっ、はは、あれはエルフの地の守護樹を表すらしいぞ。そうそう、組合運営はむろんだが、提携もしくは庇護下にある店は、必ずどこかにそのマークをつけているから、表立って種族差別することはないはずだ。何せ組合の信条は、‘種族身分、分け隔てなく’だからな」
「そういや受付のねえちゃんとか、迷宮で会った組合メンバーもそう言ってたな」
ルークの言葉に、ブルーノは笑顔で頷いた。それまでずっと黙って聞いていたミーシャが、
「あの印章……ちらほらと目にしてはいたけど、どの店もはっきりとわかるように掲げてはいなかったにゃ。それこそ、小さく目立たない位置にあったり、壁の模様の一部になっていたり、まるで隠すように――――とまではいかないけどにゃ」
「そりゃそうさ。この町を牛耳るのは組合ばかりじゃないからな。そんな大っぴらに掲げたら無駄な争いを招くじゃねえか。堂々と掲げて憚らねえのは、直営店ぐらいで、そんな店はこの町に多くねえ」
ブルーノは声を潜め、
「ここらはまだいいがな……ほら、あのカジノ周辺と、それより北と西側はやべえぞ。頭の足りねえ奴らがふらふらっと歩いてしょっちゅう行方不明になってやがる」
「いわゆる裏組織……って奴か?」
「まあな。有名だから覚えとくといい。奴らは‘ダスキィリング’、一般ではキィリーと呼ばれている、まあ、性質のよくない奴らだ。組合がやたら秘密主義なのも、彼らに情報を抜かれないためだろうな」
とそこで、黒麦酒と、パンや肉野菜炒め、注文したカクテルが次々にテーブルに運ばれてきた。だいぶ腹も空いてきた頃だったので話は一時中断となり、しばらく三人は食事に専念することにした。いつのまにか店内は人が集まり、かなりにぎやかになっている。
「プハッ、やっぱりここのエールはうめえな。おい、追加だ追加!」
すぐにぐびぐびと黒麦酒を飲み干したブルーノは再び注文し、ひとしきり食事が落ち着いた頃を見計らうと、ミーシャが、
「ところで、ブルーノは鍛錬場は利用したことがあるかにゃ?」
「おう、あるぞ。なんだ、おまえら初めてか?じゃあ一緒についていってやるよ。さっきも言ったが、鍛錬場といい、その他の施設といい、ある程度組合の依頼をこなさねえと利用できない施設やサービスは結構あるから気ぃつけろよ」
そこでいったん言葉を切り、ちょうどタイミングよく店員が持ってきたお代わりを一気に飲み干すと、あ、ここの支払いおまえら持ちな、とさらっと爆弾発言をしたブルーノは、それじゃ行くかと立ち上がった。




