世知辛いのはもはや理(テンプレ)
※若干R15要素アリ。……この小説は一応爽やかさを目指してはいます。
麦酒→黒麦酒に変更しました。
ミーシャの立ち直りは早かった。
まず、迷宮下都市の地理を調べ、あらかた探索し……10番目か11番目ぐらいに手っ取り早く稼げる場所が組合運営の酒場であることを突き止め(ちなみに上位はカジノ関係だが、ただの初心者ではどうにもならないので却下)、うまく自分を売り込み、雇われるとともに、南側のいくつかの農家で無料で寝泊まりできる馬小屋の確保にも成功した。
ただひとつ難があるとすれば……。
「ヒュー……寂しかったわ」
「僕もだよメル」
バサ、と藁の上へ倒れ込む男女。
(またかにゃ……次のとこ探さないと)
ミーシャはそろそろと足音を忍ばせ、農家の一人娘とどこぞの青年の逢瀬を邪魔しないように小屋を出る。
(あの男……一昨日は三軒隣のおかみさんと……よく身がもつにゃー)
世界に最も多いとされる人族。彼らは万年発情期であることも有名で、この都市も例に漏れず、馬小屋ホテルは大繁盛。おかげでこの一週間、ミーシャは農地近辺の乱れた相関図まで知ってしまい、待ち合わせのたびに遠い目をしながら次の寝床を探すことになる。
一応水辺や井戸で洗ったりもしているが、馬小屋で寝泊まりしていると臭いがつくので、適当な香草をポケットに詰めたり草むらの上でごろごろしたりしてからミーシャは組合経営の酒場へ向かう。
メイド服を大幅に改良したらしい制服で、ミーシャは身軽さを生かし、酒を、料理を、運ぶ、運ぶ、運ぶ。
「えーやだぁ~もぉ、口がうまいんだからぁ」
「いやいや、ほんとほんと。エイダちゃんに会えるだけでおじさんもう、一日が薔薇色だよ。これ、少ないけど」
「今、お酒運んでるからぁ、ここにいれてね?」
髪を払い、きゅ、と身をかがめて上目遣いに、胸の谷間に指をかける。
(あざといにゃ……)
彼女はプロだ。ああして、チップを稼ぐこと数十、いや、数えるのも阿呆らしい。
「なんだぁミーシャちゃぁん、羨ましいのかぁ?」
別のおっさんが赤ら顔でミーシャを呼び、
「お、おお?いやあ……悪かった。これじゃあ挟めないよなあ……すまんすまん」
胸を見て、スカっスカっとチップを入れるふりをしてからガハハハ、と笑う。
(勝手にするにゃ……!!だいたい、あれはただの脂肪の固まりで、邪魔なだけにゃ……!!)
しかし、稼げるのは羨ましい、と、ミーシャは今度は店の奥に陣取る異様な熱気の女性客数人を見やった。
「ねえ……こっちへいらっしゃいよ。そんなむさい男なんて放っておけばいいじゃない」
言われた方はああん?と返すものの、鼻をフンと鳴らしただけでまた黒麦酒をぐびりとやる。
熱の籠った彼女たちの、耳やらしっぽに注がれる視線……。
ミーシャは毛を逆立て、
(駄目にゃ!!あっちへいったら最後、なにか大切なモノを失うにゃ!!)
すぐさま注文を聞きにいくフリでその場を離れた。
そんな生活を続けて二週間。
「だいぶ貯まったにゃー。でも道具とか装備とかも考えると、もうここらでもうひと稼ぎ欲しいかなー」
夜。明かりもまばらな通りを、こそこそと歩く。……目当ては、酔っ払いの落としもの。
通りに光るものを発見して慌てて駆けより、
「あっ……なんだ、たった一銅貨か」
「こら、おまえ何やってる!」
ミーシャは突然、首根っこを掴み上げられた。
「ちょ、何するにゃ!!」
ガリッ
「うわ、あぶねえ」
「硬ッたぁ……爪が欠けたにゃー」
相手が怯んだ隙に、その体を蹴り、びょいんと半転して距離を取る。
ランタンを掲げ、驚いたように翠の眼をしばたく青みがかった銀髪のその男は、
「半竜人……珍しいにゃ」
ミーシャと同じように、基本は人の体に似ているものの、鉱物のような髪の光沢と爬虫類の瞳、肌をところどころ覆う鱗が、ハーフである証を示していた。
「なんだ、そういうおまえもハーフじゃねえか。賢猫と人とのハーフなんて竜より珍しいぞ」
「そんなことはないにゃ」
「あるんだなあ、それが。竜は性欲強いからなー発情期となると、あっちこっちで発散するからなあ」
「…………」
ミーシャの目に、憐憫の色が混じる。
「おまえも……なのかにゃ」
「ああ。ある一頭の竜が、発情期を持て余して飛んでる時、たまたま農作業をしている女を見つけて襲った。そうして生まれたのが俺、ってわけだ」
男は、気負うでもなく笑う。
「ハーフはどこでも風当たりがきっついな、やっぱり」
「あんまり気にしてないにゃー。両親は恋愛結婚で駆け落ちして、僻地にいたから人付き合いもあまりなかったにゃ」
「それでもな……。こうして、泥棒まがいのことをして金策に走るぐらいだ」
真面目な表情で告げる男に、肩をすくめ、
「あたしの故郷には拾ったら自分のもの、てルールがあったにゃ」
「だろうな……ここでもそうだからなあ……」
男はガシガシと髪を掻く。
「まあその話はもういい。おまえのことはここ数日の噂で聞いた。実は俺も、ゴードリムに最近きたばかりで、まだ組合に登録してないんだ。だからその……俺とパーティを組まないか?」
「…………」
ジト目で睨むミーシャに、手を挙げ敵意がないことを示してから、
「さっきも言ったが……ハーフには風当たりが厳しいんだよ。声かけても誰も見向きもしねえ。おまえもきっと同じだ……迷宮を探索するには、仲間が必要だぜ」
さらに言い募る青年を、ミーシャは警戒しながら窺った。
(一見性格は悪くなさそうだけど……まあ、もし何かあったらボコればいいにゃ!!)
それに、あの酒場にたむろっている連中よりはマシに違いない、とげんなりしながら思い出す。
ブンブン、と首を振り、
「わかったにゃ!パーティ参入決定するにゃ。私はミーシャ・トゥーダ」
「おう。俺はタジール村のルークだ。よろしくな!」
「タジール村……知らないにゃ」
「サーエスト地方の中央から西にいったところだ。まあ小さな村だからなー」
「ふーん……あたしはサーストの端だから、ハイパー辺境にゃ!」
「胸張ることかよ……」
ルークはがっくりと肩を落とし、それからふと、ミーシャが腰に装備している風変わりな武器に目を止めた。
左に細長い鞘、右に小型ナイフともう一つこちらも小さめの鞘があり、
「小剣と細剣……意外な組み合わせだが、まあ、アリか……?」
身軽さを生かした双剣使いかと、ルークは予想づける。
怪訝そうに眉を寄せるミーシャに、
「なんだ、違うのか?」
「なにをいってるのかわからないけど、これは棒にゃ!!」
彼女が馴染んだ手つきで腰からスラリと鋼の棒を抜くと、それは月の光を反射して鈍く銀色に輝いた。
「…………はぁ?じ、じゃあ右のは」
「これは鋼の短杭にゃ。突き刺したり、穴を掘ったりできる優れものにゃ!!」
同じようにドヤ顔で太めの杭を手に取り、構えてみせる。
「いいか、まともな武器を買え。すぐにだ!!」
自信満々なミーシャの、そのあんまりな内容に……それまでの温厚な態度をかなぐり捨て、ルークは叫んだ。