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夜を越えろ 5

ご無沙汰しております。大変お待たせしました。

ビオラが戻ってくる頃には、陽はすっかり日は傾き、草原は朱金の光を帯びていた。食事をしていた小型魔獣も、やがて群れをなし森へと帰っていく。


「見つかったんだな」

ビオラも、それを迎える組合ギルドメンバーの表情も一様に硬い表情をしている


この緊張感はなんだかにゃー。


関わると面倒くさくなりそうなのでミーシャが黙っていると、ルークも珍しく空気を呼んで様子を窺っていた。やがて気を取り直したようにアイザックが、

「しかしもう夕方か……よしおまえら、今日は俺らと夜営だな!」

「え、いいんですか!?」

「おう、これを見ろ」

笑顔でルークに胸元で銀色に光る、植物の枝を模したような不可思議な紋様のバッジを見せ、

「覚えておけ、このバッジは組合ギルドマークだ。これをつけているものは組合ギルド関係者か、もしくはそれに準ずる仕事を請け負う者だ。これを見かけたら遠慮なく助けを求めていい」

「ちなみに、銅、銀、金の順にランクが高くなっているから、見分ける際の基準にしてね」

左袖辺りにある同じ銀色を見せ、ビオラがパチンとウィンクする。


「それ俺たちにいってもいいのか?」

「……え、言わないと意味がないじゃない。それにね、組合ギルドの仕事中以外は皆外しているから」

組合ギルド職員として動く時は規定があるからな。逆に同じ相手でもバッジを外してる時に近づくと大体しっぺ返しを食らうぞ」

はははとアイザックは笑う。


「アイザックさんこっちはもう出発できますよ」

そういった雑談をしているあいだにも、他の職員たちは互いに声を掛け合い、天幕を崩し、偵察にいった数人と話ながら、今夜の野営地の打ち合わせに余念がない。


新人ルーキーもいるし、やはり少し戻りましょう。今日はいつもの場所に先客が陣取っているので森には入らず、東の、‘ノックノック’の縄張りの側がいいようです」

「あーわかった。じゃ、いくか。おまえらついてこいよ」

「魔除けを焚いておきますね」

カンテラの中に小さな三角の袋を入れると炎が強まり、一気に煙が溢れ出し、うっすら調査隊全体を包み込む。


どこかキンと冷えたような冷たさを感じる煙に包まれながらぞろぞろと一行が塔から離れ、やがて東の、適度に茂みがあり、少しひらけた場所に着いた。


片隅には小動物とおぼしき骨の残骸が散乱している。


「ここは……何かの巣じゃないのか?」

ミーシャも頷き、顔を引きつらせている二人に構わず、組合ギルドの調査隊が天幕を張り、野営の準備をする。


上空から見えないようなるべく枝で覆った簡易のかまどをいくつか作り、火を起こして大きな鍋をかけ、干し肉や乾燥野菜などを入れていく。


陽が暮れるまでギャアギャアと騒がしかった魔獣の声が途絶え、大鍋が煮えてくると、遠くから、ズシン……ズシン……と低く巨大な足音が近づいてきた。


地面の揺れが近づくたび、少しずつ大きくなる。警戒するミーシャたちとは裏腹に、組合ギルドメンバーは焦る様子はなく、

「誰が行きます?」

「おまえいけよ。体力余ってんだろ」

なんて会話を交わしていた。


やがて足音は近づき……周囲の木々をブン、ブンと尻尾で薙ぎ倒しながら、見上げるほど巨大で、大きな顎と長い爪を持つトカゲ型の魔獣が現れた。


パックリと開いた口から、ぽたぽたと涎が落ち、今にもこちらに喰らいつきそうな表情をしている。


おもむろに狼族ラウルフの職員が立ち、大きな動物の骨を手に取った。

「そおれ、取ってこい!」

ブン、と骨が遠くへ飛ぶ。それに合わせて、魔獣はブンブンと尻尾を振りながらそちらへ走り、バキバキと木が薙ぎ倒されていった。それに合わせて、投げた側も走り出す。


目が点状態になっている二人にアイザックが、

「あいつは‘ノックノック’といって、突然変異を起こした魔獣をカジノの金持ちが酔狂で飼っていたんだが、あのとおりでかくなっちまってな。飼いきれず迷宮ここへ棄てられちまった。見かけによらず人懐こいんだが……構われたがって全力でじゃれつくから、対処を知らない奴は死ぬ」

「はあ……そうなのか」

「ま、あいつがこっちへ近づかないようにしばらく遊べば大人しくなるだろ」

そう言って話し込んでいたデルタとビオラを呼び、スープとパンを手渡した。


「う~……早く食べたいんだニャー」

「まだやめた方がいいんじゃない。私でも少し熱いぐらいだもの」

ほんわかした会話をする二人から距離を取り、ちょいと失礼、といってアイザックは懐から細く短い棒のようなものを取り出し、火をつけると、さらにたまたま近くにいた何人かが急ぎ足で離れていく。


「煙草か……贅沢だな」

 溜め息のように呟くルークにちげぇよ、とチョップを食らわし、

「ニコティーナなんてもう人族の集落コルニの一部でしか栽培されてないだろ。これは迷宮産の香草を詰め込んだ……ここでは、香煙クーフルって名がついてる」

まあ、店によっては煙草と似たものを扱ってるところもあるけどな、と旨そうに煙を吸い、フーッと吐き出した。


「ッて臭せぇッ」

「いいだろ。コリアンダ―の葉と魔獣の内臓粉末を混ぜ込んだ逸品だ。こいつは効く」


 ミーシャは、と探せば、彼女はささっと抜け目なく風上に陣取っていた。


「わかっちゃいるが、知り合いが死ぬってのはわりかしきついな」

 木々に囲まれた星空の中へ、煙はゆっくりと昇っていく、が、その空を大きな羽を持つ黒い影がいくつも横切り、つんざくような悲鳴とともに馬のような影に蹴散らされ、散り散りに逃げていった。


羽根蛇ジャバウォック夜馬ナイトメアか……迷宮の夜は今日も騒がしい」

黒い毛並みの優雅な馬の群れが空を駆け、やがて向こうへと消えていった。


 やっと静かになった、と思った次の瞬間、遠くからズシンズシンズシン、ともう聞き慣れた足音が聞こえてくる。


「よーしよしよし、こっちだ。餌はたっぷりあるぞ!!」

 誘導班が上手に大鍋を使って‘ノックノック’を引き離し、餌にかぶりついていた彼(?)は満足したのか、凄まじい音を立てて木を薙ぎ倒しつつ寝転んで丸くなった。

「豪快だニャ―」

「あの子はいつもああだから、気にしないで」

アイザックが吸い終えたのを見計らい、ビオラとデルタが近づいてくる。


「あ、デルタさん、簡易結界は一応張りましたが……」

「強化しとくニャ。一応ノックノックの暴走に備えてはいたんだニャ」

組合ギルド員の言葉にデルタが杖を取り出して呪文を唱えると、光の輪が頭上へ広がり、辺りを覆っていった。


 それは幻想的な光景だった。デルタの張った結界が地面に幕を下ろしていく。その端が到達し、消えるか消えないかのうちに、風が、年端も行かないような少女の笑い声を運んできた。


 ピクッとミーシャが耳を動かし、ルークにもはっきり聞こえたらしく、ん?なんだ?と首を傾げている。


「デルタ、二重掛けな」

「わかってるニャ!」

 耳を伏せ警戒したデルタが再び呪文を唱え直す。


「今のは……」

ぽつりとミーシャが呟くのに合わせて、ビオラが、

「ひとまず今夜は一緒に過ごすけど、もうこれから夜は避けた方がよさそうね。きっと、組合ギルドから正式に通達が出るわ」

静かに言った。


「いや、どういうことか全然わかんねぇよ!」

「ま、詳しく説明はできねぇが、ちょいとヤバいもんが出てきちまった、かもな」

「……どうせそれも教えて欲しければ金を、っていうんだろ?」

「はは、まあそうだな」

アイザックが苦笑する。

「ザック、デルタも、そろそろ打ち合せの時間だわ」

「おお。おまえら、結界の外には出るなよ。死ぬぞ」

軽く言って、三人は天幕の方へと去った。


「そろそろ夜を、って話した先にこれか……」

「まあ……でも、他にも問題はあるにゃ」

ミーシャは苦い顔で後半誰に言い聞かせるでもなく、小さく呟いた。

 組合ギルド章バッジ:基本的に組合ギルドの仕事(表)をする時は見える場所につけることが義務付けられている。


 組合ギルドの仕事中広告塔としてどれだけイメージアップに貢献したかで、それぞれ銅、銀、金、とランクが変わる。ランクが上がれば、次回以降報酬が多少上乗せされる。


 魔獣ノックノック:トカゲ型変異種。どんどん巨大になっていくので飼い主が飼いきれず、迷宮に廃棄された。まだ小さかった頃、部屋のドアを尻尾でノックする癖があったので、この名がついた。


 後述するが、基本的に迷宮の生物は持ち出し不可で、‘外’に出すとすぐに死んでしまう。

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