夜を越えろ 4
ビオラの誘いにミーシャは耳をぴくぴくさせながら考える素振りを見せ、
「あの、‘岩裂鳥’から出たのは、魔石かにゃ?」
問われた方も苦笑しつつ、
「………ええ、そうよ。正確には魔石の原石ね」
「おいおい教えちまっていいのか?」
剣を仕舞いつつアイザックが軽く言う。
「これは誰もが知っていることだから。ほぼ全ての魔獣が魔核を持ち、それを元に魔石が作られる」
そう話すビオラは穏やかに微笑み、その笑顔はこう語っていた。
――――貴方たちは、欲に駆られて格上の相手に挑むほど愚かじゃないはず。
「そうなのかにゃ。他のはいらないなら他の鱗とか牙とか爪とか、お肉とかお肉とかを貰うにゃ!」
「肉を二回いったぞおまえ」
ルークが突っ込んでから、魔核か、きっと高けぇんだろうなぁ、と空を見上げてぼそり呟いた。
「そう落ち込まないで。命があるだけでも良かったと思わなきゃ!」
「おまえそれなぐさめになってねえよ」
そんな二人のやりとりはもう意識の外へ出すことにして、ルークは肉やらなんやらを剥ぎ取りにいったミーシャを振り返る。
「おい、とりあえずこの二人についていこうぜ!」
「待つにゃ!この焼けた部分だけでもなんとか!」
そう返すミーシャの向こうから、湿原の地面が揺れ、幾筋もの畝が立ち始める。
「にゃッ!?」
恐るべき手早さで肉を包んだミーシャが、ぴょんと土を蹴り跳び退り、そのままルークたちの元へ走り出した。
「なんか来るにゃ!」
「あーきっと湿原に生息する土竜魚だな。よし、走るぞ!硬い地面までは来ねえよ!」
そうアイザックが言うと、
「じゃあ一足先にデルタに知らせてくる!」
ビオラはひょいと飛行板に乗り、あ、ずるいぞてめえ!という叫び声を後ろに一気にスピードを上げた。
土竜魚はさほど大きくないとはいえ、沼地や柔らかい地面からの一撃はなかなか強力で、細い顎で獲物に食らいついて離さず、噛み砕く。……必死に走る三人の後ろで、岩裂鳥という豪華なディナーを数頭の群れで踊り食らう姿は実に楽しそうだった。
……こんなことを考えていると知れたら、ザックがまた怒るわね。
そんなことを思いつつ、塔周辺を調べる研究員と、デルタの元へ戻ると、
「お帰りなさいだニャ!……それでそれで?僕へのお土産はどこかニャッ!?」
「あっ」
「……あっ?まさかぁ……忘れたのかニャ?猫に物を借りといて?おまけに、組合の仕事を脇目もふらず全うしつつ待っていたのにかニャ?」
「えっと、その……ザックが持ってくるから!!」
「ほんとぅに……??」
「もちろん!!」
咄嗟にビオラは、まだ到着してないアイザックに丸投げすることにした。
さほど待たずに三人が到着し、事情を知ったアイザックは、ビオラとともにすぐさまミーシャに向かい、拝み倒さんばかりに交渉した。ちなみに、魔核を手に入れたという話は怒っているデルタには何の効果もなかった。
「持って帰るつもりだったけど……これほど早く、しかもいい値段で売れるとは思ってなかったにゃ」
「いや~本当に助かった……」
ほくほく顔のミーシャと、ほっと安堵の息を吐くアイザック。
「あのー人助けもいいんですが、仕事を忘れないでくださいよ。なんとか日が暮れる前に手がかりを見つけないと、さすがに」
思わずといったように、狼族の研究員が声をかけてくる。
「そうね……この際だから、あなたたちも何か変わったものを見たり、いつもと違うことはなかった?知り合いが一人、行方不明になっていて……この近くのはずなの」
探している行方不明者はもちろん一人ではなかったが、それを隠し、ビオラが尋ねる。
「さあ……俺たちここに来るのは初めてだからわかんねぇな。どうしてこの近くってわかるんだ?」
微妙な言葉のニュアンスを捉え、ルークが素直に聞く。
「ほら、組合でお勧めの遺体保障システムってあるでしょ?その彼のタグの反応が、この近くなんだけど、見つからなくて。‘塔’の近くは雑音もひどいから……」
ビオラが草地と、研究員によって踏みならされた周りを見回した。
ルークが首を傾げ、扉も窓も暗く鈍色に光り、そびえる塔の先を指差した。
「上は探したのか?……ほら、よく空を魔獣とかが飛んでるし」
「‘塔’の上には、魔獣はあまり近寄らないから……でも、そうね、盲点だったかも知れない」
ビオラはデルタをちらっと見、まだ借りていた飛行板に飛び乗り、起動させた。
「ニャッ!?止めるニャ!それなら僕も行くニャ!!」
ビオラは振り返らず、赤い髪をなびかせつつどんどんと高く上がっていく。
「くッ……‘守護の息吹’!!」
デルタは渾身の力を籠めて、ありったけの守護を飛行板にかけた。
「気ぃつけろよー」
どこか間延びした、アイザックの声。
高っけぇな、首が痛ぇ……とルークが見上げつつ、
「あっちは危険なのか?」
「塔の上部はな。特に休眠期は、いろいろと吸い寄せられちまうから」
「吸い寄せられるってのは……」
「おおっと、これ以上はナシだ。金とるぞ」
アイザックがそうにやりと笑ったので即座に口をつぐんだ。
ミーシャはその様子を横目で見つつ、この重い空気の中気にせず聞けるのは逆にうらやましいにゃ~と考えていた。…………組合の研究員たちは皆一様に顔を強張らせ、上空、すでに砂粒のように小さくなったビオラを見守っている。
飛行板を使い、‘塔’の壁に触れないよう気をつけながら高く高く上昇していたビオラは、‘塔’に出っ張ったバルコニーの先端、赤い夕陽にキラリと反射するものを発見し、息を呑んだ。
「…………あんなところに」
腰のベルトにつけていたフックと紐を取り、慎重に距離を取りながら、タグとそれに巻きついたボロ布へと引っかけ、そろそろと持ち上げていく。
途中風に強く煽られひやりとしたが、うまくバルコニーから外れたそれをビオラは手繰り寄せ、名前を確認した。
「ダグラス……行方不明の……」
わかっていたことだが、気が重い。
ビオラはバルコニー近くで滞空し、肩を落とすも、落ち込む暇もなく何か黒いモノがシュッ、と細く鞭のようにしなり、‘塔’から襲い来た。咄嗟に飛行板を旋回させると、デルタが張った守りに弾かれ、細い影はバルコニーの窓から内側へといったん引っ込んでいく。
「感傷は、後ね」
呟きながらビオラは高度を下げ、仲間たちの待つ地上へと戻っていった。
デルタが守護を飛行板にかけた理由:別にビオラよりこちらが大切とかそういうことではなく、ビオラは(というか大多数がそうだが)生き残るためにあらゆる手段を取ることが予想でき、この場合盾として真っ先に犠牲になるのが飛行板だから。
ちなみに、もし飛行板が壊れて落ちても、デルタの呪文があれば緩衝材を作り、無事着地させることが可能で、もちろんビオラはそのことを知っている。




