夜を越えろ 2
2021年6月30日に読みやすいように改稿しました。話の流れは同じです。
ひとまず今いる森を抜けて、その先にある草原と沼の位置を確認することにした二人は、草むらの中で小さく動く針山に気がついた。
「‘爆針ネズミ’か……厄介な」
「いつかみたいにルークを盾にするにゃ」
「おい、俺だって結構痛いんだぞ。眼に当たったらどうする!」
もそもそと草の根に鼻を突っ込んでいるのは針ネズミの一種だが、危険を感じると丸くなり、さらには全身の針を全方向に飛ばしてくる。
前に群れに合い、大変な目にあった。一匹が針を発射飛ばすと、連鎖を起こすように次々と……もう経験したくはない。
数匹がのんびりくつろいでいる横をそろそろと歩き、嫌なフラグを立てることもなく無事に通り過ぎて、森の出口に到着した。
梢がまばらになり、視界がひらけるとやはり解放感はある。……だが、広く青い空を見上げたルークの表情は浮かない。
草原に魔物の姿はないが、その代わりゆっくり高みを旋回する木の葉のような小さな影。……高度があるので小さく見えるが、あの飛び方には見覚えがあった。
さんざん学んだのでいきなり飛び出るような真似はせず、茂みに身を潜め様子を見ていると、小さな影は羽を休めるためにかスーッといずこかへ姿を消した。
その途端、急に前方左側、湿地になっている一帯が騒がしくなった。危機が去ったとみて、一気に緑と枯れ草のまだら色をした鳥が舞い降り、地面をついばみ始める。
ミーシャは遠くの鳥をじっと見つめながら、短めの尻尾をブン、ブンと振っている。……捕まえたい、とでも思っているのかもしれない。
湿地半分を埋め尽くさんばかりに次々とやってくる優雅な姿……しかし、
「数、多くないか?」
嫌な予感が、と言い終わらないうちに、突然鋭い牙を持つトカゲ型の魔獣が数匹のグループで群れに突っ込んだ。
ギャアギャアとわめきたて、一斉にはばたきながら走り出し、飛び立とう獲物を見事な連携で追い詰めていく。
無視して進むべきか、引き返すか。ちょうど草原の半ば辺り。二人はしばし逡巡した。
そのあいだに、どうやら舞い戻ってきたらしい。遥か高みから、巨大な落岩のように湿地目掛けて下降し、トカゲ型魔獣をその爪の餌食とする。
嘴の一撃で絶命させ、近寄る群れの仲間を一声で萎縮させるさまは、風格があった。
「‘岩裂鳥’……しかもでかい。どうする?」
今いる場所に隠れるところなどない。ただ、幸いなことに、‘岩裂鳥’は目の前の獲物に気を取られている。
「ひとまず右へ退くにゃ!」
ミーシャがルークの腕を掴み、強く引く。さすがに緊急事態なのでルークも問い返したりはせず、共に走り出す。
ズゥウウンッ
背後の地面を巨大岩のような固まりが抉るとともに地響きが鳴り、岩裂鳥がもう1体、姿を現した。
シャギャアアア!
「うッ」
カン高い咆哮に、思わず耳を塞ぎ蹲る。ルークよりミーシャの方がダメージが大きいようで、体がふらつき、顔が真っ青になっている。
「つ、がい……」
ギャアギャアと喚きながら鳥が飛び立ち、トカゲ型魔獣の群れが蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げて姿を消した。新しく現れたもう一体は完全にこちらをロックオンしながらズシン、ズシンと近づいてきて、
「この糞がッ」
ルークが跳躍しその太もも辺りに剣を突き立てるも、硬質な手応えとともに刃は弾かれ、ブン、と蹴りを食らい遠くへ跳ね飛ばされた。
「下手くそ……!!速さとジャンプ力が足りないにゃ!!」
その隙になんとか回復したミーシャはルークに駄目出しをしつつ、重傷を負ったのか少し離れた位置で羽をバタつかせる鳥型魔獣を囮にするため紐つきクナイを突き刺し引き寄せ、岩裂鳥の手前に放る。しかし、岩裂鳥は見向きもせず鋭い嘴で撥ね退け、再びミーシャ目掛けて咆哮を浴びせかけた。
その少し前。湿地近くの草原にそびえ立つ‘試練の塔’ふもとには、組合研究員と臨時登録職員である中堅の冒険者パーティが陣取っていた。
最近、冒険者の不審死が相次いでいるとの情報があり、調査に向かった組合職員も何人か行方不明になっているため、状況を把握しようと目撃証言を集めたり、彼らが身につけている発信機タグを足掛かりに、痕跡が残っていないかどうかをあちこち探索しているが、どうも成果は芳しくなかった。
「あ~……暇だ。なんでこんななるい仕事をしなきゃなんねえんだよ……昼の第一領域なんて、自分ちの庭をぼーっと眺めているようなものだぜ」
と、黒い短髪とよく陽に焼けた褐色の肌をしたアイザックは、石畳に腰を下ろし、ふわぁ、と一つ大きなあくびをした。
「ザック……仕事中にあくびはどうかと思うけど」
「ま、ザックが態度悪いのは今に始まらないけどニャ」
同じパーティ仲間である赤髪を高く結んだビオラが諫め、賢猫族で俗にいう‘ハチワレ’でブチ模様のデルタリアンが突っ込みを入れる。
「そもそも、冒険者の不審死なんてここじゃ珍しくないだろが。行方不明の職員だって、連絡が取れないだけでさー」
「さては詳しく聞いてなかったニャ?真面目一徹、期日遅れなんてしたことない模範職員も行方不明になってるニャ。常にギリギリ生活でいる大多数とは違うニャ」
「そう。そして、彼の発信元はここ。この近くにいるわ」
赤毛のビオラがそう宣言する。
「そうはいってもな……もう二日目だぞ。この塔は閉鎖中だろ?」
「ええ……ここまで見つからないなんて。塔の内部という可能性は……」
「ないない。そいつが行方不明になったのは数日前だろ?この塔はひと月も閉まってるんだぞ?」
「そうね。‘休眠期’の途中で扉が開く、ということも、これまで一度もなかったらしいし」
ビオラが辺りを見回すと、研究員たちはまったく人目を気にせず、扉をこじ開けられないか試してみたり、地面に這いつくばったり掘り返したりして、まるで舐めるかのように何かの痕跡がないかを丁寧に調べている。……これも二回目になる。
傍目には、揃いの制服も相まって何かの宗教集団にしか見えない。
……組合のイメージに変な影響が出なきゃいいけど。
……ふっ、とビオラはアンニュイな溜め息を吐き、ちらっと仲間を振り返るが、元よりあまり人目を気にしないザックは
「なんだ?トイレなら早めに済ませとけよ」
と的外れなことを言い、天上天下唯我独尊なデルタはまったく意に介さず、離れた湿地の鳥の群れを遠見眼鏡を使い眺めながら、焼き鳥食べたいニャ、などと呟いていた。
「おッ、アルケオの群れにデュノクスが突っ込んできたニャ!」
「………まあよくある光景だな」
勝手に実況を始めたデルタに、ザックが退屈そうに返す。
「あっちも食べでがありそうだニャ…………」
じゅる、と口元を拭ったデルタ。
調べていた研究員の一人が振り返り、
「ビオラさーん、借りてきた例の受信機の感度はどうですか?僕のはどうも……やはり安物は駄目ですね。塔の近くはノイズがひどくて」
「あ、ちょっと待って。風が強くなってきたから………」
研究員に答えつつ空を見上げたビオラの視線が、ある一点で止まる。
「ねえちょっとあそこ………!!岩裂鳥が旋回から急降下態勢に入ったけど!」
「鳥かトカゲかのどっちかを狙ってんだろ……珍しくもねえ」
アイザックが鼻を鳴らす。
「あの大きさは……少し前に報告のあった、変異体かも知れない!!」
「あ、なんかちょうど落下先に軽装備の冒険者が二人いるニャ」
デルタがのんびりした口調で告げる。
「何ぃ!?それを早く言え!!」
アイザックはそう一言叫ぶと、先ほどまでのだらけた姿が嘘のように、岩裂鳥の降下先である湿地地帯へ勢いよく走り出した。




