夜を越えろ 1
遅くなりすみません。
時はジョシュアが組合の長に呼び出された日より数日前に遡る。
だいぶ迷宮に慣れてきたミーシャとルークは、今日も遺跡跡と丘近辺の依頼をこなしながら、細々と日銭を稼いでいた。
「今回は、マラティカ草の納品か……いつもこんな簡単だといいけどな」
ツンとした独特の匂いがする香草を眺めのいい丘からさほど遠くない所にある、まるで眺望台のような小屋の中、大の大人が2人余裕で寝られるほどの円筒形の箱の中に香草を入れながらルークがぼやいた。
「これもどういう仕組みなんだろーな……」
香草を入れた後蓋を閉めてしばらく経つと重みでか、箱が沈み、灰色の床の下へと吸い込まれていく。
さて戻ろうかと二人が小屋を出ると、ちょうどヒプシロが数頭森で草を食んでいた。刺激しないように姿勢を低くし、じりじりと遠ざかる。
こうして無駄な戦いを避け、万が一があれば鈍器で殴る。
剣も両刃より片刃の方が‘輝’では潰しが利くと片腕吊りの男ブルーノに教わり、ルークは武器を片刃の曲刀へと変えていた。
「あっちに群れから離れたヤツがいるにゃー」
「よし、もらった!」
ミーシャの言葉にルークの眼が輝く。背を低くし、低木の芽を食べるその一頭にすぐさま踊りかかり、きつい一撃をその背中に食らわせた。……もちろん峰打ちで。
致命傷にはほど遠いが、暴れるヒプシロにミーシャが飛び乗り、首に縄を巻きつけた。
「どう、どう」
ロデオよろしく、言っている台詞がアレだが、縄は容赦なく絞まり、暴れていたヒプシロはやがて完全に息の根を止めて地面へドサッと倒れた。
「んじゃ、火でも起こすか」
組合に送ることもできるが、手数料もバカにならないので、結局はこうして食べ、余った分を携帯食にしてしまうのが一番効率がいい。
『おいこら、肉を焼くときは臭い消しも一緒に燃やすのを忘れんじゃねえぞ。んだ。あ?この草か?ほら、その辺に生えているだろうが。茎にちっこい丸い葉がついてる、これだよ。……多分、ちゃんとした名前がついてんだろうが、臭い消しとしかみんな呼ばねえなあ』
……ブルーノによれば、こんなのは第1領域に入る者の常識で、組合からも安く買えるという。
『おまえらなあ、こういった基礎知識は借金してでも買っといた方がいいぞ。知らんと命取りになる』
呆れつつブルーノは他にも雑談がてら色々と教えてくれた。
……残念ながら冒険者としての腕は、弱い魔獣にも苦戦する自分たちと似たりよったりだったが。
あれからしばらく音沙汰がなく、未だ丘付近をうろつくだけで、眼前にそびえる一番近くの塔にすら近づけないまま。
ルークが骨付き肉片手に黄昏れていると、ミーシャが腰のポーチからジャジャーンとばかりに布を取り出し、
「そうそう、これを見るにゃ!」
ザっと地面へ広げた。
「お、地図か!」
「そのとおり。これまでの聞き取りの成果……特にあのねちっこく耳とか尻尾とかを見て探ろうとしてきた自称研究員に堪えて話をしてきた成果が実を結んだにゃ!……情報を書き込んだから間違いないにゃ!」
今いる場所は眺めのいい丘からそう遠くない崖の下。付近には森が広がり、地図によれば森を抜けた先まっすぐの北北西に塔が一つ。西の沼地を超えた辺りに一つ、北に一つの合計三つ点在している。
「‘試練の塔’……本当に数が多いな。こんな近くに三つもあるぞ?俺は詳しくないが、もっと少ないんじゃないか、普通」
ルークが首を傾げる。
「……さてはルーク、話ほとんど聞いてなかったにゃ?」
「あいつはおまえ担当だろ」
「うわひどッ」
耳をピシッと立て尻尾をブンブン振りながらも、ミーシャは地図上の★印を指し、
「各‘試練の塔’にはそこの支配者がいるにゃ。仕組みは単純で、魔物を倒しながら最上階を目指し、そいつを倒す」
「ほうほう」
「ボスを倒された‘塔’は、休眠期に入るのにゃ」
「……なんだそりゃ」
「その間扉は固く閉じて塔への侵入者を受け入れず、一定期間の後に再び元の姿を取り戻すらしいにゃ」
「休眠期か……‘塔’の休眠期ってなんだよ」
「さあ。でも、そんなサイクルがあるからこそ、‘試練の塔’なんていう渾名がついたとか言ってたにゃ」
「あいつさぁ……そんなうんちくだけは多かったよな。あーしっかし、‘試練の塔’に‘裁定者’か……変なとこだなぁ、ここは」
ルークはドサリ、と草むらに身を投げ出した。そうすると、湿った匂い、梢が鳴る音、獣たちが呼び交わす鳴き声などが鮮明に届いてくる。
「よく村で聞いた冒険譚とかだと、そういうボスを倒すと、強力な武器が手に入るとか、なんかそういう……」
「いろいろな噂があるらしいけど……信憑性の強いのは、次の領域への‘鍵’が手に入る、って説にゃ」
「俺たちほとんど入り口しか探索してねぇのに、もう次……っていうかここだけじゃなかったなそういや」
広ぇよ探索終わんねぇよこれ、とルークが腹筋を使い起き上がり、ブツブツ言う。
「そもそも、全てが発見されたわけではないらしいにゃ。‘虹迷宮’は7つの領域に分かれるといわれているけれど、確認できているのは6つのみとか」
「……それもあの男の話かよ」
「いんにゃ、これは父さんの受け売りにゃ。こういう謎解きは実地で経験して発見したり実感したりするのが一番楽しい、って言って、あんまり重要なことは教えてくれなかったけどにゃ」
焦げついた骨を手に取りくるくると弄んでいたミーシャが、ガサガサと近づいてくる茂みにちらと目線を向け、勢いよく投げると、ギャィン、という叫び声とともに獣が跳ね、遠ざかっていく。
「俺の、出番が~」
「後にとっておくにゃ」
抜いた剣を鞘にしまいつついじけたようなルークの声をさらりと流して、
「それはさておき……やっぱりデイリーは辛いにゃ。だいぶこの迷宮にも慣れてきたから、ここらでレベルアップチャレンジにゃ!」
「え、もっと早く言えよ、遠慮なしに飲み食いしちまったじゃねえか!!」
ルークが恨めしげに、だいぶ軽くなった酒の袋と、骨だらけのまわりを見やる。
ミーシャが呆れたように鼻を鳴らし、
「今日いきなりやれるわけないにゃ。一応まだ昼過ぎだから、せめてあの目の前の塔の近くまでは行って、水源と、安全に一夜しのげそうな場所を探しとくにゃ!」
「…………そうだな」
ルークは頷きつつ、少しばかり抵抗して、他にいい案はないか考えてみた。……残念ながら、何も思い浮かぶことはなかった。




