第1領域 組合《ギルド》被害報告
お待たせしました。
昔、ジョシュアという若い賞金稼ぎがいた。髪は傷んで金髪と茶のまだら。革と金属板を絶妙に繋ぎ合わせて作った自作の鎧と鉈のような剣。両耳にいくつも開けた魔石ピアス。
好んで強い魔獣と戦い、誰彼かまわず喧嘩をふっかける。
しかし、そんな彼ももう三十も半ば。年相応に経験を重ね、知識も増え、性格も丸くーーーーーーなりはしなかった。
迷宮の第4領域から久しぶりに帰還し、報酬を賭博と、酒と女に注ぎ込んでは、近場で魔獣を狩り、また賭博で使うというループを楽しんでいたところへ本部からの突然の呼び出し。
森や庭園のある敷地に佇む豪邸ーーーー一般的な冒険者組合とあまりにもかけ離れているため、新人にはカジノの金持ちが住んでいる、と思われがちな組合本部。
その上品な調度がなされた白い廊下をわざと泥もぬぐわずガシガシと足音高に歩いていた彼は、見知った姿を見つけてにやりと笑う。
「よう、抉れ耳。聞いたぞ、まぁた受付にいたんだってな。半獣か新人か知らんが、ゴミに肩入れしたとこでろくなことにならんだろ?」
「……わざわざ忠告どうも」
馴れ馴れしく肩を叩こうとする手をさりげなく避け、早口に述べて立ち去ろうとするマチルダに無理やり歩調を合わせ、
「わかるか?俺はおまえが心配なんだよ。使えねえ馬鹿に成り下がんじゃないのかと……心配で心配で……猛っちまうよ。エルフの統括はバリバリの選民主義者だしなぁ」
ヒヒ、といやらしく笑う。
マチルダもにやりと笑い返し、
「ジョシュ、おまえと私の仲じゃないか。いつでもいってくれ、腕の立つ医師を紹介する。……アタマのな」
「ほざけ」
彼が唸り、言い返そうとしたその間に、、
「で、呼ばれてたんじゃないのか?私はこっちだ」
親指で廊下正面、統括の書斎を指し、右へと曲がって去っていく。
「ちっ」
呼ばれてんの俺だけかよ…………あーやだやだ。
内心ぼやきながら、がっしりとした両開きの扉の前に立ち、ノックを二回する。
「どうぞ」
一瞬、思考が止まりそうになるほど、優雅で音楽じみた声。ジョシュアは苦々しい気分で扉を開き、中へ入った。
古書と新書が同じ割合で並べられた本棚。相変わらずわさわさとあふれんばかりの植物が並ぶのは種族的に仕方ないとしても。
ふわりと漂う花の香りにしろ、どこからともなく聞こえる妙なる音楽にしろ、自分にとって疎外感半端ない。
ジョシュアはあえて視線を剃らしていた、今はこちらに背を向け、分厚い硝子窓の外を眺めている中央の女性に目をやった。
ーーーーーー長い黒髪の、白くゆったりした布を纏うハイエルフ。初めて会った頃より10年以上経つが、姿がまったく変わっていない、人より遥かに長生きな種族。
エルフに出会う者は、自分が矮小な生き物になった気分にしばしさせられるらしいが……。年増のババアめ。
床に唾を吐かなかった自分を、ああ、褒めてやりたい。
さわさわと部屋に飾られた樹の枝が揺れる。バッ、と反射的にジョシュアは剣を抜き、そして、納めた。
「……くそが」
第3領域の樹木……培養に成功していたとは。
基本、迷宮の生物は門の外に持ち出すことはできない。例外は植物だが、繁殖はできず、加工しなければおおよそ三日で腐る。
不可思議な旋律は、両脇の植物から流れてくるような気もしてきた。
「統括。用件を」
もういい。さっさと出たい。そんな苛々を隠しもせず、手短にジョシュアは切り出した。
「ーーーーもうすぐ、人が来ます」
静かな、間延びしているようにもとれる美しい声。苛ついたジョシュアが声を荒げる前に、扉が叩かれた。
「失礼します。お呼びと窺いました、が」
眼鏡をかけたその職員は、その部屋の異様な雰囲気に、顔を強ばらせた。が、自分の仕事を思い出したのか、持ってきていた書類を抱え直し、
「ここで報告してください。ジョシュアにも届くように」
統括であるゼフィリアの言葉に、ビシリと居ずまいを正す。
「はっ!それでは再度報告します。‘宵’に被害が出ました。塔から10フィーテと離れていない場所に、遺体が十数体。そのうち幾人かはギルド職員、です」
「おいおいマジかよ。職務中かぁ?」
「東から塔被害が南下しているとのことで……調査中でした。現場に組合職員の体が装備ごとやすやすと斬り刻まれていたことから、おそらくは、‘裁定者’、それも、目撃報告にあがっていたまだ若い個体だと思われます」
「一方的に弱者を蹂躙するのは愉しいでしょうね。ジョシュア……貴方にも共感できるのではなくて?」
なんの感情も読み取れない、碧の瞳がひたり、とジョシュアを見つめる。
「彼女がそれを求めるなら、こちらも同様に応えてあげましょう。受付の……なんといったかしら、メリだかメルだかの弟が、良い眼を持つと聞きました」
人の造作は似たり寄ったりで分かりづらいですね、と微笑むゼフィリアの、ゆるい挑発めいた言葉を内心鼻で笑い、
「確認を取ってみます。では」
退出の許可も得ずさっさと踵を返した。
バタン、と扉が閉まる。
「ああ、貴方もいっていいですよ」
「は……はい。失礼します」
報告書を読み上げた男は、自身も人であるがゆえに、複雑そうな表情で頭を下げ、その場を辞した。
完全にその気配が近くから消えるのを感じ取り、ゼフィリアはふっ、と溜め息を吐き、歌うような旋律をその唇に乗せた。
生い茂っていた鉢植えの樹の一つが揺れ、やがてその根が足に、幹がベージュの布と褐色の肌に、さざめく枝葉が腕や顔、緑の髪と変化する。
少女がよいしょっと足を鉢植えのウッドチップから抜くと、どこからともなく現れた草がひとりでに編み込まれサンダルとなった。
「la、ぁあ~あ~、どうです?うまく調律できてますか?」
「アルニカ。ええ、大丈夫よ。きちんと話せているわ」
「はぁ……そういえば、緑の髪はないんでしたね」
樹人のアルニカは髪の色を褐色に変え、手から白粉を出して顔にパタパタとはたく。
「これでよし、と。……お疲れのようですから、香草茶でも入れましょうか?」
「ええ。濃いめにお願い」
ただし、出るときはそのまだらになった顔を綺麗にしてね、とゼフィリアが付け加えると、完璧に化粧をしたと信じてたらしいアルニカは、ガーン、とショックを受けた。
マチルダの内心の呟き:ゼフィリア様は本来、組合の信条に忠実なお方だと思うぞ。……おまえに言っても無駄だから言わないが。




