よし、依頼を受けよう!
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その日の夜に組合で、めちゃくちゃ簡単そうな、『試練の塔跡地に生えている、背が低くて茎が細く、葉がハートの形をした‘すずな草’を30本取ってきてください』という依頼を受けたミーシャたちは、朝一番で迷宮に入っていた。
「6銅貨なんて子どものお使いみてーなもんだな」
「迷宮踏破もまず一歩から、にゃ」
今回は騎獣を使わず、身を隠しつつ歩いて試練の塔、その跡地に辿り着く。
「さて、茎が細くて葉がハートの‘すずな草’を探すか!うわ、草が大量に生えてるな」
ルークがわさわさと草を掻き分け、
「……それで、どれが‘すずな草’なんだ?」
笑顔で、聞いてきた。
「……………………少しは自分で探せにゃ」
「いやでもさぁ、結構似た草がたくさんあるなって。俺のとこでは、みんな畑の雑草だからなあ……」
ぶちぶちと手近な草を引き抜きながらルークが言う。
「雑すぎるにゃ。背丈からしてその辺は違うけど、そんな抜き方したら明らかに依頼失敗にゃ」
「お、これはどうだ?茎は細いし、葉がハート型だ」
ルークがハート型の葉をした蔓を引っこ抜いて聞く。
「……普通、蔓は蔓で、茎とは言わないにゃ」
現物を確認できてないのが痛いにゃ……。
ミーシャは頭を押さえ、市場で‘すずな草’なるものはまったく並んでおらず、その時感じた不安をなぜ無視してしまったのか、と嘆く。
「……そもそも、ミーシャは知らないのかよ」
「猫は、肉食だから植物は範疇外にゃ」
じと目のルークの追及に、ふぃっとそっぽを向く。
……本来、賢猫族は薬草にも通じている。しかしミーシャは、野山を駆け巡るのは好きだったが、何をどうやってもほとんどの草の名前を覚えられず……粘り強い彼女の母親がとうとう匙を投げて、今にいたる。
もちろんそんなことを知るよしもないルークがガックリと肩を落とし、また草を掻き分けていく。
「よし、ここら一帯の疑わしそうな草を持っていこうぜ!」
うぇ、という顔をミーシャはしたが、他に方法はない。
「せめて、なるべくいい状態で持っていくにゃ……」
依頼と特徴が似たような草は意外に多く、土を落とし持っていくのに、かなりの時間を費やすこととなった。
組合の受付にどっさり草を持っていくと、
「……駄目ですねこれは。この中に依頼の‘すずな草’は、10本しか入っていませんよ?」
よりにもよって、そこにいた黒の賢猫がすべての草を選り分けつつ、駄目出しをしてくれた。
「あなたは賢猫の端くれでありながら、草の見分けもつかないのですか?」
小さな鼻眼鏡をキラリと光らせて、嫌みを言うことも忘れない。
「期限は明日までなので、せいぜい頑張ってください」
こっちは忙しいんだ、さっさと行け、とばかりに追いやられ、疲れた足を引きずるようにして、再び迷宮へ向かう。
「昼過ぎか……」
「場所は近いから急いでいくにゃ」
ゆっくりと傾いていく太陽に照らされ、草原がなびく。
「これにゃ!道の近くに沿って生えてるのがそうにゃ!」
「これ……かぁ?確かにハート形に見えなくもないけどな」
ルークが道端の小さな草を摘まみ上げ、首をひねる。
「たくさん集めるにゃ」
一度見つけてしまえば、後は簡単で、あちこちに生えている群生を追う。
掻き分けている茂みや森の木々が朱色に染まり始め、
「もう充分じゃねえか?」
「そろそろ戻るにゃ」
草の束を傷つけないよう布にくるみ、勢いよく伸びをして立ち上がると、ミーシャたちは来た道を慎重に戻ることにした。
森の木立の合間を歩き、遺跡から少しばかり離れた場所で、ミーシャは一瞬ぬかるみに足を取られた。
「おいおい、大丈夫かよ」
ルークがとっさにミーシャに手をまわし、その体を支える。
「うわ、やわらかッ。筋肉どこだよ」
「その辺はほとんど筋肉にゃ!失礼だにゃ!」
ミーシャが言い返す。
「……ちょっと待て。何かおかしいぞ」
ルークがふいに真顔になり、しゃがんで地面に手をやった。
「雨もないのにぬかるんでいるし、生臭い……何かが通った跡だ」
「……音は聞こえなかったにゃ」
ミーシャもピタリと動きを止め、耳を澄ます。
もぞり、と木ずれにも似た音が聞こえ、ミーシャは一気にルークを突き飛ばし、自分も反対方向へと飛び退る!
ズサササと草の上を滑る音が聞こえた。パックリと開いた巨大な顎が、ちょうど二人の中間あたりにガチリ、と食らいつく。
(蛇!)
とっさにミーシャは腰のクナイと棒を抜き、組み合わせて紐で縛り固定した。
「蛇の肉は美味にゃ!!」
「馬鹿、二体いるぞ!」
ルークも剣を抜き放ち、自分に向けて襲い来た巨大な蛇の頭部をくい止める。
「クソっ、たれがッ」
力で無理やり弾き、すぐに首元に斬りつけるも、ぬるりとした皮膚と鱗に刃が滑っていく。
「がッ、アッ」
抵抗むなしく、ルークは巨大な蛇に頭からかぶりつかれた。
「あー……短い付き合いだったにゃ」
「まだ死んでねえ!!!」
必死で蛇の口をこじ開けながら、ルークが叫ぶ。竜の鱗を持つとはいえ、蛇の腹に吞み込まれては、無傷ではいられない。
さて……どうするかにゃー。
眼を細めるミーシャの横で、もう一体の首が動いた。それを難なくミーシャは躱す。
「こいつら、胴体は一つだ!!」
「図体でかいわりに動きが鈍いのはそれが原因かにゃ!」
ヒュッ、と音をさせて鈍色に光る槍を構え、双頭の大元を狙い、勢いよく放ち突き立てる。同時に、背中を丸め、後足で思い切り大地を蹴った。
跳躍。凄まじいばねを見せ、ミーシャは暴れる蛇の首元、自らが突き立てた槍に、ぶらんとしがみついた。
「よし、そのまま……」
厳しい体勢で蛇の顎をギシギシいわせながらルークが言う。
「雷招来〈サンダー〉!」
「いっけぇええええッ」
突然、どこからともなく呪文と、叫ぶ声が聞こえた。剣の刃に雷光を纏わせ、女剣士がルークを咥えていた蛇の頭を、ズパッと斬り落とす。
「ぅ、わぁあああッ!?」
切り口からシュウシュウと煙を立て、ルークごと蛇の頭が地面へ落ちていく。激しい痛みにのたうつ蛇の胴体の下敷きとなる前に、ミーシャは身をよじり、槍を抜きざま離れた。
「おらおらおら、ぼさっとしてんじゃねえぞ!!」
革の胸当てをした小柄な黒髪の少女が、ふところからナイフを抜き、素早く蛇の胴体へと突き刺し、再び雷の呪文を唱えた。
バリバリバリッという轟音と稲光とともに大蛇の皮膚が焦げ、どう、と巨大な体躯が横倒しになる。やっと頭から這い出したルークが、
「あ、ありが」
「何見てんだよ。見せもんじゃねえよ。消えろ」
黒髪の少女がきつく睨みつけ、無言で剣の血糊を払っていた女剣士が、親指で蛇のちょうど背骨あたりを指し、
「おい、ラッツィ」
顎をしゃくる。
「……わかってる。もう一度言うぞ。消えろ。有り金奪われたくなけりゃな」
不機嫌そうに鼻を鳴らす少女に、
「わかったにゃ。攻撃はしないで欲しいにゃ。……ルーク、行くにゃ」
何か不満げなルークに首を振り、ミーシャはすぐさまその場を後にした。
「なんだあれ」
「……ま、気にしたら駄目にゃ。もうすぐ刻限も近いにゃ」
そう足を速めるミーシャの手からは血が滴り落ちている。
「おまえ、その怪我!」
「ん?」
振り返るミーシャの手には、肉の塊が握られていて、
「ああ、これ?」
その辺りの草露で血を拭き取ると、腰の鞄からクリーム色の布を取り出し、ささっと包み込んだ。
その様子を見ていたルークは、ヘナヘナとその場に崩れ、
「おまえ……おまえ、俺が大変な目に合ってる時に、何やってるんだよ!!」
「何言ってるにゃ!!あの色艶といい、でっぷりと太った体といい、絶対美味しいにゃ!これは、貴重な戦利品にゃ!!」
堂々とミーシャが包みを掲げ持つ。
「いやさぁ……確かに食料は大切だけどさぁ……何かついてきてっぞ」
ざわざわ、ざわざわ、と夕闇の奥がざわめく。
「門はすぐそこだっていうのに……仕方ないにゃ」
心底残念そうにミーシャは包みを開くと、あの蛇の肉をナイフで一部斬り取り、遠くへ放り投げた。そして依頼の草と一緒に包み直し、一気に走り出す。
「状況判断も対処も完璧なのに……なんだこの残念臭」
呆れながらもルークも走り、二人で一気に門元へとなだれ込む。
……幸いにして、そう経たないうちに門は開き、どこに隠れていたのか、わらわらと人が集まってきて、二人は無事に迷宮からゴードリムへと戻ることができた。
「俺ら、本当にこのままでいいのかなぁ……」
不安げなルークの呟きを、ぽつり残して。
鈴鳴草……乾燥させ、煎じて飲むとよく眠れると、民間で広く信じられている(姿形は、ナズナ〈ペンペン草〉を思い浮かべてください)。




