6.罪深きは「無能な有能」か「有能な無能」か
起承転結の結にして最終回です。長めになりますがこの作品のテーマが詰まった回です。
※この回は演出上とはいえ、やや陰惨な描写がございます。ご注意ください
「5年ぶりか・・・久しぶりだなあ」
頑強な木の柵で覆われた村の囲いと土で固められた道とそこから広がる見覚えのある家と畑を見て、思わず呟いた。
規模は200人程という少し大きめな村。ここが僕の生まれ故郷であるハレム村である。
そう、久々に僕がこの村に里帰りしたのはけじめをつけるためだ。
しばらく前に僕の元に、両親がやってきた。僕が毎月出していた直近の手紙の住所を頼りにやってきたのだ。
話を聞くと、タールたち4人がしばらく前に村に帰ってきた。彼らは「ダイヤが裏切り、俺らを貶めた」という意味のことを声高々に言いふらし、ルヴィアの父親・・・村長はそれを真に受け、他の村人と共に父さんと母さんを村八分にしたのだ。
僕からの手紙と仕送りを受けている父さんと母さんは事実と違うと、僕の冤罪を晴らそうとしたらしいが火に油。
元々、父さんはよそ者なのだ。父さんが昔たまたまハレム村に来た際、村に住む母さんと恋に落ちて、二人は強引に結婚した。そして、その事で決まっていた母さんと同じ村人との婚約を破棄させた過去があった。表面上は落ち着いていても、村長や古参をはじめとする一部の村人は今なお根にもっていたことも影響したようだ。
次第に露骨になってきた敵意に危機を覚え、僕の元に避難することにしたという経緯だった。
それを確かめるために僕は一人この村に戻ってきたのだ。両親は王都の僕の家でしばらく暮してもらっている。悲惨な目に会いつつも息子が成功したことに2人は涙ながらに喜んでくれた。それを思い出すと、ちょっと顔がほころぶ。
まぁ、今更タールたちやエメルダに復讐などというつもりはない。けれども自分に関係するところでそのような出鱈目を言いふらされてはたまらない。
そう、ここに来たのは彼らとのけじめをつけるためなのだ。
村を歩いてとりあえず村長の家に挨拶でもと思っていたら、道のむこうから数名の顔役を連れて村長がやってきた。つるつる頭と頑固そうなアクが強い顔は健在のようだが、少しやつれている。年を取ったんだな。
「貴様!一体何をしに来た!この下種が!」
挨拶する前に村長のどなり声が響いた。そして周囲の村人からの冷たい視線が感じられる。何でいきなり怒鳴られるんだ・・・って、あの噂を鵜呑みにしているのか。
「タール、ルヴィア、サフィー、エメルダから何を聞いたか知りませんが、誤解です!今日は4人に話をしに来たんですよ」
「話だと・・・貴様!よくもまぁ、ぬけぬけと。聞いているんだぞ!お前のやった所業を!」
「所業ですか」
「ああ、そうだ!仲間である娘達を裏切り、騙し、己の罪を擦り付け冒険者としての道をとだえさせ、しかも自分の恋人であるエメルダを言葉巧みにだまし、あのようなひどい目に遭わせ・・・それでいて自分だけさも成功したかのように・・・友人や恋人を蹴落として、やはりあの父親にしてこの息子ありだな!」
父さんの侮辱にピクリと心がざわめくが我慢する。僕が来たのは別の目的のためなのだから。
「僕はそんなことはしていません、ギルド本部に問い合わせれば、僕が何もみんなにしていないことがわかるはずです」
「ギルドには金で買収して、自分の都合の良いように情報操作しているのだろう?聞いたところで偽情報を言われるだけだろうが!そう聞いているぞ!」
なんだそれ。よくもまぁ、そんな出鱈目を。
「とにかく4人に話をさせてください。僕はそのために来ました」
「ふざけるな!みな心に傷を負っている・・・かわいそうに・・・あの元気で素質ある子が・・・皆優秀な子だった。その中でお前は一番劣っていた。なのにみんなを卑怯な手段で貶めて、それだけでも許し難いのに、今度は何を企んでいる!消えろ!とっとと消えろ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る村長。周りの村人達も嫌な顔つきで見て、フォローは一切してくれない。ここまで話にならないとは。どうしたもんか。と思っていると。
「ダイヤ君?」
「サフィー・・・か?」
いつのまにか顔色を悪くした細身の女性が村長の後ろから現れていた。かつての内気な印象に、暗いオーラを足したような陰気な雰囲気の女性。
かつての仲間、サフィーがそこにいた。
「村長さん。いいです。ダイヤ君と話をさせてください」
「しかしサフィー!この悪党に何か・・・」
「大丈夫ですから・・・ダイヤ君。あちらの広場で話しましょう」
村長は反対していたが、サフィーは一方的に言い放ち、気にせずさっさと歩いて行った。僕らの間で広場というとあの場所しかない。
僕はサフィーの後を追っていった。
しばらく歩き、目的の場所に辿り着いた。
懐かしいな。村はずれにあるここはだだっ広い草原に、大きな岩と大きな樹にベンチしかない広場。かつての僕らはここで冒険者ごっこや鬼ごっこ、色々な遊びをしたっけ。今日は誰もいないようだ。
サフィーはベンチに座るとぽんぽんと自分の隣を叩いた。
「座ってください」
「ああ」
言われるがままに、僕はサフィーの隣に座る。うわっ、サフィーってこんなきれいだったっけ。体型こそ変わらないが昔では感じられないはかなげな空気というか大人びた雰囲気が前になかった色気を感じさせる。
「?」
まじまじ見つめていたせいで、何?というような顔をするサフィー。あわててなんでもないと首を振る。
「まずは謝ります。変な嘘を皆に言ってごめんなさい。おじさんやおばさんに迷惑をかけてごめんなさい。でもこの日が来るまでこのままでいたかったんです」
ぺこりとサフィーが頭を下げる。
「この日?」
「ええ、ダイヤ君が来る日までです。せめて今日までは嘘を真実のままにしたかったんです」
「どういうこと?」
「そもそも、ダイヤ君が来たのはその嘘のせいで、おじさんおばさんがひどい目にあったからですよね」
「ああ、父さん母さんが村から追い出されて、聞くと原因はタールたちがひどい噂を流したせいみたいじゃないか。だからけじめをつけにきたんだよ。暴力とかじゃない。お互いの宙ぶらりんの関係に決着をつけようと思ってね」
そういうと、ふーっと静かにサフィーがため息をついた。
「そうですよね。でもまずは私たちに何があったのか、それを聞いてからにしてくれませんか?恐らく、その様子だと私たちに何があったかまではおじさん達から聞いていないんでしょう?」
「ああ、そうだね。僕がひどい目に遭わせたという根も葉もない話ばかりみたいだからね」
僕の答えにサフィーは遠い目をして話し始めた。
「ダイヤ君が抜けてからしばらくして、私たちはどんどん弱体化してきました。そしてランクもBどころかDまで落ちて、必死だったところにダイヤ君がA級になり、優れた付与術士だと知って、次第に皆がおかしくなっていったんです」
「現実を直視できず、みんなは自分達は凡人じゃないって、信じこんで我武者羅に任務を受けたんです。でも、成果が出せず、お互いプライドは高かったから自分のミスを認めず衝突しあって、昔みたいに笑いあう関係じゃなくなって。思い返せばダイヤ君はいつも仲裁役としてまとめていましたよね。そんなダイヤ君がいないせいもあって関係はギスギスして。エメルダが次第に彼氏に居場所を求めていき、ある日いきなりいなくなったんです」
「いなくなった?」
そこで、サフィーが一瞬泣きそうな顔をして言葉を続けた。
「ええ。エメルダの彼氏、あれ実は裏で多くの女性を弄んでいたクズ男だったんです。家柄もよくて、権力も財力もあって好き放題していて・・・エメルダはあの通り純真ですから騙されていることにも気づかないで、Bランクになる内は利用しがいがあると思って普通にお付き合いしていたんでしょうけど、弱体化してからは利用価値がないからって、すがったエメルダの好意を裏切って、あろうことか監禁して玩具扱いしたんです!!」
「・・・な!?」
衝撃の事実が僕の心を打ちぬいた。
「私たちはそのクズの仲間からエメルダはクズのコネで別のパーティーに入り、私達のパーティーから抜けたって話を聞かされて真に受けて・・・その間エメルダはその男に違法な薬を飲まされて依存させられ、ひどいことされてたの。そして、その男が別件で逮捕され、被害者・・・エメルダが保護されて衛兵からの連絡で迎えに行った際には・・・うぅ・・・もうひどい有様で。しかも妊娠していたんです」
「妊娠・・・」
「そしてエメルダはその子はダイヤ君の子だって言ってました」
「な!?」
「もちろん、ダイヤ君じゃないです。父親は誰か分かりません。あのクズなのかそれともその仲間なのか。口に出すのも悍ましい仕打ちと薬のせいで頭がおかしくなったエメルダは最終的にダイヤ君に救いを求めていて、その子はダイヤ君との行為でできた子だって現実逃避していたんです。ははは、勝手ですよね。無能だと捨てて違う男を選んでおきながら、今更本当の相手は貴方でした、なんて」
「・・・そのクズたちってどうなったの?」
久々に胸にこみ上げる黒い感情。もしまだ生きているなら僕はそいつらを・・・
「鉱山に居ますよ。知らず権力者の娘まで毒牙にかけたせいで、その実家の権力でもどうしようもなくてクズとその仲間達は揃って鉱山奴隷として数十年働くことになりました。もう死んでいるかもしれませんね」
ざまぁみろと言わんばかりに醜く顔を歪めるサフィー。
この国における鉱山奴隷の就労刑は実質死罪のようなものだ。魔法で色々制限をかけられた上、最低限の衣食住で危険な鉱山工事をひたすら行う。制限のせいで怠けることもできない。そこの人間は犯罪者ということで人権などない。泣いても反省しても救いを求めても容赦はない。ひたすらこき使われ、すりつぶされる。どれだけ頑強な男も10年も保たないと言われている。
そこを出るのは死体か、もしくは身体を完全に壊して「治療」という名の何か危険な実験の素体に使われるためでしかない。
憎き敵はすでに断罪済だったということか・・・もう何も言えない。言えなかった。
そこで、ふぅと一息つくとサフィーは話を続けた。
「続けますね。エメルダが私たちの元に戻った後もひどい有様でした、身体もそうですが心も。薬の後遺症でボーっとしているかと思うと・・・急に泣いたり、怯えておねしょしたことありましたね。それでタール君とルヴィアと話して・・・冒険者を諦めて村に帰ることにしたんです。もう貯金も尽きかけていて、みんな心も疲れてきってましたから、きっかけが必要だったんですよ」
「・・・」
「村で変な嘘をついたのはタール君のつまらない見栄です。昔から内心見下していた男が実はすごい人で自分らはそのおこぼれに与っていただけの凡人だなんて素直に言えなかったんです。でも、タール君が思っている以上に話が大きくなってこんなことに。きっと村人のうち何人かは嘘だと気が付いていると思います。でも、嘘を信じ切った村長に逆らえないし、私たち期待されていたから、それがこんな結果になって、何か怒りの矛先が必要だったんです」
それがよそ者の父さんと母さん。そして僕ということか・・・。
「今思えばダイヤ君が成果を出していなくても、ダイヤ君の力やそれ以外のいいところに気付く機会はいくらでもありました。有頂天だった私たちはそれを見ようとすらしなかった。知ってました?私たち他の冒険者達からとっても嫌われていたんです。ランクが落ちて困った時の周囲の反応を見て初めて気が付いたんです」
「え?そうだったの?結構みんな気のいい人が多かったけど」
厳つい人、気難しい人、陽気な人、癖がある人は多かったけど、少なくともみんな笑顔で僕と交流していたのに。
「皆に好かれていたのは“ダイヤ君”ですよ。“私たちは”嫌われていたんです・・・そんなことにも私たちは気づいていなかったんです。ふふふ、まぁ、身の程知らずの村人が調子に乗って失敗したってことですね」
皮肉げに薄く笑うサフィー。
僕は何も言えず、しばらく沈黙が訪れた。風と草がたなびく音だけがやけに大きく聞こえる。
「そういえばタールとルヴィアは今何してるの」
エメルダのことが衝撃的で、2人のことを忘れてた僕はようやくそのことを尋ねた。
「タール君は心が折れたのか前の元気と覇気がすっかり無くなって別人のようですけど、今はご両親と畑を耕して暮らしていますよ。ルヴィアは・・・家に引きこもっています」
サフィーは言葉を続ける。
「あの子、誰よりも強気だったけど、誰よりも芯が脆かったんです。ダイヤ君という存在を捨てたせいで自分が無能だと思い知らされて、手に届きかけていた輝かしい将来が完全に破たんして、エメルダがあんなことになったのを目の当たりにして色々耐えられなくなって折れちゃいました。今じゃ、見る影もない程びくびくして、自分の殻に閉じこもることで自分を保っています。溺愛して過保護な村長さんはそれが辛くて、全部ダイヤ君のせいにして当たり散らしているんです。そしてエメルダは今も自宅で療養中です」
「・・・そうなんだ」
「ええ、これが今の私たちの現状です。昔の私たちのしたことも自分たちの精神安定というだけにおじさん達を傷つけたことも許せないのは当然です。だからダイヤ君が本気で会いたいと思って、みんなに何かしたいと思えば私に止める権利も手段もありません。でも勝手を言うなら会わないでほしいです。特にエメルダには・・・会ってもきっとお互い辛いだけです」
本来なら怒るところだろう。父さんや母さんまで巻き込んだのだから。
でも彼らはすでにある意味罰を受けていた。
自分の間違いにも気づいていた。
タールたちは夢を諦めた。
エメルダは選んだ男に騙された。
村長は愛娘が哀れな姿になった。
村は嘘を信じて僕を拒絶して、Aランクの僕の信頼を失った。僕がその気になれば、支援してもっと豊かな生活ができたはずなのに。
だから、もうタールやルヴィアやエメルダに会ってどうこうなど思わなかった。
「・・・そうか。わかったよ。会わない。ん?何その顔」
きょとんとした顔をするサフィー。あまりにも意外そうな顔をしているので、つい聞いてしまった。
「いや、あっさりすぎて意外かなって。あんな嘘ついたから信じられないと言われるとでも。それにあの時のことで責められるんじゃないかって私これでも覚悟はしてたんですよ」
「いや、これでもいろいろ経験したからね、嘘ついたかどうかは顔や声色でわかるよ。それにここに来たのは復讐なんかじゃない。元々、恨みというよりけじめをつけに来ただけだよ。いつまでも僕に関わらないで、自分の道を歩もうって言いたかっただけ。でも、そんなことになっているなら、もう言うこともないよ。それより、驚いたよ。サフィーが一番大人になったんだね。昔からは想像つかないや」
僕の記憶の中ではいつも自分の意見を言わず、相手の顔色を見て、相手に付和雷同していたサフィーだったのに、今では別人みたいな顔つきいや・・・心になっていたから。そんな僕の心を読んだのか、ふふとサフィーは別人のように大人びた笑顔を見せた。
「いつも、面倒が嫌で、責任を負うのが嫌で、一歩引いていたからでしょうね。私も傷ついてますけど、彼ら程じゃないんです。諦観というんですかね。なるようになれって感じで。はぁぁ、誰よりも面倒が嫌で傷つくのが嫌だったせいで、一番苦労する羽目になるなんて運命なんて皮肉なものですね。ははははは!」
えぇ、爆笑するところかな?ここ。とりあえず追従笑い。
それから、僕とサフィーは少しだけ雑談した。あれから起きたこと、今の仲間の出会いのことを。サフィーはそれを眩しそうに聞いてくれた。
そして、やや夕暮れに差し掛かろうとする頃
「じゃぁ、行くよ。本当はみんなに言いたいこともあったから今日はここで一泊と思っていたけどこの調子じゃ無理だろうからね。近くの街に出てそこで泊まって帰るよ」
「ああ、夕方前ですから、今からなら近くの村からの乗合馬車に乗って深夜前までには街に着きますね」
そうして、別れようとするところに僕はふと思い立って、荷物の中から袋を取り出し、サフィーに渡す。
「これって?」
「金貨だよ。餞別。少しだけどエメルダの子供の養育費にしてあげてくれ。生まれた子供には何の罪もないしね」
その瞬間、サフィーは泣くような笑うような、それでいて怒るような何とも言えない微妙な顔をした。その理由はすぐに分かった。
「・・・エメルダに子供はいませんよ」
一瞬、聞き間違えたかと思った。
「え?だってさっき」
「エメルダは妊娠したと言っただけです。エメルダはあんな状態でも産むつもりでした。でも結局子供は薬の副作用のせいか弱った体のせいか死産したんです。それが不安定だった精神の決定的なとどめとなって、今彼女はただの人形をダイヤ君との子供と“本当に”思い込んで、ずっとダイヤ君と結婚して子供を産んだ生活という幸せな妄想の中で暮らしているんですよ。見かねた相手が何を言っても自分の世界に入り込んだエメルダは現実を認識してくれずに、誰にも見えない空想のダイヤ君と人形の子供相手に本気で会話して生活しているんです」
もはや言葉が無い。
なんだそれ。なんなんだそれ。
裏切った彼女に、自分と僕は立場が違うからと見下して一方的に捨てた彼女に思うところはあった。でも、いくらなんでもここまでのことは望んでいなかった。
「それって・・・治らないの」
「さぁ、お医者さんの話ではもう心の問題なので、時間をかけるしかないって。でもそれが明日なのか、それとも死ぬまでなのか、わからないって。一応私とタール君で定期的に声をかけています。ルヴィアはあんな調子だから今のエメルダを見るのが怖いって会いに来ないですけど」
本物の僕が行って声をかければ少しは回復するんじゃないか?という言葉はでかかったが呑み込んだ。その後何が起きるかもわからず、起きた後の責任をとる覚悟もないのに流石に偽善が過ぎる。
だからこそ、サフィーもその言葉を僕に言わないのだろう。
「・・・それじゃ、せめてエメルダのために使ってよ」
「要りませんよ、同情なんて。と言いたいですけど、正直助かります。エメルダのおじさんとおばさんもぎりぎりの生活ですし、これはエメルダのためにありがたく使わせていただきます」
絞り出すように出した言葉にサフィーは薄く笑って、差し出した金貨入りの袋を受け取ってくれた。
そうしてお見送りということでサフィーと一緒に道を歩いて、周囲の悪意ある視線を浴びながら。村の出口まで来た時、サフィーが僕の顔を見て告げた。
「ダイヤ君。もう私たちはこの村で一生を終えます。そして、皆貴方に対して色々思うところはありますが、直接かかわりにあうことはないでしょう」
「うん」
「もう、この村には貴方が昔抱いていた良き思い出も人もなにもありません。あるのはある意味、貴方のことを一切考えず、貴方を拒絶し、利用し、恨む自分勝手な人ばかりです」
「・・・うん」
「でもその全ては自分らの傲慢が招いたこと。ですから私たちのことは気にしないで、貴方は貴方自身の人生を楽しんでください。“さようなら”ダイヤ君」
何も感情が無い・・・希望も絶望もないただ全てを受け入れた透明な笑顔でサフィーは頭を下げた。あのサフィーがこんな顔をするなんて、一体どんな苦労をしてきたのだろう。
「ああ、君もね。今日は会えてよかったよ。サフィー」
そして、僕とサフィーは笑顔で別れ、もう来ることはないであろう生まれ故郷の村を出た。
乗合馬車に乗って、夜になり街に着いた僕は小さな宿屋について、ゴミ箱と木製の机とイスと安いベッドしかない部屋に入り込むとベッドに倒れこむ。ギシギシというリズミカルな音を聞きながら、今日の出来事を反芻する。
ある意味けじめはついた。
僕は捨てたかつての仲間にガツンと一言言って関係に区切りをつけてやろう、そのつもりで来た。でも彼らは僕の知らないところで勝手に落ちて、壊れて、終わっていた。第三者からすれば腹を抱えて笑いながら、ざまぁ見ろと言うところだろう。
でも、僕の中に在るのはどうしようもない寂寥感だった。
僕は鞄の中から、ぼろい赤い色の布を取り出す。
もはや誰も持っていないだろうけど、これはあの日誓った時の証としてエメルダが自分のリボンを切り裂いて自分と僕たち4人に渡した布きれだ。彼らと別れてからもこれだけは捨てられずに持っていた。僕にとっては冒険者の初心を思い出させるための大事なアイテムで、思い出の品なのだ。
かつてのパーティーから追放されても、今のパーティーに入って、どんな激務をこなしても、これは決して失わなかった。
そのリボンを見て僕は思いを馳せる。
『みんな、待って!』
『ん?』
『今日の誓いを忘れないために、記念となるものをみんなで持っておきましょうよ!』
『ああ、それいいねー』
『じゃぁ・・・これにしよう!』
『それって、エメルダの誕生日におじさんがくれたお気に入りのリボンじゃん!』
『そう、お気に入りだから意味があるの、これをこうして5等分に切り裂いて・・・はい!みんなこの布をもって!これが今日の誓いの記念よ。何かあってもこれを見て思い出そうよ』
『おう!いいな!よし、もう一回誓うぜ!俺たちは全員でS級冒険者になって、有名になるぞ!んでもって貴族様になるんだ!そうしたら・・・』
『ちょっと気が早すぎよ!まずは一流の冒険者よ。そうしたら、きっと格好いい人が』
『もう、ルヴィアも人のこと言えないよ。でもこれからもずっと一緒に居られたら楽しいだろうね』
『ははは』
瞼を閉じれば思い出せる、あの日のセピア色の思い出、大切な約束、輝ける日々。
皮肉なことに、その約束を誰よりも守っていた僕が約束を破壊する原因となってしまった。
昔はみんなああじゃなかった。
タールは粗暴な言動をする男だったが、仲間想いの明るいムードメーカーだった。
ルヴィアは高慢だが、繊細な乙女らしい一面もあった。
サフィーは引っ込み思案だが、それは傷つけることを嫌がる優しさでもあった。
エメルダは無愛想で意地っ張りな一面もあったが、きちんと筋を通すかっこういい女性だった。
だが、いつしかみんな自分のことしか見えず、考えず、周囲から嫌われるほど堕落した。
自業自得と言えばそれまでだが、その原因を作ったのは僕にもある。分不相応の力によって環境を変えてしまい、心を歪めさせてしまったのだから。
もし僕にこの力が無ければ、僕が無能と諦観せずに何か変えようとしていれば、己の力に気が付いていれば、皆は昔のように気持ちの良い連中でいたのかもしれない。
この罪は有能なのに無能だったみんなのものか、無能なのに有能だった僕のものなのか。
この力さえあればきっと人生はバラ色だろう。
力を使えば、みんなから尊敬の目で見られるだろう、とんでもない魔物もあっさり倒せるだろう、多くの女性から好かれるなんてことすらあり得るかもしれない。もしかするとお姫様に出会ったり、国の存亡にかかわる出来事に・・・なんてこともあるかもしれない。
でも、それは僕じゃない。僕の“力”でしかない。そして、その力に魅かれる者は多かれ少なかれ人生を歪めてしまう。
それを忘れた時、僕は力だけの“有能な無能”に成り下がる。幼馴染たちがそうなったように。
だから過去にしてはいけない。忘れてはいけない。僕が歪めた素晴らしき幼馴染たちのことを。力が呼ぶ責任の重さとその意味を。これから力が僕を縛るというのなら、その思いを重しにして振り回されないようその場で踏ん張ろう。“無能な有能”である自分を見失わないように。
今の自分の原点である元恋人の大切なリボンの切れ端を強く握りしめ、改めてそう誓った。
その日の夢は本当に久々に笑顔の昔の皆を見た。内容は忘れたが、何故か悪くなかったという思いだけはあった。
以上となります。
追放され、隠れたチートを活かし、活躍orスローライフし、元仲間は没落するというよく見られるストーリーの主人公がただその力をあっさり受け入れるのではなく、その力で得た物と失ったものについて葛藤するという話がこの作品のテーマとなります。
追放された有能な冒険者の中にはこういった側面もあるのではと思い、作ってみました。ダイヤの思いが前向きなのか後ろ向きなのかと良くわからない最終回かもしれませんが、そういう答えが出ない部分もこの作品の一部ではございます。
拙作ではございますが、ここまでお読みいただいた方、どうもありがとうございました。