4.無能から有能に?見つけられた付与術士(下)
翌日
あれから宿屋のベッドで泥のように眠って、起きたら太陽が上の方にまで来ていた。これほど眠ったのは久々だなと、家を出て、時間のせいか誰も利用していない近くの井戸から水をくみ、顔を洗って意識をしゃっきりさせて、これから何をしようかと思っていると、遠くから「おーい」という明るい声が聞こえた。
振り向くと特徴的な赤毛のフレアさんが笑顔で手をぶんぶん振り振りさせながら何やらフード姿の小柄な人物と一緒にこちらに向かい歩いてきた。
「おっはよう!よく眠ってたね!」
「あ・・・はい。おはようございます」
何が楽しいのかニコニコしながら挨拶するフレアさん。あれ程の激闘をしてこのテンション。正直、尊敬すら感じる。
「あっ、紹介するね!こちらの怪しいフードの子が私が言っていたパーティーの仲間ルナ。私たちのパーティーの魔術師なのよ。ほーら、フードとってよ。ルナ」
フードで顔がわからなかったが、女性だったのか。ルナさんと紹介を受けたフードの女性はばさっとフードをとる。
すると、ぴょこんと突き出た尖った耳に、鮮やかな銀色をしたショートカットの髪にクリンと大きな綺麗な瞳をした精緻な人形のように凄く綺麗な顔が現れた。フレアさんとは違うタイプの人間離れした美しさに目を奪われてしまう。
「ふふふーん!綺麗でしょう?うちのルナは。でもこの顔にエルフってことで顔を出しているとナンパな男が声かけまくって迷惑しているからフードかぶってるのよ」
自分ではないのに何故かドヤ顔するフレアさん。そして、そんな言葉にもルナさんと呼ばれる方はクールな雰囲気を醸し出しつつ、軽く表情を動かしただけだった。
「暑苦しいのだけどね。改めて私は天馬の翼の魔術師をしているルナフィンルーテミナ。長いのでルナでいいね。あと冒険者とは別に魔術の研究者をしているね」
「あっ、は、初めまして。ダイヤって言います。付与術士です。宜しくお願いします」
互いに自己紹介。ルナさんの言葉は方言のせいかちょっと不思議なイントネーションだった。
その後、「もうアクアちゃんも目が覚めてるよ。一緒にご飯食べがてら昨日のことでも話そうと思って誘いに来たの」という申し出を受けて、村の食堂に向かう。
そこの1階にある大きな居間にある大きな木のテーブルにアクアがすでに待っていて、僕らに気が付くと手を振って挨拶をしてくれた。
そして、僕、アクア、フレアさん、ルナさんの4人での昼食会が始まった。
注文した料理が来るまでになんとなく話をする僕たち。
「そういえばさー、ルナが早く来た理由って詳しく聞いてなかったよねー。やっぱり、あれ?何か愛すべき友人である私の危機を感じちゃったーとか?」
脳天気なフレアさんの質問にルナさんが無表情で淡々と答えた。
「本当は約束の3日後に合わせてくるよう、近くの街で観光でもしようと思ってたね。だけどたまたま立ち寄ったギルドで不穏な話を聞いたので、繰り上げてやってきたね」
「不穏な話?」
「うん、どうもしばらく前この辺りに冒険者のパーティーが討伐の仕事で来たらしいのだけれども、どうもひどい仕事だったらしいんだね」
「ひどい?」
「なんでも森の中なのに不必要に破壊力が高い魔法唱えたり、過剰に討伐対象以外の魔物を倒したり、したらしいね」
「はぁ?森の中でそんな真似を?そいつら“環境保持の原則”知らないの?」
眉を顰めるフレアさん。何も言わないが呆れたような顔をするアクア。僕も同様だった。
「そうみたいだね。実力はあるけど、どうもその辺りの考えが浅いパーティーだったらしいね。それで、もしかして最悪魔物が凶暴化してという可能性もあったので、ギルドからも近いうちに調査をする予定だったらしいけど、ちょうどフレアとの待ち合わせの地域ということで、念のため予定を繰り上げてやって来たね。最悪の可能性が当たった上に、ちょっと間に合わなかったようだけどね」
そういってルナさんは呆れたような泣くような左右非対称の笑顔を見せて肩をすくめた。
環境保持の原則
これは冒険者の大切な心得の一つだ。強力な武力をもつ冒険者はその力から環境に与える影響が大きい。故に依頼であっても極力、環境を乱さない心得が必要というもの。
特に森に関する任務はその傾向が強い。
火の呪文を使えば大火事の可能性がある。
水場を破壊すればそれを利用する動物達の生態系が乱れる。
貴重な植物の群生地を破壊したら再生まで時間がかかり、必要とする者が困る。
また特定の魔物を大量に間引いてしまうと、影響して他の魔物が凶暴化したり、大量発生するケースもある等がある。
故にこの原則は法定化こそされていないが冒険者の重要な心得の一つ。それを守らなければ実力があっても上位ランクにはなれないほどだ。僕はそれを他の冒険者の知人から何度も聞いた。だから僕は前のパーティーで勢いづきやすい彼らにそれを口を酸っぱくして言ってきた。
そういえば、追放される前にみんな僕抜きでどこかの討伐任務を受けたと言っていたが・・・時期的にも一致していなくもないけど・・・まさかね。
念のためそのパーティーのことを聞こうと思ったら・・・
「お待ちどうさまでーす」
赤毛のそばかすの少女がトレイ片手に料理を持ってやってきた。会話のタイミングがずれたため、結局その話は続くことなく終わってしまった。
そして、食事の間も会話が続き、主にフレアさんが昨日のことを饒舌に語った。その中でルナさんが反応したのは僕のバフのことだった。
「長距離でもかけられた絶好調になれるバフ?しかも魔力回復まで行った?」
「そう!すっごいバフだったわ!あんなの初めて!話聞くと魔力回復まで行えたかもしれないみたいなの!すごいよね!しかも目に見えない距離からのバフなんて!バフにも色々あるのね!」
行儀悪く、くるくるパスタを撒いたままのフォークを片手に持ったまま興奮して語るフレアさん。
「確かにすごいね。というよりそんな離れた場所のバフというのが特に。とにかく、そんな凄い付与術を使えるのに、昔の仲間から使えないと追い出されたね?」
山菜モリモリサラダという丼一杯の豪華なサラダを食べる手を休め、じーっと見つめるルナさん。興味あるなーという口調だが、なまじ人間離れした美貌な上、無表情なので真正面から見られるとちょっと怖い。ちなみにルナさんに僕とアクアが追放されて今2人ともフリーだという話は先ほどした。
「はぁ・・・もしかするとこの土壇場で覚醒したのかもしれないです」
「面白いね・・・良かったら、ちょっと食事の後に付き合ってほしいね。その珍しいバフのこと調べてみたいね」
「ええ、いいですよ。ぜひお願いします」
どうも、今までの話の中で今回の僕のバフの評価に大きな食い違いがあるというのは僕でもよく分かった。僕としてもよくわからない状態というのは好ましくない。ルナさんの申し出は願ったり叶ったりだった。
1時間後、折角だからと何故かアクアも一緒にルナさんの借りている部屋に行き、質問を受け、力を見せ、いくつかの道具を使い、「資料は揃ったね。ちょっと待っててね」と言われ、さらに1時間後。
「待たせたね!」
とルナさんがやけにいい顔で自分の部屋から出てきて、待っている僕らのところにやってきた。
「およよ?ルナ?なんかすっごいご機嫌じゃない」
「まさか、こんなところでお目にかかると思わなかったね。それじゃ、診察の結果を報告するね。結論から言うと、君は“英雄の歌”の付与魔術の使い手なんだね!!」
むふぅという興奮した鼻息を荒げ、会って初めて聞くほど大きな声で叫ぶルナさん。
だけど、フレアさん、僕、アクアはぽかんだ。
英雄の歌って何?
感動が共有できなかったことに少ししょんぼりするルナさんは英雄の歌について説明してくれた。
「英雄の歌というのは付与魔術でも異質の高位バフでね。今ではほとんど使い手がいない幻のバフでもあるんだね!その効果は“己の魔力とは別に自然界から得た魔力を同じ戦場に立つ味方に長時間与え、潜在能力を引き上げ続けること”。その古い文献しか知らないけれども、その発動条件は“守りたいと思う気持ちが強いこと”らしいね。普段から仲間を守ると無意識に思っていた君は昔から無自覚でそれを使いこなし、自然と使っていたんだろうね」
「それってすごいの?」
フレアさんのシンプルな質問にコクリンと首を振るルナさん。もう一々動作が可愛い。
「全能力向上なだけでなく疲れにくい、それに魔術師の魔力が常にチャージされるといった複数のバフに貴重な魔力回復効果を一度に受けている状態になるね。自然の魔力を利用するからそのクラスのバフでも術者の負担は少ないし、しかも“同じ戦場”という条件にいるならば離れた相手にそのクラスのバフをかけ続けられる。破格の一言ね。自覚はなかったようだけど、特に今回は“危機的状況で大勢を守る”という特殊条件のせいか正式なチームで無いフレアやアクア君にもかかり、特にその強化効果も大きかった・・・まぁ、これは調べないとわからないけどね」
「で、でも前の仲間に僕のバフがそんなに効かなかったというのは」
「効かなかったということはないはずだね。恐らく昔からオートで最高のバフかかり続けているから、他のバフをかけてもその効果が微々たるものでその変化に気付かなかったのかもね」
おずおずとアクアさんが手を上げる。
「もしかして、私が魔法連発できたのは」
「うん、ダイヤ君の力だね。ダイヤ君が同じパーティーの味方と認めたから、フレアたちにその効果が発揮され、魔力が補給され続けたんだね。尤もアクアさんの場合は魔法で消耗する体力がバフに追い付かず倒れたようだけどね」
次々と明かされる真実に僕は思わずつばを飲み込んだ。
「もしかして・・・僕の元の仲間達が強かったのって」
「んー、君の仲間を知らないから断言できないけど、君の力が大きいと思うね。ずっと、その効果を浴び続けていれば、身体や魔力の器が強化に順応し、強くなっていく可能性があるね。その年でしかも君の仲間全員が一気にBクラス並みの実力というのは偶然が過ぎるね。英雄の歌の効果が大きく影響しているだろうね」
「・・・ちなみに、僕がいなくなったらその効果って」
「なくなるね。長年バフを受け続けたせいで、しばらくは強化された器は持続するだろうけど、次第に元の器に戻っていくね。量も栄養も抜群の極上の料理を食べ続けていたのをやめて、急に最低限の栄養と量しかない貧相な料理を食べ続ければ、次第に身体が衰えるようにね。尤も、強化された力を自分のものにすべく、日々研鑽をつんでいればその限りではないけどね」
僕は思い返す。
何もしないのにどんどん強くなり、俺たちは天才だと言って、才能に任せた闘いを続け、遊んでいた元の仲間達のことを。
いや、もういいんだ。僕はあのメンバーの一員で無いのだから・・・。
「ちなみにこの力ってそんなに貴重なんですか」
昔のことを振り払うように首を振って、気分を紛らわすために話題を変える僕。
「すごくね。S級ですら頭を下げてお願いするくらいだね、なにせ、条件さえ整えば何もせずとも自分らの強さが一回り上がるんだものね。それ以外の方面が不得手でも、手元に置いておきたくなるほどだね」
どうやら僕に宿る力はとんでもないものだった様子。いまいち現実感がつかめず、しばらく沈黙する中、再び口火を切ったのは無駄に明るいフレアさんだった。
「そういえば、ダイヤ君とアクアちゃん。パーティー抜けてフリーなんだよね?あのさ!もし、よかったら私たちのパーティーに来ない?」
「え?」
そのフレアさんの申し出に、アクアが驚き、ルナさんが珍しく不快気な顔を浮かべる。
「・・・フレア。いくらなんでも失礼だね。今の話を聞いた後、すぐの勧誘なんて。彼をただ便利な道具扱いしているようにしか見えないね」
一瞬きょとんとして、すぐにその考えがなかったと言わんばかりに慌てて手と首をぶんぶん振って否定するフレアさん。
「え!?そ、そんなつもりは全然ないよ!でもさ、2人ともこのまま埋もれるにはもったいないよ!特にダイヤ君の力は神様が下さった力だよ。きっとそれには何かの意味があるんだよ。だから手始めに私のパーティーで。試してみない?あっ!勿論君の自由だよ。気に入らないなら断っていいし、そのせいで恨んだりなんかしない!報酬だってきちんと等分するよ!!」
一生懸命語るフレアさんと対照的に困ったようにため息をつくルナさん。
「はぁぁぁ・・・思い立ったら即行動はフレアの美点とはいえ、流石に他のメンバーの許可なしに勝手にメンバー入りを決めないでほしいね。たった3人だけのパーティーとはいえ、私たちの意見もきいてほしいね」
「うっ!?で、でもアクアちゃんにダイヤ君はすっごいいい子だよ!絶対問題ないって!ツリーナも大丈夫だよ。2人を見たらきっといいよーって言ってくれるよ!」
「人柄を見抜ける才能が凄いフレアがそこまで認めるなら、そうなのかもね。それにこの間これからは人数の補充は必須という話をしたのは自分だしね。まぁ、言ってなんだけど私個人としても問題はないけどね」
ツリーナというのはもう一人の仲間か。急に降ってわいた勧誘に困惑する僕とアクア。
「あのー・・・私も勧誘って・・・いいんですか?だって私魔力少なくて、レベルが高い魔法使ったらすぐに魔力切れ起こすんですけど」
そこにおずおずとようやく会話に参加するアクア。確かにそれが原因でパーティーを追い出されたとなると気になるだろう。
「もっちろん!大歓迎さ!アクアちゃんみたいないい子!むしろこっちからお願いだよ!」
「人柄はともかく能力的にも問題ないしね。アクア君も誤解されがちだけど珍しい才能を持っているしね」
即賛成の満面笑顔のフレアさんとクールに説明するルナさん。
「「ほへ?」」
きょとんとするフレアさんとアクア。
「って、フレア。そのこと気付かずに勧誘したね?」
「う、うん。なんというかあって間もないけど一緒にいて凄くビビビ!ってきたからできたら仲間に来てほしいなーって」
ルナさんが呆れた調子で「本当にすごい才能だね」と言ったのは皮肉なのか。そこにアクアが申し訳なさそうに聞く。
「それで・・・私の珍しい才能って?なんですか?」
ルナさんがお茶をくぴぴと一口飲んで答えた。
「料理で言うと、限られた素材しかないにも拘らず、潤沢な素材を使った経験豊富な料理人と同じくらい美味しい料理を感覚で作れる才能みたいなものだね。それがどれ程凄いかわかるよね」
また、料理の例えが出てきた。この人エルフなのに料理好きなんだよな。でもいまいち分かりづらい。
「本来、魔法は複雑な発動条件を整え、その上で適切に発動させるプロセスを踏むんだね。普通は身の丈以上の魔法を唱える場合は発動条件が組めず、形だけ組んで、プロセスを強引に組み込むものだけど、アクア君は逆に発動条件の作成“だけ”が天才的で、発動プロセスが滅茶苦茶下手なんだね。だからレベルが高い魔法を組めるけれども発動までに本来1の魔力で済むところを100も消費しているんだね。どんな魔術士だって魔力も足りなくなるはずだね。そもそも発動条件を整えるには相応の知識と努力と経験が必要なのに、それを感覚だけであっさり組めるなんて相当の才能だね」
と感心したように説明するルナさん。それを聞いて、すごいじゃん!と驚くフレアさん。
「へ?そ、そうなんですか!?」
「まぁ、レベルが高い専門家に相談して、しっかり診てもらえればわかることだけど、不幸にも出会いや理解者に恵まれなかったせいと、その間違った方法がそれなりに形になって間違いじゃないと思い込んでいたせいで、その才能は燻っていたみたいだけどね。もしアクア君が専門家に聞いて、専用の訓練を積み続ければ、使い手がすくない高位魔法を自在に使える切り札的存在になってくれると思うね」
わ、私が切り札!?と驚愕し、感動するアクアに、ルナさんが言葉を続ける。
「リーダーの代わりにフォローするけど、この勧誘は強制じゃないね。だから何かあるなら遠慮せずに言うがいいね。断わったところで迷惑をかける真似は絶対にしないし、もし途中で抜けたくなっても何もしないね。ね?リーダー」
「へ?う、うん、もちろんだよ!正直すっごく残念だけど、大事なのは自分の意思だからね、無理強いはしないよ」
三者三様の反応を示すフレアさん、アクア、ルナさんを見て僕は悩む。
どうしたものだろうか・・・僕は最近最近幼なじみのメンバーに裏切られた。そこに有用なスキルがあるとわかり、新しいメンバーの勧誘を受けた。
短いつきあいだが悪い人たちではないのは十分すぎるほどに分かった。
でも、長年の幼馴染や恋人にすら裏切られたのに、まだ初対面で相手の好きな料理すら知らない様な相手にパーティーを組んで信じて過ごせるだろうか。
その瞬間、エメルダの言葉がふいに浮かんだ。
「あのね?ただ一緒にいるだけの恋愛なんてのは子供までよ」
「ダイヤと私はもう立っている場所が違う、生涯のパートナーとして見ることなどもうできないのよ」
「文句があるんだったら、ダイヤももっと頼れてできるところを見せてよ!」
許せるか?あんな言葉を言われて何も言えず、おめおめと諦めるなんて。
力がないならともかく、力があるのに、あの言葉を受け入れて生きていくのか?
次に浮かんだのはフレアさんのあの言葉
「だから君らを笑わない。自分のことだけを考える有能ぶる無能より、自分のこと以外のことを考えて最善を尽くそうとする無能な有能な君らを笑わない!」
無能だと落ち込む僕にごくふつうに言ってほしかった言葉を言ってくれたフレアさん。
そして、凄い力を持っているにもかかわらず、誤魔化して利用しようとせず自分の意思を尊重してくれるルナさん。
この人達にならもう一度・・・もう一度だけ信じてみる価値がある。その考えに至った僕は自然とフレアさんの申し出を了承していた。
この日、僕は新しい道と本当の仲間を得た。
お読みいただきありがとうございます。
なお、今回出てきたツリーナさんは悲しいことに話だけで出番はありません。
性別女性。背は170後半。年齢はフレアと同じくらいの20歳前後。性格は超天然でマイペース。おっとり優しいが切れると凄く怖い。職業は白魔術師という設定だけあります。