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2/9

彼女

 一限目の始まりを告げるチャイムが鳴る。

 僕はそのチャイムを教室の一番後ろの一番右の端の自分の席で聞いている.....はずだった。

 

 時間と心に余裕を持って家を出た僕は、その余裕ゆえに普段の通学路から一本奥の道を通った。たかが一本奥の道を通ったからと言って10分の余裕が消えるだろうか。もちろん、距離的には全く問題ない範囲であった。

 

 しかし、その道は川沿い。今は初夏。昼に少し近づいて、少し熱さを感じるほどの日光の中で、今が我らの黄金期と言わんばかりに羽虫達が舞っていた。羽虫達は風を切って走る僕に向かって次々と飛び込んできた。必死に避けたが、その羽虫の中でもひときわ大きい羽虫は、僕の目に向かって飛び込んできた。

 目に走る痛みでバランスを崩し、こけそうになる。こけまいと頑張って耐えるほど、こけたときに大きな《《けが》》をすると知っている僕は、ある程度踏ん張った後に、自転車を離した。手を離れた自転車は、川の岸を滑り落ちた。

 

 自転車が川に落ちて呆然とする僕は、誰かの目線を感じて辺りを見回した。朝の太陽に照らされた葉叢はむらの中で、黒猫がこちらを見ている。僕は目を合わせて何を考えているのか読み取ろうとする。そんな僕に無駄だといわんばかりに黒猫は大きなあくびをしてその場から立ち去った。

 

「なんだよ」

 

 目撃者?は猫だけなのになんだか恥ずかしくなった。

 

 それから自転車を川から引き揚げている最中に、遠くはないけれど近くもない距離で鳴るチャイムを聞くことになった。

 

「はぁはぁ」

 

 切れる息をできるだけ殺して、鼻呼吸に切り替えながら教室の扉を静かに速く開ける。鼻呼吸をすると、開けた扉から流れ出る教室の独特な匂いが鼻を通る。心のスイッチが学校モードに切り替わるのを感じる。

 先生からお小言を食らうことを覚悟しながら、目線を下へとむけて教室へと足を踏み入れる。

 

「おい、赤城」

 

 先生の呼びかけで心がきゅっと締められる。

 

「す、すみません」

 

「よりによってなぜ今日遅刻なんだ。」

 

「転校生が来たというのに。」

 

「えっ」

 

 驚いた僕は顔を上げる。黒板の前で女の子が先生の横に立っていた。すらりとした体躯に黒く長い髪は艶やかで、白く透き通るような肌は白いながらにも血色が良い。ただ、柔く微笑みながら彼女の纏う空気は、冷たいような余裕のあるような、気軽に触れるとすべて吸い込まれそうなものであった。可愛さと美しさと冷たさのの子供のようであった。

 

 驚く僕を見て、女の子もちょっと驚いた後、柔らかく微笑んだ。

 

 微笑まれた僕は、慣れない笑顔を顔に浮かべながら軽く会釈をして、まだ収まらない驚きと共に足早に席に着いた。

 

「...というわけで、佐藤さんは赤城くんの後ろの席に座るように」

 

 先生はそう言うと、彼女に席に着くように促した。

 

 先生の言う通り、なぜよりによって今日遅刻するんだ僕は。彼女の自己紹介を聞きそびれたじゃないか。さらに僕の後ろの席だなんて。今の僕の背中は汗でびっしょりなんだ。最悪だ。

 

 彼女の視線に刺される気がしながら、一時間目の授業が始まった。

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