登校
僕の名前は赤城大翔。
僕が住む丹羽村は人口500人余りの小さな村。この村に高校1年生になる頃に引っ越してきた。村の高校は付近の村から来る生徒を含め、2クラス総勢40名。たぶん人数は少ないほうだと思う。
こんな高校に入学した僕は、根っからの暗い性格故、当然友達ができるはずもなかった。友達がいない理由を、自分が都会から来たよそ者であるから、と自分を騙すように言い聞かせていた。
友達のいない僕の趣味と言えるような事は、寄り道だった。自転車通学だったから、村のどこへでも行くことができた。澄んだ川に泳ぐ魚を見れば、家から釣り竿を持ち出して釣りをした。木々の隙間に続く石畳と言えるか言えないか微妙なほどの石の羅列を辿ってみれば、壊れかけの神社にたどり着いたこともあった。都会から来た僕にとっては、この村のどれを取っても新鮮だった。
高校1年生と高校2年生の2年間に亘ってはこのような気楽な生活を送ることができた。だけど今は出来ない。高2の春休みが終わり、既に6月。受験勉強の真っ只中だ。今の僕の学力は志望校にかすりもしない。はっきり言って、ほかの人間よりスタート地点はだいぶ後ろだ。必死にならないとダメだ。
........まぶしい。
思わず寝返りを打つ。身体で光が遮られて少しまぶしさが和らいだ。何かの音がする。高い同じ音が連続している。音の出る所を触ると音が止んだ。もうひと眠り.....してはいけない。
目を開ける。朝9時だ。一瞬寝坊したかと思ったが、それは去年ならの話だ。高3になって登校時間は9:40になった。かと言ってゆっくりしては居られない。
身体を起こし、立ち上がった僕は、開けた窓の間から吹き込む新緑の匂いを感じながら、手を手すりに滑らせながら階段を駆け下りる。最後の2段は飛んで降りる。
リビングにある時計を見上げれば9:05。家を出る時間まであと15分だ。歯を磨こうと洗面所に向かうが、母親が使用中だ。
「おはよう」
「おはよ~。もうすぐで終わるから~」
母がそう言い終わる前に、先に着替えることを決めて制服に手をかけた。黒色のような灰色のようなどっちともいえない色のズボンを履き、中にシャツを着て、上から着た長袖のカッターシャツを腕まくりして半袖に変形させ、最後に解かないで置いていたネクタイを締めれば完成だ。
洗面所から出てくる母とすれ違い、顔を洗い、歯を磨く。再びリビングに戻って時計を見れば9:10。10分早いが家を出ることに決めた。あまりギリギリに家を出ると、自転車を速く漕がなければいけない。そうすると、学校についた時にはカッターシャツが汗で背中に張り付いてしまう。そんな姿は自分も他人も気持ちが悪い。
「いってきます」
気持ちに余裕を持ちながら家の戸をあける。今まで瓶に詰められたように籠っていた蝉の声がはっきりと聞こえる。黒い僕の愛車のスタンドを足で小突く。少しの高さから落ちた愛車の後輪は数センチ弾む。バックさせて家の敷地から道路に出す。サドルに跨り、前屈みになって体重をペダルにかけると、自転車は進み始めた。