第二話
「なぜですか父上!」
私の叫びが広くはない執務室に響いた。それに父王は煩わしげな顔をしながら溜息をつく。
私はただ好き勝手に王妃のごとく立ち振る舞うアリアを婚約者の座から退かせて欲しいと嘆願しただけだ。それだと言うのに父は「ならぬ」の一言。説明を求めても返ってくる言葉はない。
そんな苛立ちから声を荒らげたのだが、溜息の後に鋭い眼差しを向けられて息を飲んだ。
「儂が何も知らぬと思っているのか、レオルド」
「……っ、」
それは私とアリア、それからミサ嬢のことを指しているのだろう。知っていて、アリアの勝手な振る舞いを許していると言うことになる。
「レオルド……アリア嬢はヒルクライド公爵の娘で、現状この国ではもっとも権力を持つ家の娘だ。
それは分かるな」
暗に分からぬのであれば話は打ち切りだと言われていることを察して頷く。大体にして、それくらいは考えずともこの国の貴族全てが知っていることだ。
父王は椅子に深くもたれかかって息を吐き出す。それからしっかりと眉間に刻んだ皺には苦悩すらあるようにみとめられる。
「いいか、アリア嬢はこの国の王妃になるべき娘。彼女を置いて他の令嬢を王妃に据えてしまえば王族はヒルクライド家を蔑ろにしたことになる。
何よりそんなことになればこの国のバランスが崩れる。それが分からぬお前ではないだろう」
父の言葉にぐっと言葉を飲み込んだ。確かにヒルクライド家を蔑ろにしたとなれば彼らはあらゆる手を使って王族を批判するだろう。
それができるだけの権力と、人脈と、そして財がある。
「つまり王族の安寧のために、ミサ嬢には妾になれと、そう仰るのですか」
「それだけのためでは……はぁ、言っても無駄だろうな。
レオルド。ミサ嬢のことは諦めろ。好いた女を手元に置きたいのも分かるが、それが彼女のためだ」
あの子に王家は荷が重い。
父がぽつりと呟いた言葉に拳を握る。ミサ嬢のことを想っているように見せて、ただヒルクライド家を恐れているだけではないか。
それで何が王だ。
「……父上のお考えはよく分かりました。
私はもう貴方に頼らずにミサ嬢を守り抜きます」
決意を込めて父を見据えるが、肝心の父はこちらを見ようともせずに「好きにしろ」と呟く。それに怒りがぐつぐつと腹底から湧き上がるのをなんとか押し込んで執務室を退出した。
「どいつもこいつもあてにならん!」
力強く廊下を歩きながら自室に入り、乱暴に扉を閉める。それに驚く侍女たちを部屋の外に追い払うとずるずると座り込んでしまった。
「なぜだ……なぜだアリア……なぜあんな……」
別に本気でアリアのことが憎い訳では無い。かつてはアリアと居て楽しかったことも多かった。
しかしミサ嬢が学園に通い始めてから彼女は変わってしまった。
人当たりのいい微笑みはそのままで、一見何も変わっていないのに、私の知らない所でミサ嬢に辛く当たるのだ。それにミサ嬢がどれほど悲しみ、心を痛めていることか。
確かにミサ嬢は令嬢として拙いところが多い。それは私も認めるところだ。
しかしそれを補って余りある優しさと大らかさは何ものにも変え難い。それに彼女の発想はいつも新鮮だ。
反対にアリアはどうだ。規則や儀礼に捕らわれて、堅苦しい考え方ばかりで。ミサ嬢のように表情をくるくると変えるようなことはなく、ただただ同じ微笑みを浮かべるだけで。
そんな人間にどうしてついて行こうと思えるか。
ミサ嬢の方が私には王妃に相応しいとすら思える。そうだ、アリアは語学を含めて勉学は優秀なのだから、せめて側室としてミサ嬢を手助けすればいい。王妃は適わずとも、それくらいすればヒルクライド公爵も納得するはずだ。
いや、しかし、と首を横に振る。ミサ嬢はもうすっかりとアリアに怯えてしまっているのだ。であればできる限りアリアとは距離を取らせるのがいいだろう。
そうだ、ロドリアの妻などいいのではないのだろうか?堅物同士で気が合うかもしれない。
……いや、そうなれば夜会や何かで顔をつき合せることも多くなるだろう。それでは意味が無い。
できる限りミサ嬢が安心して、心穏やかに暮らせるようにするのが私の役目だ。
いっその事アリアが他国にでも行ってしまえばこんな心配事もないのに……
どうしようもないことを考えてふと思考を止める。他国……そうか、その手があったか!
アリアのあの様子ではもう更生は望めないだろう。それならば国外追放として、他国にやってしまえばいいのだ。
そう言えば隣国の領地の端には修道院があったはずだ。せめて数年でもあそこにいればアリアも自分の過ちに気がつくかもしれない。
その後は恩赦として国内に戻し、高齢の下級貴族に後添えとして嫁がせれば十分だろう。
昨夜考えついた作戦を共有しようと仲間たちを探すが、中々捕まらないことに苛立ちを覚える。居場所は分かっているのだ。
騎士団長の息子であるリオンは鍛錬場で、外交で莫大な財を築いているアルフォーン伯爵の息子であるオリオットは図書館。教皇の息子であるフォルスハーゲンは恐らく中庭だろう。
しかしその三人に接触しようとすれば何故か邪魔が入る。
最初はアリアの嫌がらせかと思ったが、アリアと敵対している――と言うよりは、アリアを勝手に敵対視しているルシア嬢や、その友人達ばかりだから違うだろう。あのプライドの高いルシア嬢がアリアと手を組むなんてまずありえないだろうから。
一体なんのつもりで……
考えてみるが、特に思い当たる節はない。彼女の婚約者は確か辺境伯の次男で、女好きで知られるクランだったか。
あそこもアリアとも、アリアの家とも関係はなかったはずだ。さすがの女好きとは言え、王族の婚約者に手を出さない程度の分別はあるらしく、挨拶をしたことがあるだけだとアリアも言っていた。
だとすれば気まぐれか?まったく迷惑なものだ。
これだから令嬢は……
「――殿下、こんにちは」
いつの間に校舎裏の庭園に来ていたらしい。こっそりと声を掛けてきたのは仲間の一人、フォルスハーゲンだった。
「フォルスハーゲン!こんな所に居たのか」
「中庭は少々騒がしかったので……」
薄いすみれ色の瞳を陰らせながら、腰まである見事な銀髪をさらりと揺らすフォルスハーゲン。彼は穏やかな気質で、争いごとを好まない。神にその身を捧げた者としては相応しい性格と言えるだろう。
しかし実際には聖教の中にも権力争いがあり、派閥がある。フォルスハーゲンはそんな争いから逃れる為にもこの学園に入学しているのだ。
「それよりフォルスハーゲン、相談したいことがある」
私の言葉に彼はこくりと頷いて見せた。どうやら先日の私とアリアのやり取りはフォルスハーゲンの知るところでもあるらしい。
フォルスハーゲンに聞くと、リオンとオリオットも知っているらしく、早く私と合流したいと願っているとのこと。優秀な仲間たちに思わず顔が綻んだ。
「さすがだな……しかし現状、なぜか接触を妨害されているから、少しずつ情報を共有していくしかないだろう」
「それなら私に任せてください殿下。
私には彼女たちも強くは出られませんから」
首元にかけた十字のペンダントを軽くつまんで苦笑するフォルスハーゲン。確かに神の名を出されれば引くしかないだろう。
それを察して私は今回の作戦についてフォルスハーゲンと話し合う。
しばらくしてお互いに納得出来るところまで作戦を練り上げたところでひとつ頷いて別れる。あまり長居をしてもいられない。
何よりもミサ嬢をできる限り早く個人レッスンから解放してやりたい。彼女は勉学が苦手で、じっとしていられない性分なのだ。それを無理矢理机に座らせたとしても逆効果。
そもそも彼女にそんなことは必要ないのだ。
彼女はこれから王妃となる身。必要なのは役に立つかどうか分からない勉学ではない。彼女がすでに身につけている他者を赦す大らかさと、他者の境遇を気にかける優しさ。それはミサ嬢の持つところだ。
しかしそんなことを言ったところで王族ですらない講師たちには理解できないだろう。それならどうやってミサ嬢を助けるか。考えあぐねていれば後ろから声がかかる。
「殿下――!こんなところにいらっしゃったのですか、探しましたよ!」
息を切らして私に駆け寄ってくるロドリア。その様子に首をひねった。
彼はここのところ私が拒んだこともあって必要以上に近づくことはない。まぁ今は誰も連れていないから都合がいいと言えば都合がいいが、かと言ってそこまで必死に駆け寄ってくるほどでもないだろう。
一体どうしたのか。
目で問う私にロドリアは息を整えながらその口を開いた。
「――ぃかが、陛下が卒業パーティーに参列されるとのことです」
真剣な眼差しに思わず言葉を飲み込んだ。
父上が、なぜ。
今まで学園の卒業記念式典に参列されることはあっても、卒業パーティーには出てこなかった。それは歴代の王達もだ。
あくまでも卒業パーティーは気楽な、学生達だけのもの。それになぜ王が出てくると言うのか。
……まさか。
「私の監視、か?」
「恐らくは……
どうやらアリア嬢が王妃様に『まだ殿下からダンスのお誘いを頂けていない。このままだとエスコートして頂けないのではないかと不安だ』とご相談されたそうです」
ロドリアの言葉にぐっと拳を握る。どこまで私の邪魔をしたいのだ!
そもそもダンスのレッスンで私がアリアのパートナーにならなかった時点で察するべきだろう。だいたい私がミサ嬢をエスコートしなければ誰がすると言うのだ。彼女は慣れない環境で、頼る者は私しか居ないと言うのに!
「殿下……アリア様のエスコートをなさる気がないのであれば、早めに仰った方が良いのでは?」
ロドリアの言葉に眉根を寄せる。言っていることはもっともだが、ロドリアから出た言葉とはにわかに信じ難い。普段のロドリアであれば、婚約者であるアリアを優先して然るべきだと進言してきそうなものなのに。
そんな私の内心を察したのか、ロドリアはその顔に苦笑を浮かべた。
「さすがにあそこまでミサ嬢に寵愛を傾けるお姿を見ては、私もあまり無粋なことは言えませんよ」
肩を竦めながらロドリアが言い放った言葉に、一瞬だが思考が止まる。それから思わず、と言った風に笑いが溢れ出た。
さすが昔から共に居るだけある。やはり私の理解者はロドリアだけだ。
「さすがロドリアだ!
そうとなればすぐにアリアに伝えねばならぬが……」
「お待ちください殿下。良ければ私にそのお役目を仰せつかることはできませんか?
アリア嬢はここのところ殿下に対して酷く攻撃的ですから、あまり殿下自身がお話しなさるのは……」
ロドリアの気遣いに思わずにんまりと頬が緩む。
昔からこうなのだ。私のことを第一に考えて、常に気を回してくれる。
ロドリアと言う男はどこまでも優しく、私のことを理解する唯一の存在なのだ。将来的にはヒルクライド家に取って代わって、私の宰相として仕えてくれることだろう。その時が今から楽しみで仕方ない。
「頼んだぞ、ロドリア」
私が肩を叩くと、ロドリアはいつものように恭しくその頭を垂れるのだった。




