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俺がエロ本と魔法書二冊を書庫から取り出してから一週間が過ぎ、俺たちの生活はようやく落ち着きが出てきた。
どうやら俺の召喚した本は、彼女にとって非常に価値ある本だったらしい(エロ本は除く)。彼女はそれから毎日寝不足になるまで本を読みふけり、実験をするというサイクルを繰り返していた。ただ日に日に目の下にあるクマを大きくする彼女に、俺が無理矢理ストップをかけ、ベッドにシュートした。
そして俺の『夢幻の書庫』についても少しだけ分かったことがある。このスキルは一日三冊の本を取り出す事の出来る能力だ。とシルヴィさんと俺は一度結論を出したが、あいにくそんな能力ではなかった。それは能力を使用してから四日後ぐらいの時だった。本が四冊取れるようになったのだ。
この数日での夢幻の書庫の進化は、取り出せる冊数が増えただけか、と問われればそうでない。あの時空の裂け目が大きくなったのだ。それも
『……腕が裂け目に入った? あの裂け目に?』
ヴィオレットさんにそう言われ、俺は大きく頷く。
「そうなんですよ、もう自分もシルヴィさんもすごく驚いて。ちなみに吸引されたりすることはなかったですね。それどころか本を一気に何冊か引っ張り出せましたし」
取り出せた本は確かに俺が欲しいと思っていた本だったので、スキルを使う前に俺が欲している本が取り出せるという事は、間違い無いといっていいだろう。
『不思議なスキルだ。聞けば聞く程、その特異性が強調されていく気がする』
「よく分からないスキルですよねぇ……」
俺はそう言ってヴィオレットさんの体によりかかり、空を見上げた。
普段ならば焼きつくさんばかりの熱波を、辺り一面に振りまく太陽であったが、どうやら今日はお休みらしい。浮かぶ雲たちがその日差しを遮り、暑くもなく寒くもないという体に優しい温度を保っている。ずっとこんな天気で良いくらいだ。
「ふぁぁっ」
『眠そう、だな』
「ええ、シルヴィさん程ではないですけど、少し徹夜しちゃって……」
特に昨日は本がたくさん取り出せた事もあり、俺もシルヴィさんも寝不足だ。シルヴィさんは無理矢理ベッドに突っ込んで置いてきたから、彼女は眠っていることだろう。
『少し、休んでいくといい』
「いつもありがとうございます、ヴぃお、れっと、さ、ん」
ヴィオレットさんは睡眠魔法を唱えたのだろう。わざわざ弾くことはせず、それを受け入れる。心地良い睡魔に襲われ俺はすぐに眠りについた。
体感からすればであるが、目が覚めたのはそれほど時間がたっていないようだった。ただ空はぐずっていて、いつ雨が降り出してもおかしくはない。
『目が覚めたか?』
「ええ、ぐっすり眠れました。ありがとうございます」
ベッドと枕にしていたヴィオレットさんの体から離れると、ヴィオレットさんは体を少し起こす。そして一面が灰色になった空を見つめる。
『送ろう』
俺は頷くとヴィオレットさんの手に乗る。すると彼女は優しく俺を抱き上げ、ゆっくりと空に飛び上がった。
「ヴィオレットさん」
『なんだ』
彼女は顔をこちらに向けることもなく、小さく返事をする。
「自分はこっちの世界に来てから、とても幸運だったと思うんですよ。すぐに能力の使い方もすぐに覚えたし、そして魔法も使えるようになりました。シルヴィさんにも会えましたし」
『そうだな』
「だけど、なにより一番幸運だったのは、ヴィオレットさんに出会えたことだと思うんですよ」
身一つで、それもこの世界が何か分からないままこの世界に降り立ち、今問題なく生きているのは間違いなくヴィオレットさんのおかげだ。すべての縁を繋いでくれたヴィオレットさんには感謝しきれない。
『……そうか』
「そうなんです、だからヴィオレットさんにはすごく感謝してるんです」
自分からヴィオレットさんに何か返せないだろうか。そう思うが彼女は龍で自分はエルフ。求める物は違うし、そもそも生活が違う。根本的に何を返して良いのかが分からないし、
場合によっては迷惑になるかもしれない。
『……』
「ほんとヴィオレットさんって素敵な方ですよね。あれ……なんか速度が上がったような……どうかしたんですか?」
『……振り落とされるなよ』
「え、ちょっ、早っ、早いですって! わあぁぁぁ」
なぜかは分からないけれど、倍以上の速度で飛ばすヴィオレットさんに、俺はしがみつくことしか出来なかった。