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それは致し方なかった事なのだ。確かに二十五歳というまだ若輩者であるから、性欲はそれなりにある。ただ自分としては性欲なんて物はしっかり押さえ込んでいるし、失礼な目線をおくらないように気配りもしている。
しかしだ。
胸についた二つの凶器を当てられてみろ、それに腕はしっかり体にまかれ、綺麗な髪が俺の頭に掛かるのだ。心音まで聞こえるのだぞ? 大体彼女は美しいのだ。ちょっと片付けは苦手だけれど、それはそれで可愛らしいし、料理もそれなりに出来る。そして頭も良いから話していてストレスを感じない、それどころか楽しい。だからしかたなかったのだ。
「本は私が預かる。そして部屋には鍵をかけるからな」
もちろんそんな言い訳なんぞ通用しない。
「ハイ。分かりました」
もし許してもらえるならば、あの本を家宝にさせていただきたかったのではあるが、それも叶わないだろう。そんなことを口に出しただけで家を追い出されるかもしれない。
「……気を取り直そう。君はまだ能力を使えそうか? 体調に異変はないか?」
そう言われて俺は全身を見る。特に目立った違和感はないし、見た目も普通だ。ただ、
「ほんの少しの倦怠感があるぐらいですね」
「またスキルを使うことは出来るか?」
「やってみます。多分大丈夫です」
とスキルを発動させようと、魔力を練り上げていると声が掛かる。
「メル。今度は魔法書が欲しいと願いながらスキルを使って見てくれないか?」
なるほど。先ほどの本は俺があまりにシルヴィさんを意識してしまっていたからエロ本が出現したのであって、自身が魔法が使いたいとか、魔法書が欲しいという欲求を持てばその本が入手出来るのではないか。という事だろう。つかコレ成功したらさっきの自分は裸のエルフを求めていたことの証明になるような……いや深くは考えてはいけない。
魔法書、魔法書。それも真理が書かれた魔法書。シルヴィさんか俺が読めるような魔法書。
魔力を練り上げ、先ほどと同じ要領で夢幻の書庫を起動する。すると一瞬なにかが抜けるような感覚がすると同時に、あの裂け目が生まれた。相変わらず混沌とした闇で、見ているだけで不安になるが、二回目とあってシルヴィさんも俺も落ち着いていた。
「む、何かでたな」
シルヴィさんは落ちた本が気になって仕方ないのだろう。まだ裂け目が完全に消えていないというのに、彼女は本の元へ歩いていった。
裂け目が消えると同時に彼女は本に手を伸ばす。そして何も言わず一人ペラペラと本をめくっていく。
「シルヴィさん?」
俺が彼女に声をかけても反応しない。凄まじい集中力なのか、あるいは俺は眼中にないのか、それほどまでに求めていた本だったのか。
仕方なく後ろから覗いてみても、全く字が読めない。どうするかと思案したが一つ思いつく。どうせだったら翻訳魔法が書かれた本を召喚して、使えば良いんじゃないだろうか。
これから先も自分が読めない本が出てくることはよくあることだろう。だけど翻訳魔法なんて物が有れば今後有用なのは間違いない。それにシルヴィさんが読めない本が出てきても、翻訳魔法をシルヴィさんが使えれば、シルヴィさんも困ることがなくなるだろう。
善は急げだ。シルヴィさんから距離を取ると魔力を練りながら、翻訳魔法が書かれた本をイメージする。そして夢幻の書庫を発動させた。
スッと体からなにかが抜ける気配。瞬間、まるで超高速ジェットコースターで勢いよく下っているかのような不思議な感覚が体を襲う。
「メル!」
俺が地面に倒れる瞬間に何かに支えられる。顔を上げるとそこにはシルヴィさんの顔があった。
「大丈夫かっ?」
「す、済みません大丈夫です。今立つので」
「馬鹿者、無理はするな……部屋に行くぞ」
肩に手を回され、立ち上がる。俺はスキルがどうなったかが気になり、辺りを見回すと混沌の裂け目から一冊の本が落ちるところだった。
「君はまた何か召喚したのだな……あまり多く本を取り出すと君に負担が掛かるのか。まあいい部屋へ行くぞ」
「ちょ、あの本が気になるんですが」
「それは君が元気になったらにする。さあ、部屋に行こう」
そう言いながら強引に引っぱられ、その場を後にする。
部屋のベッドに寝かせられるも、俺はあの本が気になって仕方が無かった。そのまま眠るといい、そう言われても興奮さめやらぬ。
「見間違いじゃない……そうだとすればこれ以上無い有用な本だぞ?」
あのとき落ちた本は『日本語』で『猿でもわかる異世界魔法』と書かれていた。