7
ゆっくり起き上がり、多少ほこりっぽい布団をたたむ。寝過ぎてしまった為か軽い倦怠感があったが、それは立ち上がって伸びをしているうちにだんだんと薄れていった。今は何時だろうか。とりあえず早朝ではないだろう。
どうやら寝ている間にシルヴィが来たようだ。閉められていたはずのカーテンと窓は開放され、心地良い風を部屋の中に送り込んでいる。
ベッドの横に置かれていた小さなテーブルには、何かよく分からない言語で書かれた手紙が置かれている。何が書かれているのだろうか。考えてもどうせ分からないなと結論をだし、ポケットにしまうと部屋を出た。
「ぐっすり寝ていたね。気分はどうだい?」
「おかげさまで疲れはとれたみたいです」
彼女は綺麗になったティーポット(もちろん俺が洗った。ヘドロのような固形物を落とすのに時間がかかった。疲れの大半はコレと格闘したせいだと思う)からカップに紅茶を注ぐ。そして棚まで戻ると、もう一つカップを取り出してそれにも注いだ。
「君の分だ」
「ありがとうございます」
紅茶を一口飲むと、俺はポケットに入れていた手紙を取り出した。
「すみません、コレにはなんてかかれていたんですか?」
「ああ、やはり読めなかったか。まぁ読めないだろうと踏んで置いていったから別に構わないが」
「読めないって分かっていて置いていったんですか……ちなみになんて書いてあるんです?」
「少し家を離れる。外は危険だから君はおとなしく待っていろ。そんな文だ。帰ってくるまで眠ってたから必要はなかったがな」
「え、読めないとまずくないですか? 結構重要な事だと思いますが……」
「では君が起きたときに私の姿がなく、代わりに手紙が置いてあったら君はどう思う?」
手紙があれば読めなくとも何かを伝えようとしていたことが分かる。それでシルヴィがいなければ、この場を離れるというメモかもしれないと、当たりをつけただろう。もしメモがなければ何でシルヴィがいないんだという不安に駆られるかもしれない。
「なるほど、安心させるためにわざと置いたんですね」
「おおむねその通りだ。まあ結局手紙に気がついたとしても、家を出る可能性は否定できなかったんだがな。しかし辺りには魔物が出ると昨日話していたし、むやみやたらに出歩かないだろうなと思ったんだ」
「へえ、まあ多分そうしていました」
「うむ、そうだろう。さあこれから君の夢幻の書庫について調べよう、と行きたいところだが……」
「行きたいところだが?」
「昼食を食べてからにしよう」
思わず窓を見つめる。ずいぶん暖かい風が入ってくるなと思っていたが、どうやら昼近くまで眠っていたようだ。
昼食を食べ終わるとすぐに、シルヴィは俺を外に連れ出した。曰く俺のスキルは何が起こるか分からないから、外に出た方がいいとの事らしい。確かに俺も何が起こるかなんてわからない。
俺は彼女に連れられて庭に出ると、彼女は家から少し離れたところで立ち止まった。
「さあ、始めようか」
「始めようか、といわれても、どうすればスキルが使えるか分からないんですけど……」
「なに、いくつかスキルを使う方法がある、それを順々に試していけば出来るだろう、と安易に考えている」
安易に考えているんですね。
「それにだ、確実とは言えないが、実はすでに使い方の目星をつけている」
さすがシルヴィさん。頭が良さそうだと思っていたけど、多分本当に頭が良いんだろう。
「まず確認だ。君は発動のキーワードがわかるかね?」
「キーワードですか?」
「ああ、そのキーワードを口にすることで発動するスキルがあるんだ。もっともこの反応じゃさっぱり分からないのだろうね」
「えええ、さっぱり分かりません」
「うんうん、予想どおりだよ。どういったたぐいのスキルかは後で説明しよう。さて、次の方法だ。攻撃技を何度も繰り返し練習し最適化された動きを行えるようになると、それがスキルとして昇華されることがある。コレは君の場合に当てはまらないだろうから、今回は省く。そして本命の方法だ」
俺は小さく頷くと、彼女は続きを話し始めた。
「体内で魔力を消費し、スキルを使用する。場合によってはキーワードも必要となる」
「さっぱりわかりません」
「なに、先ほどステータスチェックを行っただろう。アレに近い要領で行えば良い。」
そう言われても、あれってあまりよく分からない感覚なんだよな。とりあえずやってみよう。
「……何も起こりません」
「ふむ、同じように魔力を意識してスキル名をいってみてくれ」
「……夢幻の書庫」
何も起こらない。辺りに変化があるかと言われても、木の上からピヨピヨと鳥たちが話している声が聞こえるぐらいだ。なにもおきてない。
「なにもおきません」
「ふむ。もっと力を込めなければならないのではないか? 私も協力するから再度やってみよう」
そう言って彼女は俺の後ろに回る。
「いったいどうするんですか?」
「こうするんだ」
不意に両脇腹に彼女の手が添えられる。思わず彼女をふりほどいた。
「ちょっ、くすぐったいです!」
「効率よく魔力をいじるためにはこうするのが良いんだ。ほら君は男だろう、これくらい我慢しなくてどうする」
「いえ、そういった行為は男女関係ないと思いますが」
くすぐりの耐性なんざ、男女ほとんど変わらないだろう、多分。
「とりあえずもう一度いくぞ。私に背を向けろ」
渋々彼女の前に行くと、背を向ける。そして大きく深呼吸する。
「準備は良いか、いくぞ」
そう言って彼女はまた俺の両脇腹に手を触れる。くすぐらない事を意識したのか、そっとふれるその両手は、逆にむずむずとする結果になっている。
集中なんて出来るはずもない。
「こ、この状態では無理です!」
手を避けようと体をひねるも、すぐに彼女に服を掴まれる。
「ふむ、仕方ないな……最終手段だ」
その瞬間視界が一瞬ぶれる。見えるのは整理された草たちと、家を囲むように生えている木々、青い空。先ほど夢幻の書庫を発動しようとした場所に相違ない。ただ首の後ろ辺りには、女性の夢とロマンが詰まった膨らみが押し当てられ、頭と体はもう離さないとばかりに両腕でがっしりと押さえつけられれいた。
「良し、魔力を活性化させるぞ」
もはや別の場所が活性化されている。
無理だ。さっきよりは思考は出来るが色々やばい。今俺が振り返れば双璧の楽園へ頭を突っ込むことが出来るだろう。ただその後の生活は一切保証できない。
何を考えて居るんだ俺は。すでに彼女の魔力は入り始めている。雑念を、捨てるんだ。
先ほど失敗したときの倍以上魔力を込めよう。シルヴィさんのおかげで大きな魔力を動かすコツは掴んだ。これで発動させる。
『夢幻の書庫』
体から魔力が抜けていくのが分かる。夢幻の書庫が発動したことはよく分かった。
「……いったい何なのだ……あの混沌の空間は」
シルヴィさんはいつの間にか俺から離れていた。どうやら俺はそんな事にも気がつかないくらい動揺していたらしい。
「わ、分かりません」
俺達の目の前にあるのは、漆黒の裂け目。まるで鋭利な爪で目の前の空間を切り裂いたかのようで、その裂け目からは不安を煽る混沌たる漆黒が広がっていた。
それを地球に実在する物で無理矢理例えるなら、超黒だろうか。光の吸収率99.965%の超黒は、見ているだけで自分が飲み込まれるんじゃないかと錯覚させ不安をあおる。まるでブラックホール、なんて言われる漆黒。
もしこの空間が穴で、落ちると一生戻ってこないといわれても俺は信じられるし、もしこの空間の先が地獄だと言われても信じられる。あるいはこの空間の先は無であり、はいってしまえば跡形もなく無に帰すといわれても俺は信じられる。
不意にその空間が小さくぶれる。それを見たシルヴィはぽつりと「なにか、起こるぞ」と呟いた。
彼女はいつ臨戦態勢になったのだろう。手には銀色の光沢を放つナイフがあり、鋭い瞳で裂け目を睨みつけていた。
どれくらい時間が経過したのだろうか。気分的にはかなりの時間が経過したような気がするが、どれぐらいかは分からない。
不意に超黒の裂け目から一冊の本が落ちた。すると役目を果たしたかのように、裂け目はだんだんと小さくなり、やがて消えてしまった。
その本を見た瞬間、体中が警告を発した。今すぐ逃げろ、ここに居たらヤバイ、と。
俺は言葉を紡げなかった。たぶんシルヴィもそうだろう、俺とは違う理由であろうが。あの混沌とした暗闇から落ちてきたのは、それほどまでに危険な本だ。
冷や汗が背中を伝い、思わず一歩足が下がる。
逃げよう。それしかない。
しかし踵を返した瞬間、肩に手が乗せられた。
「どこに行くというのだい?」
逃げ場はない。思わず脱力し膝が地につく。
そんな俺を横目に、シルヴィは落ちた本に向かって歩いていった。
「君がどういう目で私を見ていたのかがよく分かるよ」
本を手に取ったシルヴィは、ペラペラと中を見ながら俺の元に戻る。そして俺を問い詰めるように、顔にぐりぐりと本を押しつけてくる。
「どうした、何か言ったらどうだい?」
「しゅ、しゅみましぇんでした」
本が押しつけられているせいで、上手く声が出ない。先ほどからちらちらと本の表紙が見える。それのせいで俺の体の一部が過剰に反応してしまう。
「ん、なんだって?」
俺は勢いよく土下座して、腹から声を出す。
「すみませんでしたぁっ!」
夢幻の書庫で初めて取り出した本は、裸のエルフが映ったエロ本だった。
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また現在メイン執筆しているマジエロ(マジカル★エクスプローラー -エロゲの世界で主人公の友人になったようだけど、魔法が楽しいから役割半放棄して自分鍛える-)
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