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夢幻の書庫  作者: 入栖
3/25

『要するに、女神からこの世界に転移させられた異世界人ということか』


「そ、そうです。ちなみに僕は肉が少なく美味しくありません」

『それは何度も聞いた。まったく、面倒だ』


 そう頭の中に声が響くと、俺の頭ぐらいはありそうな大きな瞳で睨みつけてくる。何で俺漏らしてないんだろう。いままで漏していないのは奇跡だと思う。


「あ、あの、恐れ多いのですが、僕を人の住まう場所か、もしくはこの辺りで人が住めそうな場所へ案内していただけませんか?」

『はぁ? 人?』

「ヒエッ、も、申し訳ございません。この身さえ無事であれば十分です!」

『……チッ』


 龍は舌打ちすると、体からすれば小さな手を動かし、土下座していた俺の体を掴む。

「お願いします助けてください。故郷には元気な両親と妹がいるんです!」

『うるさい黙れ、それに元気なら心配要らないだろう。そもそも来てしまった時点で二度と帰れん』

 ふわりと、体が浮かぶ。どうやら龍は空を飛ぶようだった。


「お、落とさないでください、助けてください」

 すでにあの大きかった湖は小さくなり、風は冷たくなっている。この高さなら、陸どころか湖に落ちても命はないだろう。


『死にたくなければしっかり掴まっていろ』

 もちろん即しがみついた。手だけでなく両足を使って持てる力の限り。ただ龍も気を遣ってくれたのか、俺の事を落とさないように両手で優しく包んでくれた。


 そして龍はどこかへ向かって飛んでいく。

『何か問題は無いか?』

「ひゅ、ひゅこししゃむいです(少し寒いです)」


 龍の飛行は非常に早かった。少なくとも車以上だろう。あまりの風圧に上手く言葉が出せない。

 俺がそういうとめんどくさいとばかりにため息をついた。

『風魔法を使え』


「まひょうをちゅかったことがありましぇん(魔法を使ったことがありません)」

 と言うと同時に体に冷たい風が当たらなくなった。辺りを見てみてば自分の周りに緑色の粒子みたいな物が浮かんでいる。多分龍が何かしてくれたのだろう。


「あ、有り難うございます!」

『ん』

 龍はそう言って俺を抱え直す。

『少し速度を上げるぞ』

 それから数分程飛行したところで、目指していた場所に着いたようだった。



 空から見ればそこはとても目立っていた。木々の生い茂ったこの森ではあるが、その一カ所には木々が生えておらず、中心に石造りの家があったからだ。

 人が住んでいるのだろうか。家の周りの草はしっかり手入れされており、日陰には何らかの肉や草が干されている。


 龍は家の前に降りると、俺をゆっくり下ろす。

『シルヴィ! いるのだろう、出てこい!』

 さきより大きな振動が頭に響く。俺が頭を抑えているとドアが開き、長身の女性が出てきた。

「えっ?」


 思わず声が漏れる。出てきた女性は日本では滅多に見ることのない金髪であり、サファイアのような美しく薄い水色の瞳だった。そしてなにより、

「耳がすこしとがってる……」

 人とは思えない耳の形をしていた。


「うるさいぞヴィオレット、何があった?」

 その言葉に思わず驚く。

『来たか。シルヴィ、コイツを任せる』

 ヴィオレットと呼ばれた龍は手で俺の体を押す。急に押された事もあるし、驚いていたこともあってつまずく。


 シルヴィと呼ばれた女性は俺を値踏みするように全身を見ると、息を吐きながら肩をすくめた。

「まったく。君は面倒の見られない生物は拾ってくるなと親に言われなかったのか? 元の場所に戻してきなさい」


 俺は捨てられた犬か。


『コイツは転移者だ。私の湖にいたんだ、興味あるだろう?』

 そういうとシルヴィさんは急に目の色を変え、俺の側による。

「てんいしゃ、転移者だとっ!」


 彼女の白くてしわのほとんど無い手が、俺の頬を包む。少し冷たくて柔らかい。そんな事を考えて居ると、彼女の顔が近づいてくる。そして彼女の手に引き寄せられ鼻が付きそうなぐらいの距離になった。

「ほう、ほうほう」

 彼女はそういって俺の目をまじまじと見ると、にっこり笑って、少し顔をはなした。


「うぅむ」

 今度は少しかがむと俺の体をまさぐる。最初はボディチェックの要領で脇、脇腹、腰。くるりと背に回ると背中をぺたぺたと、だんだん下に下がって……。

「ええっ、ちょ、どこ触ってるんで……ぉぉうっ! んぉ、やめっ、やめろぅ!」

「ん、身長の割には……いいな」

「オイちょっと何してんだアンタ」


 俺がシルヴィに詰め寄るも、彼女は笑っていた。

「ははっすまないな。状況は理解した。色々と話を聞きたいところだが……そうだな家に行こうか」

 そう言って彼女は俺の肩を叩く。


『では……シルヴィ。後は任せたぞ』

「ああ、任された」


 シルヴィさんが言い切る前に、ヴィオレットさんは空中に浮かび上がり、来るときの倍以上の速度で飛び去ってしまった。いなくなった空を見ながら、ふとお礼言いそびれた事に気がついた。なんだかんだあったが、俺はヴィオレットさんに世話になったというのに。


「とりあえず上がるといい」

 彼女の言葉をきいてはっと我に返る。

 彼女はすでに背を向けていて、ドアの前にいた。彼女は目の前のドアを開けると、中へ入っていく。俺も彼女の後ろを追って中に入ろうとしたが、すんでの所で止まることができた。


「失礼し……ま…………ん?」

 散らばる物、モノ、もの。それは紙であったり本であったり服であったり、よく分からない木の棒だったり。


「どうした、早く入れ。ん、ああそうか。大丈夫だ。即死するような物はたまにしか落ちていない、安心すると良い」

「いえ、たまに落ちている時点でヤバイです。一切安心できません」

「全く、大丈夫だと言っているだろう、ほらこっちに座れ」


 そう言って彼女は荷物を蹴って椅子を引く。俺は迷いながらも行くことを決め、荷物を飛び越えてその場に行く。そして引いてくれた椅子に着席した。

 彼女は対面の椅子を引きながら近くにあったカップを手に取る。そして俺を見て「ああ」と小さく声を上げた。そして辺りを見回す。どうやら俺用にカップを探しているようだ。


 彼女は後ろを向くと、なんだかよく分からないアーティスティックな物が並べられた所からカップを取り出す。現代アートが陳腐に見える独創的な作品群だが、コレは彼女の趣味だろうか。

 彼女はカップを見て目をほそめると、息を吹きかけた。


「ゲホッ、ゲホッ」

 むせる程ほこりがたまっていたのだが、彼女は洗うことはしなかった。そのまま対面に着席すると白いティーポットを取りだし、カップに注ぐ。


「あの、紫色でゼリー状のなにかがカップに入っていくように見受けられるのですが?」


 カップに落ちてくるのは液体ではなかった。音だって『トトトトト』ではなく『ボト、ヌチャァ、ボト、コポォ』と液体の音ではない。不快だ。

「……」


 彼女は何も言わず、自分の鼻もとへ持って行く。そして勢いよくカップから顔を離すと眉をひそめた。

 なにやら葛藤していたようだが、意は決まったのだろう。彼女は小さく頷くとそのヘドロのような物が入ったカップを俺に差し出した。


「どうぞ」

「はははは、入れ直せ」


 自分でもヤバイなと思っているものをそのまま差し出す彼女の胆力に、呆れを通り越して尊敬してしまいそうだ。

「仕方ないな。代わりに……なにかあったかな」


 彼女はそう言って立ち上がると、高さ二メートルくらい有る長方形の棚の前に立つと、開戸を開ける。するとボタボタボタと何らかの荷物が落ちてきた。

 彼女は落ちた物を見て何か思案していたが、結局落ちた物すべてを棚に詰め込むと、力を入れて戸を閉めた。


 彼女は俺の対面に戻ると着席し、一仕事終えたような顔で小さく息をついた。

「さて、君の事を聞こうか」

 確かに俺はそのためにここに来たのではある。だが、


「いや、まず部屋を片付けようか」

 いろいろ気になってそれどころじゃない。おい、嫌そうな顔をするな。


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