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「メルちゃんは山岳での戦闘ってしたことある?」
朝食を食べようと口を開いたときに、声をかけられる。哨戒のため少し離れていた彼女は、弓をしまいながら隣に腰を下ろした。
「ああ、お帰りなさい。僕は斜面とか山岳での戦闘はあまりしたことがないですね」
彼女はいつも料理担当のユーフェミアさんから朝食を貰うと、ありがとうと言って料理に口をつけた。
「おふぃ……ホントかよ?」
返事をしたのはユーフェミアではなく、今日も大盛りフレデリカであった。彼女は口に料理を含みながら、続きを話す。
「まあメルなら大丈夫か。あたいらみたいな接近は傾斜じゃ戦いづれえの、ある程度平坦な場所に移って戦うのさ」
「相手は飛んでるからね、こちらの状況なんてお構いなしよ」
「ただでさえ登りで疲れてるっつーのに足場が悪いとなっちゃ戦ってらんねーわ」
戦闘の段取りと食事を終えると、皆でテントを片付けその場を後にする。
傾斜がきつくなってきたのは、歩き始めて一時間ぐらいした頃だった。
「頂上へ行きてぇ訳じゃねーんだがな……」
彼女達紅のバラの目的は、ワイバーンである。確かに頂上付近によく出現するが、別に今居る地点だって出現するし、希にであるが野営をした渓流付近だって出現することもある。
「なんだか不思議ですわね。会いたいときに会えず、会いたくないときに会うような気がしますわ」
物欲センサーなんて物があるのであれば、それは今まさに発動しているだろう。心理学とか確率とか勉強してれば、物欲センサーなんて鼻で笑ってしまうんだろうが。
と、俺の索敵魔法になにかが引っかかる。それから数十秒程してイオさんとクローデットさんが何かを察知した。
「何か来る……」
イオさんのつぶやきにフレデリカとユーフェミアは武器を手に取る。そして比較的足場のある場所へ移ると、あたりを警戒する。
現れたのは数体のハーピィだった。それほど驚異でもないと話しながら一匹を狩ったところで、俺はあることに気がついた。
「あの、あっちに飛んでるのってワイバーンではありませんか?」
「マジじゃねーか。ってハーピィ狩ってる時に出てくるとか、空気読めよ!」
「あちらは気がついていないようですわ。どうされます?」
とユーフェミアはクローデットに判断を仰ぐ。
「威嚇しましょ。メルちゃんも居るしなんとかなるわ。メルちゃん、ハーピィをお願い!」
その言葉を聞くのと同時に俺は弓矢を放つ。風の魔法を受けた矢は一直線にハーピィを貫いた。残りは三匹。
「こっちは一人で十分なので、皆はワイバーンに集中してください」
すぐに矢を継ぎ、風の魔法を付与する。そしてハーピィの脇腹を打ち抜いた。残りは二匹。
彼女達は場所を少し移動するようだった。確かにこの場所は狭い。少し下った先にある岩場に行くと、ユーフェミアは魔法を、クローデットは弓で攻撃する。
ワイバーンはこちらを無視してそのまま飛んでいく可能性もあったが、どうやらしないらしい。進路を変え、彼女達に向って降下してきた。
「さて、こっちも片付けないと」
番えた矢から手を離し、勢いよく飛んでいく矢を見つめる。こちらに飛んでくる2匹のうち先行していた一匹を足から胴にかけてを突き抜け、そのまま彼方へ飛んでいった。残りは一匹。
最後の一匹は俺が弓をつがえ終わるときには目の前に来ていた。慌てることなく弓を放つと、最後の一匹は俺の真横に墜落した。
横に墜落したハーピィは、どうやらまだ息があるらしい。俺は杖を取り出すと魔法でしっかり息の根を止める。
ワイバーンの方は現在戦闘中のようだ。
クローデットとユーフェミアが遠距離でじわじわと体力を減少させ、降下しながら攻撃するはフレデリカが受け止め、イオが攻撃する。再び浮かび上がるとクローデットとユーフェミアが攻撃する。なんともバランスのとれたパーティだ。
とりあえず彼女達に近づこうと、傾斜を滑るように下る。
ワイバーンはこのままではまずいと思ったのだろうか、陸地近くで何度も大きく羽ばたき風を起こす。すると辺りの砂塵が舞い上がり、辺りを灰色に染めた。
被害を一番被ったのはフレデリカだった。近くに居た彼女はもろに砂埃を浴びて、目に砂が入ったようだった。
彼女は己の武器で頭をガードするも、ワイバーンは攻撃しなかった。今度はワイバーンは浮かび上がり山の上へ上るとそこで風をおこす。
クローデットの矢が当たるも、ワイバーンは意も返さずなお風を起こす。すると今度はガラガラと小さな岩達が斜面を転がってきた。続いてワイバーンは近くにあった大岩を尻尾で蹴飛ばすと、大岩も一緒に斜面を転がる。
斜面で加速していく岩達はまるでパチンコだった。壁や岩に当たるたびに向きを変え、さらには岩が何かに衝突する度、衝突した岩が動き出す。彼女達に転がる岩が増え、もはや小さな土砂崩れだ。
「ワイバーンはコレが目的だったか……」
小さな土砂崩れというのだろうか。
クローデットはすぐさま杖を引き抜き魔法を唱える。イオがクローデットの後ろに来ると、魔法は発動した。
土の壁。転がる岩を避けるためだろう。
またユーフェミアはフレデリカを守るため彼女の元へ走って行くも、それは間に合わなかった。転がる岩に追いつかれ、フレデリカと分断される。彼女は仕方なくフレデリカの前に光の盾を作り出すと、自身の前にも作ろうと詠唱する。しかし小さな石が彼女の顔と手に当たり、詠唱が途絶える。
「ユーちゃん!?」
クローデットの悲痛な声が辺りに響く。浮かび上がっていたワイバーンはチャンスだと思ったのだろう。初めフレデリカを狙って降下していたが、クローデットの方に向きを変えた。
ユーフェミアは必死の形相で光の矢を放つもそれはワイバーンにとっては何ら意味はなかった。もしコレが対人戦だったら、効果はあっただろう。無詠唱という高速発動のため威力は弱いものの、それなりのダメージはあるし、けん制にもなる。しかし相手はワイバーンだ。そんな威力の光の矢なんて、避けるまでもなかった。
ユーフェミアは杖で顔を守り目をつむる。それと同時に俺の構築した魔法は発動した。
轟音。
ワイバーンは目の前に突如現れた氷壁に阻まれた。魔力を過多に含んだその氷壁はワイバーンの爪をもろともしておらず、傷一つ無い。そして彼女に向って転がってきた岩石は、もう一つの氷壁によって弾かれた。
「ほぇ」
音を聞いたユーフェミアは自分が無事なのが信じられない様子だった。間の抜けた声が口から漏れ、トロンとした表情で、それも口を半開きにし、透明な氷壁に阻まれるワイバーンを見ていた。
俺はすぐにユーフェミアさんの前に立つと氷壁を消し、今度は鋭い氷塊をワイバーンに飛ばした。ワイバーンはすぐ浮かび上がろうとしたが、こちらの氷塊の方が早かった。
『gyayaaaaaaaa』
片翼をもがれたワイバーンはバランスを崩し、落下。そして斜面を転がる。ちょうど転がる先に居たフレデリカさんが、ワイバーンの首を落とし勝敗は決した。
「大丈夫ですか?」
俺がユーフェミアさんに声をかけると、彼女はハッと驚き俺を見る。そしてゆっくりはにかんだ笑みを浮かべると、
「ありがとう、メル君」
そう言って俺の体を引っぱった。
ふにょん、とこの世の物とは思えない柔らかで暖かなのものに包まれ、思わず体が硬直する。
どうやら彼女に抱きしめられているらしい。身長差もあって、目の前はちょうど胸。
「メル君は本当に頼りになりますね」
と頭をなでられる。
俺はもうオッサンなんだが。まあ、悪い気はしないから別にいいか。と彼女の背中と腰に腕を回した。
彼女の腰に手を回しながら、自分はまごうことなくエロフであることを実感した。




