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『紅のバラ』はどちらかと言えば近距離主体の冒険者パーティである。戦士職であるフレデリカや盗賊職であるイオは遠距離攻撃は出来ないし、回復役であるユーフェミアさんは、もしもの為に魔力を節約しなければならない。そのため飛行するモンスターと遭遇した場合、クローデットさんの負担は大きくなる。
彼女達が俺を呼んだのはそれが理由だろう。ヴィアレス渓谷はともかく、ヴィアレス山には飛行するモンスターは多い。鳥類モンスターにハーピィ、運が悪いとワイバーンのような飛蛇竜種すら現れることがある。今回の目的はそれだが。
「メルちゃん、右側お願い!」
クローデットさんに言われ、右側のハーピィ達2匹を視界に入れる。
ハーピィらは頭や足の股辺りまでは人間の体では有るが、手の部分は羽になっており、また足は鷹のような鳥の足で、鋭利な爪が付いている。その羽で羽ばたくことで浮力を得、空からこちらを見下ろしてくる。そして隙を見て急降下し、その鋭利な爪でこちらを切り裂こうとしていた。
矢に氷魔法を付与し弓につがえ、引き絞る。こっちに向って急降下してきたところを狙って、矢を放った。
当たったのは下腹の辺りだった。そこは命中した瞬間に矢から冷気が発生し、矢の周りが凍り付く。その氷の影響でか、ハーピィはバランスを崩しそのまま陸に落ちてしまった。あの落ち方では間違いなく倒すことが出来ただろう。
すぐに矢をつがえもう一射。今度は羽に当たり、こちらもすぐに陸へ落ちてきた。
「素晴らしい腕です。クローデットが信頼するのも納得ですわ」
俺は柔らかな笑みを浮かべるユーフェミアさんにテレながらも、言葉を返す。
「でも弓の腕はクローデットさんに敵いませんよ」
魔法付与なしの純粋な弓の腕だったら確実にそうだ。現にクローデットさんは俺が2匹射落とすうちに、彼女は3匹射落としている。
「それだけの腕が有れば十分でしょう? それに魔法の方が得意なのだとか」
「そうですね、魔力節約のために普段はあまり使いませんけど……」
実際は違う理由があって使用を控えているのだが。まあ、行き先を考えるに、このパーティメンバーならば多用しなくても大丈夫だろう。もしもの時以外は使う気はない。
「回収してきたぞ、ちょい進んだら飯にしようぜ」
フレデリカの言うことに頷く。この辺りには鼻のきくオオカミ型の魔獣が出現するし、血の臭いが残ったここに居続けるのは危険なのだろう。
狩った場所から少し進んで野営の準備をする。彼女達はしっかりとしたテントをはっていたが、自分はタープ(日差し・雨を防ぐための広い布)を簡単に張るだけにとどめた。
「メルちゃんはいつもタープね」
いつの間にかこちらに来ていたクローデットさんにそういわれ、振り返る。隣にはフレデリカさんもいた。
「何かあってもすぐに対応出来ますから」
それに布の折り方と張り方次第で様々な形に変更できるので、とても汎用性がある。なにより出入り口を広くしておけば、何かあったときにすぐに動き出すことが出来る。魔物が現れた時に、テントを出るのに手こずっていたらそこを狙われる可能性があるし。まあ今回みたいに人数が居て見張りをローテーションするなら、さほど気にしなくて良いことなのかもしれない。
フレデリカは俺がはったタープを見ながら頷いた。
「ソロだったらすぐ動けるって重要だよな。あたいも昔タープ使ってたけど、パーティ組んでからはリビング作る程度にしか使ってねえな」
人数が居れば見張りもいるだろうし、普通のテントで良いだろう。
「人数が居ればこういうのではなく、風やら虫なんかも防げるテントで良いじゃないですか。ソロはいつでも対応出来ないといけないので必然的にこうなると思いますが」
「だよなあ。テントなんかなくてもいい、っつうソロのオッサンと話したことあっけど、ソロじゃなかったらテント用意するらしいぜ」
俺たちがテント談議をしていると「みなさん、できましたよ」とユーフェミアさんに呼ばれる。
聞くところによると、紅のバラの食事当番はユーフェミアさん固定らしい。どうしてですか、と聞こうとしたら、フレデリカに笑顔で肩を叩かれた。
藪はつつかなくていい。
食事はパンに干し肉、そして先ほど作ったのであろうポトフだ。肉はやたらめったら堅いだろうと覚悟していたが、どうやら水で少し戻してくれたらしく、堅い程度で済んでいた。
「ポトフ美味しいです」
俺がそういうと、ユーフェミアさんはにこりと笑い、おかわりもありますよと言ってくれた。しかし破竹の勢いで料理を食らうフレデリカさんを見るに、もう一杯食べる分が残るのかは疑問だ。
と、俺の視線に気がついたのか、ユーフェミアさんは無言でフレデリカさんを見つめた。しかし彼女はその視線に屈することがなかった、いや気がついてすらいなかったのかもしれないが。
フレデリカさんには悪いけれど、もう一杯いただこう。
夕食後は部屋に戻ってゆっくり趣味に……としたいところではあるが、それは我慢せざるを得ない。もし、体を休めるべきである時間帯に、それも魔物が出る渓谷で読書をしていたらなんと思われるだろうか。それも暗いからと魔法で灯りをつけて。魔力の無駄遣いに、徹夜で趣味。
確実に白い目で見られるだろう。
とはいえ彼女達がいなければ、していたかもしれないが。
「魔物、来ると思いますか?」
「安物ではありますが香は焚いています。運が悪くなければ大丈夫ではないでしょうか」
「仮に出たとしても、この辺じゃそんな強えのも出ないだろ、あたいに任せとけ」
そう言って彼女は自分の胸を叩く。
フレデリカさんはとても頼りになる女性だが、いかんせん目のやりどころに困る。なぜ彼女はこんな露出の高い服を着ているのか。
いっそのこと、聞いてみるのはどうだろうか? フレデリカさんの性格ならすぱっと教えてくれるかもしれない。
「話は変わるんですけど、フレデリカさんにずっと気になってたことを聞いても良いですか?」
「あん、いいぜ」
「その、どうしてそんな露出の高い装備なのでしょうか? それ肌に直接攻撃されたら防げないような」
そういうとユーフェミアさんは苦笑する。対照的にフレデリカさんは、ああ、と何ら気にした様子もなく教えてくれた。
「あん? このエロ防具か? そうだな、サトー・シンシって知ってるか?」
「ええっと、わかりません」
「そういや最近里からでたっつてたもんな。サトー・シンシっつうのは転生者で、魔具の制作に長けた人族だったらしい。ソイツが古代の遺跡から出たエロ装備に感銘を受けて、研究を始めた。んで作り上げたのがシンシ装備」
「シンシ装備は……そのですね、見た目のぉ……ええ、奇抜さと言えばいいのでしょうか。奇抜さとなぜか高い防御能力が有名なんですよ。高級住宅街に家を建てられるほど高価な物も存在するそうですし、私はその高価な装備を見たことがありますわ」
「あたいのも結構値が張るんだぜ? それであまり認めたくはないが、そこら辺のやすい剣じゃあたいの肌に傷一つつけられないぐらいに防御力がある」
「そんなに効果があるんですか!?」
「ああ、実際に何度も命を助けられたよ。まあ見た目がアレだし値段は高騰しているしで、冒険者で装備しているのも珍しいんだがな」
そんなに防御力が高ければそりゃ見た目に目をつむってでも装備するんだろうな。てか、
「上から何か羽織れば良いのではないですか?」
「普段はそれでいいんだけどよ、戦ってる最中はダメだ。このシンシ装備は上に何か羽織ったりすると、防御力が大幅に低くなるらしいんだ」
なんだそれは。
「メル君の言いたいことは分かるわ。でも本当なの。シンシ装備の研究は続けられているらしいのだけれど、原因は未だに分かっていないみたいで……。多少劣化した装備の再現には成功したそうですが、どうしてこんな作り方をして、どうしてこんなに防御力があるのか、なにより肌を隠すと防御力が低下する理由が分からない、とのことです」
すごく気になる。作者はサトー・シンシか。あとで書庫をあさってみよう。
「実はなシンシ装備は女性冒険者垂涎の的なんだぜ? 金も実力もあると見なされ一目置かれるんだ」
へぇ、と思わず声が出る。堂々と着ることは周りに自身を誇示するにも使えそうだ。
「ちなみにだが有名な逸話があってだな……実はこの露出度の高いエロ防具を作り上げたサトーは、普通の装備も作っていたらしいぜ」
「え、そうなんですか?」
「ただな、その装備がエロ装備よりも強かったんだ。そんでこのエロ防具が廃れる事を恐れたと。んで、その普通の装備の作成方法を闇に葬った」
馬鹿なのか天才なのか分からないヤツだ。女性にとってはいろんな意味で天災だったのだろうな。もちろん俺は天才だと思う。ただ、確実に言えることは。
「その人はたいそうな変態だったんですね」
もしここが地球だったらノーベル賞を与えてもいいぐらいだろう。もちろんイグがついている方だが。




