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初めて人間の町に来たのではあるが、五日もそこで過ごせばだんだんと慣れてくるものだ。人間とエルフと言っても食べられるものは変わらないし、仕事だってほぼ同じことが出来る。大きな変化と言ったらベッドが変わったぐらいで、初めてエルフの里に行ったときの方が大変だった。大変さだけは。しかしつらいこともある。
「ヴァイオリンが弾きたい」
なによりもつらいことは楽器を自由に演奏出来ないことだ。
ヴァイオリンという物は高価な楽器であるらしい。所持している事がばれれば、あの低ランク冒険者ヴァイオリン持っているらしいぜ。と変なのに狙われる可能性がある。まあそれより何より騒音による近所迷惑だ。そこまで厚い壁ではないから、かなり音は響くだろう。
ただ今は一刻を争う程だ。まるでたばことか薬物のように、引いていないことで禁断症状が現れるようになった。気がつけば無意識のうちに、多次元収納袋からヴァイオリンを取り出して頬ずりしてしまうくらいだ。あまりに耐えきれず3日程前に森の奥で一人演奏をしたことがあったが、それじゃあ全然足りない。出来ることなら毎日弾きたい。
「なにか良い方法ってないですか?」
「そう言われても分からないわね。まあメルちゃんだったら堂々と弾いて良いんじゃない? 変なのを追い払う力はあるし」
クローデットさんは俺にそう言った。まあ彼女は世間的にも有名なBクラス冒険者『紅のバラ』所属のエルフであるから、ネームバリューだけで多少の有象無象は払えるであろう。でも俺Fクラス。ザコとしか見られない。
「何回変なのを追い払えば良いんですか? 無限に沸いて出てきそうですよ?」
「Bクラスになっても私達を狙う冒険者だっているのよ? どうせ狙われるのだから大なり小なりなんて気にしなくていいじゃない」
まあ『紅のバラ』は美人ばかりだから、いろんな意味で狙う人も多いのだろう。
「それにあなたもうすでにとても目立ってるし」
「そうですか?」
「ただでさえ珍しいエルフの子供なのに、ギルドの受付嬢にメルちゃんって呼ばれて可愛がられてるじゃない。聞いた? 弟にしたい冒険者ナンバー1よ?」
俺、子供って言う年じゃないんですが。それにギルドの受付嬢にちゃん付けでよばれるのは、
「それ半分クローデットさんのせいじゃないですか? クローデットさんがちゃん付けで呼ぶから。そのせいで僕40にもなって、年下からちゃん付けで呼ばれるんですよ?」
「そう言ってるけど、メルちゃんちょっと嬉しいでしょ? 顔に出てるわ。実は優越感とか多幸感とか感じてるんでしょ?」
否定はしない。
「……まったく何ですか弟にしたい冒険者って」
「冒険者ギルド受付嬢の飲み会で、一番の有望株の話しで君の名前が出たらしいの。でもねメルちゃんは弟だ、弟にしたいっていう話しをする受付嬢がいたらしくてね。その後満場一致で弟になったそうよ」
「有望株の話どこ行ったんでしょうか」
「結局将来有望で弟にしたい冒険者ということじゃないの?」
「じゃあなんで『ちゃん』呼ばわりなんですか? いやまあエルフの里に居たことから疑問だったんですけど……」
君でいいんじゃないかなぁ?
「うーん。それは私も分からないわ。私が会った時はすでに『メルちゃん』だったし。でも『ちゃん』って呼んでると、なんとなくああ、確かにメルは君じゃなくてちゃんだなって思うのよ」
ちょっと俺には理解できません。
「……まあもう慣れてるので別に良いんですけどね」
「まあ良いじゃない。それよりも前の話考えてえてくれた?」
あの話しとは、多分数日臨時パーティメンバーとして働いて欲しいというヤツだろう。今後他の冒険者と一緒に行動する可能性はあるわけで、その基本を彼女らに教えてもらえるなら願ってもないチャンスである。
「僕としては構いませんよ。でも他の紅のバラメンバーがいやがるんじゃないんですか?」
「いやそれがね、満場一致で良いになってるのよ。実力も身元も私が保証できるし。何より人間族の男を一番敬遠してるのは私で、後のメンバーは私程じゃないから」
なるほど、一番男嫌いの彼女が認めているなら、まあ大丈夫だろうという判断か。
「ふうん、分かりました。ではお受けします」
「メルちゃんにそう返事して貰って嬉しいわ。じゃあ3日後。食事は私たちが持つわ。報酬はどう分ける?」
「うーん。そこまで求めてないんですよね。最低賃金として1日銀貨1枚で。後は紅のバラで僕の働きを見て決めてください」
クローデットさんははっはっはと笑う。
「メルちゃんクラスの実力者雇ったら、一日金貨一枚でもすまないわ。まあ私たちが配分を調整すれば良いのか」
「ええ、そこは任せます。そもそもパーティー単位で動くのは初めてだから、足を引っぱるかもしれないし」
「冒険者としては初めて、でしょ? 狩人とあまり変わらないわよ」
「そうなんですか?」
「そうなの。じゃあ3日後よろしくね!」
立ち去ろうとする彼女ではあるが、何かを思い出したのかドアの前で立ち止まる。
「あ、そうだ」
「どうかしたんですか?」
「ギルドの受付嬢見てる彼がいるじゃない? メルちゃんが受付嬢に可愛がられてる所を、すごい目で見ていたって話しよ。気をつけてね」
「ははっ、彼には一生近づかないようにします」
誰かあのストーカーを牢にぶち込んでください。
「気をつけなよ!」
「メルお兄ちゃん、行ってらっしゃい!」
メリーもずいぶんと俺になついた。いや最初からなついていたといっても過言ではないが。
「いってくるね」
挨拶をして宿を出る。
待ち合わせの場所には紅のバラメンバーがすでに到着していた。アイテムボックスを所持しているのだろう。彼らは何日もかかる依頼だというのに、不自然なくらい軽装備だ。人のことが言えないが。
「お待たせしました」
「気にすんな、あたいらもさっき来たばっかだしな」
ビキニアーマーを着た女性はそういうとにっこり笑う。赤い短髪で、つつましぎみな胸に、鍛え上げられた腹筋。どこぞのアスリート選手みたいだ。
「ええ、むしろ少し早いぐらいですよ」
と神官服の女性。なんとなく行動も会話もおっとりしている彼女は、思わず凝視するたわわな膨らみをお持ちだ。
「ええと、うちらは君の事なんて呼べば良いのかな? メルちゃんでいいの?」
シーフの少女がそう問いかける。彼女はメンバーの中で一番小柄であり、一番やせている。
「ええと、何でも良いですよ。メル君でもメルの呼び捨てでも」
出来ればちゃんじゃないのが良いです。
「あたいは呼び捨てにさせて貰うよ、そんであたいのことはフレデリカと呼んでくれ、もちろん呼び捨てで構わないさ」
「わたくしユーフェミアと申します。よろしくお願いいたします、メル君」
「うちはイオ。こんな見た目だからアレだけど一応25歳でこの二人よりは年上」
シーフの少女は中学生にしか見えないけれど、25歳らしい。若く見られるってなんだか親近感がわく。
「僕も年齢が低く見られるんですよ、もう40になるのに」
と僕が言うと一人を除いた彼女達は一様に驚いた。どうやらイオよりかは年下だと思われていたらしい。あなたたちのメンバーに居る、アラエイティ見れば察せるだろうに。
「挨拶もおわったし、行きましょ? まずはヴィアレスの渓谷ね」
クローデットさんがそういうとメンバーはうなずき、北門へむかう。なんら問題は起こることはなく門は通過できた。




