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初仕事を終えた翌日、初めて貰った報酬で買う物は決めていた。この町に来る前に会った彼らのせいで決めていた。無論頑張った自分へのご褒美、ではない。
「すみません、このあたりでお手頃な価格の服屋を知りませんか?」
マドレーヌさんはカウンターから顔を覗かせて俺の全身を見る。
今日は緑色の半袖短パン、そして上に特注のローブを羽織っている。多分彼女から見れば、エルフ少年にしか見えないだろう。
「それは戦闘用かい? それとも普段着かい?」
「どちらも、と言いたいところですが、手持ちを考えて普段着だけにしておきます」
「そうかい、なら商店街の東側にある店がオススメさね」
マドレーヌさんから場所を詳しく聞くと、俺は気合いを入れながら宿を出る。
天気は快晴。大人ファッションデビューにはもってこいだ。
紹介された服屋はなかずの羊亭から10分もしない近所だった。左右には何らかの商店が建ち並んでおり、目立つか目立たないかで言えば目立たないであろう。
俺は木の扉に手をかけ、ゆっくりと押し込む。
「いらっしゃいませ」
中に居たのは五十代くらいの女性と、十代後半くらいの男性だった。そして男性は俺を見ると『あっ』と声を上げた。
「あのときのエルフっ!」
「あれ、お久しぶりですね」
以前助けた冒険者の一人がそこに居た。
「あら、エルフさん!」
と奥からこれまた見覚えのある女性が現れる。彼を介抱していた女性だ。彼女はいくつかの服を手に持ち、こちらに近づいてきた。
「以前はありがとうございます!」
「気にしなくて構いませんよ」
「今日は何をしにここへ来たの…………って、服屋に来るなら目的は一つよね」
その通り、買い物である。
「ええ、普段着をちょっと」
「そうですか……もし良ければ以前助けていただいたお礼に、服の代金を私たちが持ちますよ!」
「おお、良い考えだ!」
とすぐに彼も同意する。
「いえ、本当に不要ですから、お気になさらず」
むしろ早くこの場から去って欲しい。これから僕は高校大学デビューのような絶大な変身を遂げるのだ。それを見られるのはいやなのだ。大人として見られたいが為に、大人っぽい服を買う子供なんて、痛々しい以外の何者でもないだろう。
「そんなこといわずに」
俺の台詞だはよかえれ。俺は早く生まれ変わたいのだ。
「いえいえ……本当に気にしないで」
「そういえばさっき可愛らしい服みつけたんですよぉ、これなんてどうですか?」
話しが急に変わった。俺を無視しないでほしいが、まあいい。彼女が紹介してくれた商品を見ようじゃないか。もしかしたら良い服かもしれない。
「確かに質の良い布に、綺麗なクリーム色ですね。伸縮性もあるし、少し身長が伸びても使えそう。なにより可愛いのがこのプリーツスカート、可憐で……ってこれ女性ものじゃないですか! 僕は男です!」
「ご、ごめんなさい!」
こいつは何を考えて俺にスカートを差し出したんだろうか。
「たしかに、似合いそうだねぇ。ふぇふぇふぇ」
店主は加齢で目が腐りかけのようだ。神殿で回復魔法唱えて貰ってください。
「コクッ」
おい、ツレの男性は何で同性を見てツバを飲み込むんだい? 何で頬を赤くしているんだい?
「でも、絶対似合うと思うんです、ほんと少しだけで構いません! 一生のお願いです!」
質問ですが、なんで男性エルフに可愛らしいワンピースを着せるが為に、一生のお願いをするんですか? ギャルのパンティ貰ったエロ豚並に低レベルなお願いだ。
「服の代金は、私が持ちますから、さ、着替えはこっちです!」
「いや、ちょっとまて、着ないから、ってなんで君も更衣室に入ってくるの!? ねえ、や、やめ、やめろぉう!」
なんだこの女、やけに力が強いぞ。ちょ、服が破れるっ!
「私に任せて、体をあずけて。大丈夫、痛くないから。優しくしてあげる」
くすんでいるとは言え鏡は鏡だ。映し出す者は真実で、現実で、美少女で、見れば見る程一線を越えてしまった事を痛感する。
「悔しいけれど、私より可愛いわ。自信を持って」
「そ、その。にあってるぜ」
「モテモテじゃろうな」
なぜ俺は大人っぽく見える服を買いに来たのに、女性服を着ているのだろうか。理由は分からない。ただ事実として、目の前に映るこのエルフは、異様に可愛らしい。告白したいくらいだ。
ただ信じられないことにコレは俺なのだ。
「もう、いいでしょ、二人とも早く帰ってください……」
俺は着ている服の代金を払うと言って聞かない彼女達を追い払うと、すぐに着替えて大人っぽい服を探す。
自分に言い聞かせよう、僕はのら犬に噛まれただけなのだ。そんな小さな不運をすぐに忘れるんだ。
目の前には色とりどりの服があるんだ。さあ今度こそ探している、シックで大人な服を着て彼らを見返すんだ。
となれば。やはり色は明るい色ではなく、あまり目立たない灰色や黒、そして白にちかい色が良いだろう。そして半ズボンではなく長ズボンで、仕立ての良い黒スーツのようなズボンなんかがあれば最高だ。
「よし、着替えてこよう」
すぐにそれらを試着し、くすんだ鏡に自分の姿を写す。
「……」
「…………プゥッっふぇっっふぇっふぇふぇ」
容赦なく笑うクソ店主を横目に、俺はもう一度いくつか服を手に取り、試薬室へ行く。
「……」
「……ふぇっっふぇっふぇえっグッゲホォゲホォ」
笑いすぎて咳き込み始めた店主を無視してもう一度試着室へ行く。
「……」
「ひぃ……ひぃ……ひぃ……ププゥふぇっっふぇっゲフォごばぁぁっ」
「……はなから無理な話だったんだ。どうやら自分には着こなす才能が究極的に欠如しているらしい」
俺は服に手玉を取られている。ぴったしのサイズがないことも影響しているだろうが、うまく着こなせていない。これじゃただの背伸びした子供だ。むしろ子供っぽさが際立ってしまってすらいる。
そのときだった。ギイィ、と古びたドアから音がして、見覚えのある二人の顔が見えたのは。
「おばちゃん、忘れ物取りに来た! あっ」
「あっ」
思わず言葉を失う。店主は彼らと俺を見ながら、腹を押さえて地べたを転げ回っている。抱腹絶倒とはこういうことを言うのだろう。
さて、俺を見たまま制止している男性は、見てはいけない物を見たような表情をしていた。ただ女性はそれと対照的で、素晴らしいものを見たかのように目をきらきらさせている。
「はっきり言って良いです」
覚悟は決めた。何を言われても受け入れよう。彼らが口にすることが的を射るであろうことは自分でも分かる。
その、なんだ……と男性は前置きし、気まずそうに口を開いた。
「あれだな、子供が背伸びして大人の服を着たようにしか見えねえ」
「それはいろんな意味で可愛いけど、さっき着てた女性服のほうが似合ってるわよ!」
結局大人っぽく見える服を買うことはなかった。
残ったのは押しつけられた女性物の服と、折れた心だけだった。




