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夢幻の書庫  作者: 入栖
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 薬草採取は自分にとってある意味もっとも適している依頼だと思う。この森の近くならばだいたいの地理は頭に入っているし、群生地も頭に入っている。

 いくつかの候補から選んだ場所は、町から一番近い群生地にした。まだ新芽だった薬草ではあったが、魔法を使い無理矢理成長させれば問題はない。遺伝子組み換えしているわけではないし、多分安全だ。育った薬草を取り過ぎないように摘んでいく。


 仕事は終わった。伸びた薬草で覆われた大地に腰を着け木に寄りかかる。そして目の前の空間を右手で切り裂くと、開いた深淵に迷い無く手を突っ込んだ。そしてあとで読もうと思って用意していた魔法書を取りだすと、木に寄りかかって読み始める。


 時折魔法を発動させながら本を読み進めていると、ふいに誰かの気配を感じた。とはいえ、めくる手を止めることはないが。近づく者が危険な動物でも、魔物でもないことは分かっていた。楽観視しすぎだろうか。

 俺が三ページめくる頃に、彼らは現れた。

「エルフの……子供?」


 そう言われて彼らに視線を向ける。一人は十五才くらいの男性で、左手に短めの剣を持っていた。もう一人は彼と同年代の女性で、杖を手に持っている。見た目と雰囲気から判断すれば、駆け出し冒険者だろうか。


 顔を見るに、彼らはあっけにとられているようだ。でもまあその気持ちも少し分かる。

 モンスターも出没する森で、たった一人の子供エルフが日陰で読書をしている。それは異様な光景だろう。

 どうするか迷ったが小さく礼をして、すぐに本に視線を戻した。

 時間が止まったかのように呆然とメルを見ていた二人組であったが、女性の方は何かに気がついて、あっ、っと声を上げた。


「ねえ、ちょっと、あのエルフの足下見てよ!」

「って、薬草じゃねぇか」

 二人がそんなことを話しているのを聞いて、自分が薬草を尻に敷いていることを思い出した。そういえば敷いていたな。

 仕方ないなと立ち上がると、本を袋にしまうふりをし書庫に入れる。そしてその場所からのいた。

 二人は顔を見合わせるも、すぐに薬草の元へ来る。

「……貰っても良いのか?」


 男の子はそう聞くと、メルは頷く。女性は俺が座っていた部分の葉を摘みながら「これ、つぶれてるけど大丈夫かしら」と呟いていた。また顔を近づけて、臭いもかいでいる。臭くないよね? なんだか少し恥ずかしい。


 少しの間二人の見ていたが、やがて飽きて読書を再会する。彼らの採集が終わったのは十五分ほどしてからだった。少女は改めて礼を言う。


「本当に良いのかな?」

「構いません、自分の分は取ったので」

「ありがと、エルフ君。私たちはこのまま帰るけれど、君はどうする?」

「……どうする? とはどういうことでしょうか?」

 首をかしげると、今度は男の子が口を開いた。

「一緒に行くか? って話だ。ここらへんにオークが出没したって話がでてんだよ」


 彼はメルの全身を値踏みするように見つめる。

 そして彼の目線を追ってああ、納得した。

 そういえば武器をナイフぐらいしか装着していない。弓は多次元収納袋にしまっているし、杖もいっしょにいれていた。


 ほぼ丸腰。彼らから見ればそうなのだろう。

「いえ、大丈夫ですよ。気にせず先に戻ってください。僕はもう少しゆっくりしてから町に戻ります」

 少年はもう一度行かないかと尋ねてきたが、メルは再度断る。二人は後ろ髪を引かれながらも、ここから去って行った。

「心優しい子達だね」

 二人がいなくなるのを確認し、魔法を唱える。先ほど少年達が切り取った薬草の周りから新たに芽が萌え、そして先以上に青々と茂った。


 メルはその草に腰を下ろすと読書を続ける。

 それから一時間ぐらいした頃、一匹のモンスターが側に近寄ってきた。

 無論すぐにその気配に気がついた。そいつの魔力の高さはそれほどでもない。一時間前に出会った少女よりも少ないだろう。ただ人間にはない筋力を持つが故に、人間達から恐れられているモンスターだ。

「ググブゥガガ……」


 巨漢の豚と例えるのが良いだろうか。豚の顔とジャガイモを合わせたような顔で、美しいと感じる人はまず居ないだろう。見た目だけで言えば、エルフである自分と正反対と言って良い。体はプロレスラーよりも太く、力士よりは少しやせている、といったところだろうか。

 その巨漢の豚であるオークは、良い餌を見つけたと石をくくりつけた槍らしきものを構える。しかし俺は目線をオークに合わせようともせず、ただひたすら持っていた本の文字を追い、ページをめくるだけだ。全く問題ない。


 その行動がオークの癪に障ったのか、オークはよく分からない叫び声を上げる。そしてこちらに向かって走りだした。

 体重百キロをゆうに超す巨体のモンスターが、百メートルを六秒台で走ってくる。その迫力は尋常ではなく、成り立て冒険者の中には腰を抜かしてしまう者だっている。俺だってそうだった。

 そんなオークは数人で倒すことができれば冒険者として一人前と認められていた。もっとも、ベテラン冒険者からすれば、このバケモノみたいなオークでさえ遅すぎると感じてしまうだろう。

「面倒だな」

 目線を本に向けたまま、近づいてくるオークに向かって手をかざす。そして魔方陣を具現化させ、魔法を発動させた。人の顔以上ある氷塊が生み出されると、勢いよくオークへ飛んでいった。

 オークは氷塊が生まれた瞬間までは、あんなもん適当に対処してやると息巻いていたのだろう。余裕の笑みを崩さなかった。しかし、気がつけば氷塊はなくなっていた。どこへ行ったのだ? と軽く首を動かし見渡すも、氷塊は見つからないようだった。


 むろんオークが前方を探したところで、氷塊が見つかるはずもない。

 オークの腹には大きな穴が開いていた。しっかり反対側が見える大きな穴で、人間の腕なんか楽々通せるぐらいの大きさだ。氷塊はすでにオークを貫き消滅している。

 オークは地面に転がり、痛みにもだえる。すぐに風魔法を唱え、首と胴体を分けた。

「魔物を倒す予定じゃなかったんだけどな」


 ため息をつきながら立ち上がると、オークの死骸の元へ寄る。そして心臓の横に付いていた魔石を取ると、水魔法で手を洗う。そして今度は土魔法を唱え横に大きな土の山と、数人が楽に入れそうな穴をあける。


 俺はオークを人差し指と親指でつまんで持ち上げると、と作った穴に落とす。そして頭は足で蹴って穴に落とし土をかぶせた。

 さてこの死体、有効利用できないだろうか。

 ふと思いつき俺はオークを埋めた場所に、先ほど採集した薬草をいくつか植える。そして魔法を唱えると、その薬草が勢いよく根分けしていった。


「いいね」

 目の前では薬草のちいさな花が、身を寄せ合うように咲いていた。



 ギルドは昼時の飲食店や満員電車と同じだ。時間帯さえ間違えなければ、さほど待たずに受付に行くことが出来る。現に中途半端な時間に来た今回は、ギルド内が閑散としていた。フル稼働だった受付のいくつかは人が居ないし、それどころか受付嬢の一人が夢の世界に誘われているではないか。


 未だに受付嬢をじっと見つめる彼の前を通り過ぎ、暇そうに何かを見ている女性のいるカウンターの前に立つ。

「こんにちは。ルルル草を採取したので納品したいのですが」

「ふぁい、ルルル草ですね。あちらに進んでお出しください」


 そう言って彼女はドアに視線を向ける。

「ありがとうございます」


 教えて貰った場所へ行くと、そこには眼鏡をかけた30代くらいの男性がルルル草を束ねていた。後ろにはいくつかの箱が積まれ、ルルル草以外にもラララ草やレレレ草も見える。

「おや、エルフ君か」


 カウンターの前に立ち、収納袋からルルル草を10株取り出す。

「こんにちは、納品したいのですが」

「君もルルル草か。うん、典型的なエルフの仕事だ、文句なしの品質だね。はいこれ」

 そう言って硬貨を取り出すと、テーブルの上に置く。それを袋に入れて、帰ろうとしたときに呼び止められた。


「君、ギルドカードを貸してくれ」

「ギルドカードですか?」

「もちろん、君がしっかり仕事をしたことを記録しなければいけないからね」

 俺はギルドカードを取り出して渡すと、彼はカードを見ながら魔力をカードに送る。すこしして彼はカードを返却してくれた。

「はいお待たせ」


 さて、ギルドカードを受け取ってしまえばもう用はない。そのままギルドを出て宿に向った。


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