13
協力な結界のせいか、獣すらほとんどいない場所を無理矢理直進する。ただ樹魔法によって植物たちはモーセのように道を作ってくれたから、そこまで歩きにくいわけではない。そして数十分程歩いようやく小さな川についた。俺はその川にそって、歩いて行く。
歩きにくさは手入れされていない森よりも、川の方が上かもしれない。森であれば草たちが道を作ってくれるが、ここはたまにぐらぐらと揺れる岩やコケで滑る石が混じっている。なるべくコケの生えていない石を選んで歩いているが、2回滑ってしまった。
川を下ってどれくらい経過しただろうか。木々も伸びた草もほとんど生えていない、ぽっかり空いた空間にたどり着いたのは。ここではまれにエルフの狩人達に出会えるのだが、今日は残念ながら居ないらしい。運が良ければ美味しい鶏肉を提供してもらえるのだが、諦めるしかないだろう。
荷物からロープと布を多次元収納袋から取り出すと、雨もしのげるであろう屋根を作るように固定する。そして適当な敷物を取り出すと地面に敷いた。
多次元袋から用意していた肉と野菜を挟んだパンを取り出すと、適当に置いた荷物に寄りかかる。
今日は天気も良いし、魔物も出ないし、最高のピクニック日和だろう。屋根のおかげで出来た日陰でゆっくりしながら水筒を取り出す。
とても冷えた飲料を飲むことは体に悪いことは知っていたが、それでもなお辞めることは出来ない。魔法で冷えたお茶は、この暑さもあって最高の飲料に早変わりする。気持ちの良さだけなら高級酒と同等以上だろう。
夕飯をかじっていると、辺りから草をかき分ける音がする。だが身構える必要はない。この音は魔物ではない。
「メル君じゃあないか」
呼ぶ男性に小さく手を振る。
現れたのはエルフの狩人達だった。二人の男性に一人の女性。何度も会った事のある人だ。
「あ、メルちゃん。久しぶり」
男性エルフの横から、女性が顔を出す。なぜ里の女性エルフ達は俺をちゃん付けで呼ぶのだろうか。
「お久しぶりです、今日はどうですか?」
そういうと彼らは笑う。今日は大きな豚形魔獣と二匹のウサギ形魔獣を狩ることが出来たらしく、狩りを切り上げたようだ。
「じゃあ帰りは僕もついて行って良いですか?」
「しかたないなあ、良いよ。だから一杯頂戴」
そう言って男性の一人が隣に座る。全員分のお茶を入れているうちに、薄着になった女性と無口な男性もそばに座った。それほど大きな布でないから、無口な男性は半分体が日に当たっている。
「ああ。つめてぇ、最高。むしろ浴びたいぐらいだわ」
そう言って陽気な男性は一気に飲み干す。そしておかわりを要求されたので、適当に注いであげた。幸いお茶はたくさん有る。まあ町に行けば補充できるのだから、この水筒は空になっても良いだろう。
「メルちゃん、私にもちょうだい」
そう言ってコップを出す女性エルフにもお茶を入れる。
彼女達はよっぽど暑かったのだろう。髪の毛が肌に張り付き、玉のような汗が肌に浮かんでいる。薄着と言うことも相成って、以前会ったときよりも色っぽい。とはいえ100歳を超えた人妻にちょっかいを出すわけないが。
無口な彼ものどが渇いていたのだろう。おかわりを注ぐと、羽虫の羽ばたくような弱々しい声でありがとうと聞こえた。
「このまま寝てしまいたいわね」
そういって女性エルフはぐぅっと伸びをする。ちらりと見える脇がまたエロい。本当に100歳超えてるのだろうか。まあ、もうすぐ40になるというのに、少年のような姿をしている俺自身が言える言葉ではない。
「そうですね」
そう言って俺はお茶を口に入れた。
一時間程休憩して、彼らと共に川を下っていく。彼らがまるでボディガードのように守ってくれるため、先よりも移動は楽だった。途中、1匹の豚を狩ってからエルフの里にたどり着いた。
エルフの里は基本的に静かだ。なぜか淡々としている者が多く、一緒にここまで来た狩人の女性や、陽気な男性の方が珍しい。聞くところによると、里を出て旅に出ると、多少陽気になって帰ってくることが多いらしい。
「こんばんは」
見知った門番さんに声をかけると、彼は笑顔で手を振ってくれた。
「おお、メル君か、久しぶりだね」
「お久しぶりです。エマニュエルさんに会いに来ました」
「そうか。通っていいよ」
「ありがとうございます」
里に入ってすぐに狩人達3人と別れる。そして俺は目的地で有るエマニュエルさんの家に向かった。
エマニュエルさんの家は里の中央部にあり、門からは多少歩かなければならない。町に入ってすぐの商店街を抜け、大樹の横を過ぎエマニュエルさんの家にたどり着く。
「あら、メルちゃん」
声をかけてきたのは、エマニュエルさんの奥さんであるマルジョレーヌさんだった。
「こんばんは、以前はローブをありがとうございます、早速使わせて貰ってます」
「もう、何言ってるの。メルちゃんからはそれ以上に貰ってるんだから気にしなくて良いのよ」
そう言ってマルジョレーヌさんは笑い、家に行きましょうと促した。
「エマニュエルさんは家ですか?」
「相変わらず引きこもってるわ」
「そこはやっぱりシルヴィと姉弟だって思いますね。部屋の汚さもそうだ」
そういうとマルジョレーヌさんは笑う。
「ほんとうにそうよ。よくあんな部屋で生活できるわ。でも勝手に片付けると怒るのよね。それで何度ケンカしたか」
「シルヴィもですよ。一晩中愚痴を言ってくるんです。耳にタコができると思いました」
あの姉弟二人で生活していたら、家はどうなるのだろうか。気になるけれど近所迷惑そうだ。臭い的な意味で。
「帰ったわエマニュエル。それとメルちゃんが来たわよ」
マルジョレーヌさんがそういうと、なにかがドサドサと落ちる音が隣の部屋から聞こえ、エマニュエルさんが出てくる。散らばる紙とほこりから察するに、紙束を地面に落としたのだろう。
「よく来た、さあ、研究室へ行こう」
目の下に隈を作ったイケメンは、そう言って俺の手を取り部屋に連れて行こうとする。それはマルジョレーヌさんに阻止された。
「何言ってるの? メルちゃんは歩いて疲れて居るでしょうから、まずはお茶でしょう」