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夢幻の書庫を無理矢理属性として当てはめれば、時空属性で有ることは、俺とヴィオレットさんとシルヴィさんの共通認識だ。
まずあの次元の裂け目は時空を歪ませて、この場所ではないどこかに接続しているのは明白だった。調べるうちにそれはこの世界ではなく、別の世界の異空間である可能性が浮上した。それは俺が取り出した本が明らかに異常だったからだ。それも週刊誌掲載漫画のはずなのに新刊を年単位で待たなければならない、あの有名コミックスの最終刊だ。これを未発売の時にオークションに出せばいくらで売れるのだろうか。いや、金の話はどうでも良い。
そもそも俺が生きていた時でさえ、その漫画は完結していなかった。しかし取り出せてしまったのだ。それだけではないこの世界にあるはずのない雑誌や、楽譜、はたまた、この世界にはない形式の魔法が書かれた書物すら。
「夢幻の書庫はこの世界にとらわれず、数多の世界から本を取り出すことが出来る。その異常を具現化したスキル、そして君の魔力無関係だとは思えない。やはりそうなのだろう」
俺はシルヴィさんの言葉に頷く。
「そしてシン・エルフも、僕の魔力と同じで、神が偶発的に作り替えたのではなく、必然的にそうせざるを得なかったという事ですね」
「だからこそ君の得意属性がそうなってしまった。うむ、一番線がつながる考え方だな」
結構な期間を使い実験と検証をして得た答えが、多分そうだろうという見解。やはり夢幻の書庫にはなぞが多すぎる。そして進化も大きすぎる。
そう言って彼女は見ていた紙をポイッと投げる。机の上を狙ったようだが、とどかずふわふわと横に落ちていく。
「あ、部屋が散らかるのでしっかり拾ってくださいね」
「君は母親や弟みたいなことを言うのだな」
「いえ、普通の方からすれば当たり前の事を言っているだけです」
「まるで私が普通ではないと言っているように聞こえるが?」
もちろん言ってる。どうすればティーポットをあれだけ腐食させられるのかが知りたい。まあ地球にある大手ハンバーガーチェーンの、数ヶ月経過しても形を保ってるハンバーガーも恐怖だ。一体何を使っているんだ。
「私が居なくなったらどうするんですか、片付け出来るんですか? 貰ったティーセットに固形物が入っていたら僕は怒りますよ。まぁたまに帰って来ますけれど」
「大丈夫だ。お前は安心して行ってこい。それにしても」
顔の筋肉を緩ませ、まるで愛する子を見るような、それでいて何かを懐かしむような目でこちらを見る。
「10年以上たったとはいえ、メルはここを自分の家と思ってくれているんだな」
「この世界での自分の家はここですよ。例えどこかの国に家を立てて100年暮らそうと、実家はここです」
そういうと彼女は笑った。
「まったく。それで、そろそろ行くのか?」
「ええ、到着する頃にはヴィオレットも用事が終わるでしょうし。まあ結構な距離があるので、早く着くか遅く着くのか分かりませんけど」
「日付なぞ気にするか? お前もヴィオレットも数年経過しようと息をする間だろうに。私も人のことはあまり言えぬか」
そう言って自嘲気味に笑う。龍もエルフも寿命から考えれば、数年なんてあっという間だ。
「一刻も早くヴィオレットに会いに行きたいんですよ」
「……そうだな。それにしても龍の谷へ行くついでに世界旅行か……なんだか信じられないな」
「世界中の料理とか食べてみたいじゃないですか。それに楽器も欲しいし。ここを出るならついでにですよ」
それに夢幻の書庫という大きな謎を知る人が居るかもしれないしな。
「そうだな。私も新しくヴァイオリンが欲しい」
そう言って、部屋の隅にあるヴァイオリンケースを見つめる。
「そういえば、本当に良いんですか? 1挺貰ってしまって」
「構わない、というより君に貰って欲しいんだ。君なら大切に扱ってくれるだろう事も分かるし」
もちろん大切に扱います。
「そうですね……」
そう言って窓を見つめる。そろそろ時間だろう。
「では行きますね?」
「ああ。やはり初めに行くのはエルフの里か?」
「何度も行ってますし、何より彼が人間族のお金を用意してくださってるはずですから」
「そうか」
そう言って俺が立ち上がり、ローブを羽織る。そしてそのまま家を出ると、ドアの前で彼女に抱きしめられた。
「体に気をつけろよ」
「私の台詞ですよ。徹夜して体を壊さないでくださいね。そしたら僕は戻ってきますよ?」
「わざと体調不良になるのも良いかもしれないな」
「何言ってるんですか」
二人で笑いながら体を離す。
「何かあったら戻ってこい。私も役目が終われば合流する」
「はい、行ってきます」
そして彼女に背を向けると、森の中へ入っていった。