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どうやらヴィオレットさんはかなり料理をお気に召したらしく、かなりの頻度でウチに来るといっていた。ついでにお肉も持ってきてくれるらしいが、消費しきれるか危ういところだ。
ゆっくり酒を飲む二人を家において、一人外に出る。そして庭にある石にヴァイオリンのケースを置くと、肩とあごでヴァイオリンを押さえる。そして弓を手に持ちチューニングを行う。
そして日本人なら誰でも知っているであろう、クラシックから演奏を始めた。
少し酔っているせいか、それとも喜びに満ちあふれているせいか、なぜか指の動きは軽快だ。楽しい。本当に気分が良い。毎日何かしらの発見がある魔法、いつでも読める本。美味しい食事に、旨い酒、そして食後の音楽。異世界に来てこんなに満たされると思っていなかった。
不意にふわふわと、緑色の粒子が辺りに浮かび上がる。それは演奏が進むにつれて、光量は増していった。演奏を聴きに来た風の精霊達だろう。気まぐれな彼らであるが、演奏の時は大抵こちらに寄ってくる。音の波が風精霊を刺激するのだろうか。精霊についてはよく知らないし、精霊についての本を書庫から取り出すのも良いかもしれない。
二曲目を終えてふぅと息を吐くと、精霊達の光が点滅に変わる。拍手なのか次をねだっているのかは分からない。いつの間にか水精霊も混じっているようだ。緑色に混じって青い光が見える。
ふと後ろを見てみれば、家の前に小さなテーブルと椅子を引っ張り出して、葡萄酒を飲んでいる二人がいた。さっきまでは家にいたのに、いつの間にそんな準備をしたのだろうか。
まあ、気にせず次の曲へいこう。気分がすごく良いから、アップテンポの曲が良い。シルヴィさんもいることだし、最近教えて貰った『勇者の行進曲』にしよう。
どうやら俺と同じ異世界人らしい勇者の偉業を称えたこの曲は、この辺りの国ではメジャーな曲らしい。特に隣の国、勇者が住んでいた国では、知らない人は居ないと言われているとか。
確かに良い曲だ。ただ、ヴァイオリンソロは少し難易度が高い。最近ようやくミス無く弾けるようになったが、まだまだだ。
地球に居た頃はヴァイオリンはそれほど弾いてなかったけれど、もったいなかったかもしれない。こんなに楽しいのに。まあ、あのときはそれ以上にギターにはまっていたから、仕方ないかもしれないが。ああ、そう考えるとギターも弾きたいな。この世界にないのだろうか。ヴァイオリンがあるんだったら、ギターがあってもおかしくないよな。そもそもだ、転生者が定期的に現れているんだ。だったら楽器を伝える人だって……いや、あまりいないかもしれない。
曲が終わると、またしても辺りの精霊達が発光する。そして青い光が、俺の顔の周りをふわふわ飛んで、最終的には肩の上に停まった。
「はいはい、わかったから肩からは降りてくれ。そこだと弾けないから」
そういうと肩に乗った精霊は飛び上がり、他の精霊達と混ざった。
「次はなにがいいかなぁ」
アコギだったら曲のバリエーションが豊富なんだけれど。次は楽譜を書庫から取り出しておくのも悪くはないな。
弓を構え、演奏を始める。ああ、やっぱり弾くのは楽しい。
演奏を終えて精霊達を解散さえる。そして家に入ると、それに合わせてシルヴィさんとヴィオレットさんも家に入ってきた。シルヴィさんはもう完全にできあがっていて、千鳥足でかつ、楽園に行ってるかのように笑顔だ。ヴィオレットさんと二人で彼女をベッドにいれると、彼女はすぐに寝息を立て始めた。
「私も部屋で寝ますが、ヴィオレットさんはどうするんですか?」
「寝る」
ヴィオレットさんは間髪いれずにそう言って俺の頭をなでると、こんどは体に手を回して歩き出す。それも迷い無く俺の部屋だ。
「じゃあヴィオレットさんはベッドで、僕はリビングで良いですよ」
半分びびりながらそういうと、彼女は何言ってるだとばかりに首をかしげた。
「いつも一緒に寝ているではないか」
と、ヴィオレットさん。あなたは何を言ってるんだ。いつもこーんなな美女と寝ているわけ無いじゃないか。
「私の体にほおずりして、ぎゅっと抱きしめたりもしていたじゃないか」
そんなこと…………いや、ちょっと待て。
「今日だって私の体に触れながら寝ていたではないか」
今日は確かにヴィオレットさんと一緒に……お昼寝した。そうだ、確かに寝た。もう何度も一緒に寝た。いやしかしあれは……。
「龍状態だったからじゃないですか!」
「私の体を舐めたこともある」
!? なぜそれをっ! 好奇心に負けて舐めたことはあった、ほんの少ししょっぱかった。だがあのときヴィオレットさんは寝ていたはず! 起きてたの!?
「人間でも私は私だ。そこまでいやがるのは、やはりこの姿が気にいら……」
そんな悲しそうな顔をしないでください!
「滅相もありません! 龍の姿も人間の姿も大好きです! むしろ人間の姿の方が好きです。抱きしめて欲しいくらいです!?」
「そ、そうか」
そう言って彼女は俺の部屋に入っていく。無論俺も連れられて。
思わず本音が出て戦々恐々としていたが、なんだか別に問題ないどころか彼女は嬉しそうだ。
と安心していたときに突然服を脱ぎ出すヴィオレットさんに思わず目を背ける。無論そらしきれることもなく、ちらちらと見てしまった。どうやら寝るために薄着になっただけらしい。
「ほら、メル。早く来い」
そう言われておそるおそる彼女の所に行くと上着をはぎ取られた。なんて強引な人だろう、お嫁に行きたいきぶんだ。間違えたお婿にいきたい。
彼女は布団の中に入り込むとそこから『ぬっ』と手が出て俺の腕を掴む。そして布団の中に引きずり込まれた。
「おやすみ」
「お、おやすみなさい、ヴィオレットさん」
俺がそういうと彼女は俺の背中に腕を回し、すぐに規則正しい呼吸を始める。彼女の息は酒臭かった。
ヴィオレットさんのさらさらとした髪が、体に触れる。どうしてこんなにも綺麗でツヤのある髪をしているのだろうか。シャンプーなんてこの世界にないのに。いや転生者が居るから、存在しているのかもしれないのか。
「め、る」
不意に、ヴィオレットさんが小さく声を漏らし、俺の体を抱き寄せる。駄々でさえ近かった彼女の肌に自分の肌が触れ、思わず腰が引く。彼女の体臭だろうか、野暮ったいようで甘ったるいような不思議といい臭いが、鼻孔をくすぐり脳まで到達する。
つるつるで張りのあって、なにやら良いにおいのする肌に包まれ、もはや意識は沸騰寸前。そして何より押し当てられる、形の良い巨峰に意識が行かないわけがない。今は必死で堪えているが、いずれ破裂して自我が崩壊しそうだ。
ああ、天国だ。天国なんだけど苦痛だ。なんだコレ。ああ、もう開き直ろう。
彼女の背に手を回し、その巨峰に自ら顔を突っ込む。ああ、もっと酒を飲んでおくべきだったかもしれない。そうすれば酒の勢いですぐ寝られただろうに。