表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

《夏のホラー特集》

地獄遊園地の道化師による和風怪談会

作者: 賀茂川家鴨

※子ども向けではありません。グロ注意です。

 お食事中の方はブラウザバック推奨です。OK?

-----------------------------------------------------

 からだがたゆたう。雨に沈む。


   ~開幕~


 観客の皆様、ようこそお越しくださいました。

 白と黒の阿修羅仮面に涙を称える道化師でございます。


 こちらは地獄遊園地でございます。

 妖怪、幽霊、化身など、さまざまなものが揃っています。


 道化師はあなたの夢の中にいます。

 道化師は、誰でもないし、誰でもあります。


 今回の演目では和のあやかしたんを語る次第でございます。

 お客様は人間のようですから、ある2人を軸に物語を紡ぐといたしましょう。



   ~あかなめ~


 女は白いアパートの3階にいる。

 寂しい涙が筋になって、汚れた窓を拭き取っていく。

 細くなった膝を抱えて座った。

 カーペットを敷いても、ひんやりと冷たい。

 座るのも億劫になって、くたびれた黒いソファーにもたれかかる。


 薄手の白くて短いポロシャツ、窪んだお腹が冷えた。

 黒のショートパンツから素足を伸ばし、団子虫をふみつける。


 そこそこ伸びた黒髪を舐める。満たされない、満たされない。

 しかし、欲張ってはいけない。余計にお腹が減るから。

 消費ほど非合理的で非生産的なものはない。


 黒髪の表面を丁寧に舐めとる。満たされない、満たされない。

 一匹の小蜘蛛が団子虫を追い回し、喰らいつく。


 脳が空いた。消費しなければ、正気を保てそうにない。

 消費! 無駄なもの、取りとめもないものを費やし、悦に浸る。

 快楽、気晴らし、世紀の炎の燃料となるもの。

 禁欲を嘲笑し、強欲をも嘲笑し、ただ個にとらわれる。

 誰かと問われれば、人間と答えられるよう心がけるべきだ。


 人間であることを忘れ、何者でもないものになる。

 身体が跳ねるように飛び起き、四足になる。


 生きた虫など触る気も起きない。

 部屋に沸いた蛆虫を舌で舐めとる。


 舌先でぬるりとした凹凸おうとつの感触を確かめる。

 さながら蛙のように、団子虫を一匹ずつ飲み込んでいく。

 腑の底で這いずる団子虫どもがむず痒い。

 食事は短く切り上げるべきである。

 部屋の隅々まで掃除を終えた。


 足りない、足りない。


 冷蔵庫を開く。黒い塊を一瞥する。

 腐臭のする塊から、蛆蟲が湧き出ている。


 死体にまとわりつく蟲など見るだけで吐き気がする。

 零れ落ちる蛆蟲を舌先で丁寧に舐めとり、腑に落とす。


 四つ足で白い壁に寄り添い、黒点を見つめる。

 一匹の黒蟻を舌で舐めた。舌先にしがみついた蟻は噛み付いてくる。

 蟻は噛み殺して飲み込むべきである。


 蟻を丸呑みにして、ふと飽きて、そのまま寝静まった。

 腹のねじれるような痛みに目を覚ます。


 生きたまま虫を食べるから胃を痛めてしまうのだろう。

 底冷えする寒さに空腹が耐え切れなかったのだろう。

 醜く爛れた胃を内側の瞳で見据える。


 暗く、深く、何者も及ばない。

 束の間の快楽に溺れるべきではない。

 ただ、生きたい。どうして生かしてくれないのだ。


 いま腑の底で幾多の蟲の卵が産み落とされた。

 卵から孵り、その数を増やしていく。

 内腑を這いずり回り、アパートを埋め尽くし、果実を食い尽くす。


 隣に住むしわがれた老婆がやってきて、女に問うた。

 貪欲なる生き物よ、何故そこまでして生きるのか。


 女は腹から這い出る虫を舐めとりながら、答えた。

 この悪夢が終わると信じているからだ、と。


 老婆は夢を覚ましてやろうと、蟲に火をくべた。

 世紀の炎に燃料を注ぎ、燃え上がらせた。


 アパートもろとも、女と蟲は焼き尽くされる。

 木々は燃え、老婆の部屋も崩れ落ちた。


 悪夢は終わった。

 悪夢は始まった。


 悪夢は消えない。

 憂鬱な雨が、記憶の痛みを癒すまで。


   *


 仮面の道化師は、純粋な存在の疑問に答えるのも、役目のひとつです。


 彼女の正体は、垢舐めとお見受けします。

 垢舐めは、汚いところに出没する妖怪です。

 汚い垢を舐めて綺麗にしてくれます。

 けれど、垢舐めが出たら、家を綺麗にしたほうがよいのです、


 彼女は若くして垢舐めになってしまったのです。

 人間の証明を失いすぎてしまったから。


 ああ、嘆かわしい。

 残念ながら、道化師は涙を流しても、滑稽に笑うことしかできません。

 垢だけではなく、虫まで食べてしまうとは、ああ、なんと滑稽な!


 その後の顛末は実に悲惨です。ああ、やはり、道化師は笑うことしかできません。

 仮面の上に、涙を一滴垂らしながら。


 彼女には、風船のひとつでもあげましょう。

 綺麗に舐めとってくれることでしょう。



   ~ぬりかべ~


 男は酔い潰れていた。

 歩けども歩けども自宅にたどり着かない。

 路地裏の店に入ったのはいいが、来た道が塞がっている。


 元いた道をひた走る。

 同じ道をぐるぐる回る。

 やがて、袋小路にはまった。

 正面には、壁。左右には、壁。振り返ると、壁。

 男はいったいどこからやってきたのだろうか。


 このおかしな壁はなんだ。鮭を呑みすぎた厳格だろうか。

 やい、壁、そこをどけ、と怒鳴りつける。


 2メートルくらいある四方の壁は、男の声に反応して、その場を動いた。

 前後左右から、灰色の石壁が、天から見て十時をつくるようにして、男ににじりよる。

 男は壁であばらを折り、胚を潰し、醜く平らになった。


 ふと目が覚める。

 身体中が凝り固まって動かない。

 明日も仕事に行かなければならないのに。


 ビルの奥までよく見える。

 車の走る音が聞こえてくる。

 男は何も見えないし、聞こえない。


 酔っ払ったサラリーマンがふらふらと歩いてくる。

 高級時計をつけていて、男にとっては、いけすかないやつである。

 男はじっとしている。

 男は、いつか出世したいと考えていた。

 酔っ払いは男に嘔吐した。

 男は壁である。


 日が経っても、誰も壁を気に留める者はいない。

 男は次第に人々の記憶から忘れ去られ、ときどきガムや嘔吐物をかけられる日々を過ごした。


 1週間ほどして、男の身体にスプレーをかける者がいる。

 フードの男は、壁に文字のようなものを描いて、去っていく。

 緑の帽子を被った人々が、男の身体をモップで洗い流す。


 フードの男は、壁に絵柄のようなものを描いて、自慢げに去っていく。

 1人の大人と子どもの集団が、男の身体に宇宙の絵をペンキで描いて、満足げに去っていく。


 壁になった男には、妻がいない。

 ショートパンツの女が、フードの男に絡まれている。

 女は、しつこいフードの男の股間を蹴り飛ばした。

 女に振られた男は、怒りに任せて壁を蹴り飛ばし、痛みのあまり悶絶する。

 壁に妻など必要ない。


 1年ほどして、工事がはじまった。

 ドリルが壁を破砕し、瓦礫の山と化していく。

 瓦礫はそこかしこの工場へ運ばれていく。


 瓦礫は道路や基礎工事などに用いられた。

 男はもういない。


   *


 なるほど、なるほど。

 男は塗り壁にとらわれてしまったのでしょう。


 塗り壁は男の言葉にしたがって、確かにその場を動きました。

 どこへ動くべきか男が言わないものですから、寄ってみようというわけでしょう。

 ああ、なんという短銃明快な見落とし。滑稽。実に滑稽!


 それだけではなく、まさか男自身が塗り壁になってしまうとは。

 塗り壁というよりただの石壁というべきでしょうか。

 不憫にも、夢半ばで果て、誰からも忘れ去られる顛末となりました。

 生きることもなく、死ぬこともなく、まさに最悪の結末といえるでしょう。

 実に滑稽ですね!


 滑稽過ぎて、彼の無様な終幕に、涙をこらえなければ。

 潰れた新鮮な肉はいまごろ地獄の遊園地で販売されることでしょう。

 道化師は遠慮しておきます。



   ~閉幕~


 ああ、愉快なアフォリズム、ああ、救いのない結末!


 しかし、ご安心下さい。

 道化師も含めて物語などというものはそこにあるだけでございます。


 しかし、ご用心下さい。

 嘘偽りの物語が現実を蝕んでしまうかもしれません。


 お時間となりました。

 これにて閉幕でございます。


 この道化師、次はあなたの夢の中にお邪魔させていただきます。

 その際は、道化師が喜んで物語のような滑稽な体験を演出しましょう。

 お越しの際は、ゆめゆめ、夢の檻に閉じ込められることなきよう。

 命の保障はいたしかねます。

 では、またの機会に。地獄の遊園地でお会いしましょう。


 こころでうたう。


 どうけしはわらう。

 どうけしはなく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賀茂川家鴨の小説王国(賀茂川家鴨の個人サイトです)
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ