第七話 成長する図書館
こっちこっち、とエレナの呼ぶ声がする。
最初に図書館に行ったのだが鍵がかかっていたらしい。中に入れなかった。鍵をもらうために、司書の先生を探しているところだ。職員室にいるそうなので、僕は今、職員室に行くついでにエレナに学校を案内してもらっている。今はだいたい3階のあたりだろう。右側には生物準備室がある。棚の中の動物の標本はどれも見たことがない生き物ばっかりだ。そして、でかい。とにかくいろんなものの大きさが規格外だ。ドアなんて3mあるぞ。そしてそのドアの中にいつも見るような普通のドアがある。不思議な作りだ。
「ねえ、エレナ、何でこの学校、ドアとか建物全体がこんなに大きいの?」
「そうなの?これが普通じゃないの?」
「もしも僕の通っていた学校が普通なら、全然普通じゃないね」
「そうなんだ...」
エレナはいつも不思議な回答をする。今まで聞きたかったことの質問してみたが、答えは”よくわからない”だった。出身地はどこ?こんな簡単そうな質問をしてみたがほとんどの答えと同じように、”わからない”だった。見た目からしてヨーロッパ系の人だと思うんだが、出身地がわからない子なんているのだろうか。何か事情があるのだろうか。あまり聞かない方がいいかもしれない。
「港?大丈夫?」
目の前にエレナの顔がある。僕の血液が一気に温度を上げた。
「だ..大丈夫だよ。それより、職員室まであとどれくらい?」
「もうついたけど」
彼女は視線を右に移した。僕もその視線の後を追うと大きなドアが現れた。確かにここが職員室のようだ。上のプレートに”職員室”と書いてある。
ノックしてドアを開けてる。
中を見渡した限り先生はいないみたいだ。ほとんどの席が空いている。日曜日だからだろう。
いや左奥に先生らしき人がいる。先生であっては欲しくないな。ヘッドホンを頭につけて、ノリノリでエアギターを弾いている。
「すみません。司書の先生いらっしゃいますか?」
なるべく大きな声で言ったつもりだが、聞こえてなかったみたいだ。まだエアギターを弾いている。全くきずいてくれない。
「ニャ〜」
足元の方から鳴き声が聞こえた。僕の足元に真っ白な猫がいた。尻尾が三つ生えていて首にはどこかの鍵をつけている。かわいい。顔の筋肉が自然と緩む。
「何だ、あんたは猫好きなのかい?」
どこからともなく声がした。あたりを見渡してみるがエレナ以外誰もいない。
「その猫が、私たちの探していた司書の先生だよ」
「え!?」
この猫が司書の先生?そんなバカな、僕にはただの猫にしか見えない。
「そこにいるのはエレナ・バン・ヘルかい?」
突然、職員室の中から声がした。
エレナの方を見るとしかめっ面をしている。どうやらあの人が嫌いらしい。
「ごめんね、港君。私、帰るね」と言うと、彼女は影に向かって走り出した。そして影の上についた途端、影に吸い込まれるように消えてしまった。まるで水の中に入るように。影が水みたいに波打っている。不思議な光景だ。
「そこにいるんだろ?」
大きな足音とともにさっきの声の主が現れた。首にさっきのヘッドホンをかけている。
インドの人だろうか、服装がインドっぽくてカラフルだ。そして肌が黒い。
「ガルバァ、あんたのその女子の声に反応する速さは本当気持ち悪いわね、エレナが逃げちまったじゃないか」
「これはこれは、調子はいかがですかな図書館の主よ」
ガルバァという人が頭をさげる。
プイッと、図書館の猫が顔を背けて僕の股の間を通って行った。
「相変わらず、冷たい人だ。いや猫か」
大爆笑している、何が面白いんだか。
それでぇと言いながら、彼が顔をこちらに向けてくる。
「誰だ君は?」
突然のことだったから反応が少し遅れた。
「な..成瀬港と言います」
「そうか、男に興味はない、さっさとどこかに行け」
そういうとヘッドホンを頭に戻して元々いた席に戻って行った。
何だこの感じの悪い人は、というか僕のことを女だと思ってたのか!?
なんて考えていると声がした。
「おい、坊主。行くよ、私はチンタラしたやつは大っ嫌いなんだ」
廊下のところからさっきの白猫がこちらを見ている。
「す..すみません、今行きます」
それと、と話を続ける。
「さっきの人は誰ですか?」
「さっきのはガルバァ、音楽の教師だ。あれでも一応音楽の神なんだ」
まじか、音楽の授業はできれば受けたくない。
「それであなたの名前は?」
前を歩く白猫に尋ねてみる。
「私は名前がない。名前をつけられるのが嫌いでね。図書館の猫とか白猫って呼ばれている。好きに呼ぶといい」
「それじゃあ白猫さん、一つ教えて欲しいことがありまして」
「何だい?私は喋るのも嫌いなんだ。答えるのが簡単な質問にしておくれ」
僕は少し迷ったが、一番知りたいことを尋ねた。
「どうして僕は、神の子なんですか?」
「全く、それは手短に答えられそうにないね」
しょうがないというと白猫は話を始めた。
「実際はあなたたち人間は全員、神の子なのよ」
どういうことだ?話が読めない。
「どういうことかいうとね、あなたたち人間は大昔に神々自らが血を分けて創り出した生き物なの。初めは100人くらいだったかしら。それから長い年月をかけて数を増やして他の神血と混ざり合ったりしていくうちにだんだんと神血は薄れていってあなたたちは人間になったの。」
ここまでで質問は?と白猫が効いてきた。特になかったので僕は首を横に振った。
「でもね神血はだんだんと薄れて入ったけど、完全にはなくならなかったの、でもほとんど力を失っていたけどね。でもあなたたちは運悪く魔血を持つものに直接的に攻撃されてしまった。それが何を意味するというと神血の復活を意味するの。魔血というのは神血とついになるものなの。つまり水と油っていうこと。水のなかに油を注いでも混ざらないように、魔血を神血の中に入れても混ざらないの。それでどころか、意識を持ったかのように動き始めてお互いを飲み込もうとする。だからあなたの場合、ミノタウロスに噛まれた時に入ってきた魔血と戦うために、神血が戻ってしまったってわけ。もしもあの時、少しでもあなたの血液より魔血が多く入っていたらあなたは魔獣か幻獣になっていたでしょうね」
なるほど。なんとなくわかった。
つまり、魔血を持つものに直接的に攻撃を受けてしまうと、神血が元に戻って、神の子になってしまうっていうことか。ていうことはここにいる全員が魔血を持つものに攻撃されたっていうことになるな。
「坊主、ついたぞ図書館に、私を持ち上げておくれ、鍵穴まで手が届かないんだ」
いつのまにか、白猫が二足?いや尻尾まで合わせると二足と三つの尻尾で器用に立っている。
僕は言われたとうりに白猫を鍵穴のところまで持ち上げる。その間にもふもふの白猫の毛並みを触ってみた。とてもサラサラで気持ちがいい。
「坊主、私を下ろせ。もう鍵は開けた」
ギィィィっと音を立てて図書館のドアが開いた。僕の腕から白猫がするりと逃げた、気持ちよかったのに残念だ。中にはかなりの量の本と本棚が円を描くように並んでいてその周りを蛍のような光が飛んでいる。妖精だろうか、光とともに本が浮いている。
その中心に何か見える。小さな机だ。
「坊主行くぞ、一緒に入らないとこの図書館には入れない」
「それじゃ、失礼して」
僕は白猫を手で捕まえてそのまま図書館に入る。
「おろせ、この無礼者!私が図書館の入り口の上にいれば問題ないだろうが!」
シャーーーっと威嚇してきた。こんなに怒るとは予想外だった。僕は急いで白猫を放す。
中に入って見るとよくわかったが。大きな図書館だ。気のせいだろうか、少しずつだが本棚が上に伸びている気がする。
勘のいい子だね、と白猫が話し始めた。もう怒っていないらしい。
「あんたの気がついたとおり、ここにある本棚は少しずつ大きくなっている。そして本の数も増えている。
ここの図書館はね、日々成長しているんだよ。世界中のありとあらゆることを取り込みながらそれを本にしてね」
「どういうことですか?」
「まあ、わからないのも無理ない、中心にある机を見ればわかるさ」
白猫と僕は一緒に本棚の中心に向かって歩いて行く。特に本に題名はないみたいだ、題名らしきものが見当たらない。僕は無造作に近くの本を見てみる。僕が見ている本は”1989年6月”と書いてあるがその隣の本にはには”1989年7月”と書いてある。ほとんどの本は年と月別に配置されているらしい。内容は様々だ、その月に生まれた人、殺した、殺された人の名前、事件の名前、その詳細、それの犯人まで書いてある。あ!不倫した人の名前まで書いてある。面白い。どの本も辞書くらいの厚さがあるだろうか、そんな本が上までびっしりと詰まっている。すごい量の本だ。
「そこの机を覗いてみな、坊主」
いつのまにか中心についたらしい、白猫が真ん中の机を尻尾で指している。僕はゆっくりとその机に近づいて遠くから見てみる。そこの机の上では、誰もいないはずなのに羽ペンがひとりでに動いていた。そして下の紙にどんどんと文字を書いている。なんの文字だろう、と見ていると”古代語”と見えた。不思議な文字だ。すると一つの光が僕の肩に止まった。
「あんた仕事のじゃま!どいてちょうだい!」
光の中に小さな妖精が見える。可愛らしい。
「ごめんね、すぐ移動するから」
僕は白猫のいるところまで戻った。
「あれがこの図書館の心臓のようなものだ、この地球上ありとあらゆる情報を紙に書いて本にしてこの図書館に保管している。さっきあんたの肩に止まったのはピクシー。働き妖精の一種さ。さあお前の検査を始めよう」
というとピクシーが飛んできて僕に小さな針、白猫には一冊の本と液体の入った試験管を渡してきた。
「何をするんですか?」
「お前の血を少しこの試験管に入れておくれ」
白猫の尻尾にさっきの液体の入った試験管がある。
なんですかそれ?と白猫に聞いてみる。
「これは知恵の泉の水だ、この中に血を入れると色でなんの神の血かを教えてくれる」
僕は左手の親指に針を刺した、少し痛いがまあ問題ない。そしてでてきた血を試験管の中に入れる。
僕の血はその液体とゆっくりと混ざって行く、少し薄い赤色みたいになったと思ったら、急に色が透明に戻った。なんだったんだろう。
「透明か、見たことない色だな」というと白猫が本を開き始めた。二つの尻尾で本を器用に開いて前足でページをめくっている。本当に器用な猫だ。見たところかなり古い本みたいだ。ところどころシワシワだ。
「なるほど、あんたはオーディンの血だね。ってことはあんたはオーディンの子ってことになる」
「オーディンって?」
「北欧神話の最高神、おそらく知識の神ってところだろ。あんたの能力は、視界にある生物以外の物の情報を知る”全知の眼”と”完全記憶”、この二つだね」
最近起こっていた不思議な現象は”全知の眼”のせいだったのか。何か見るたびにいろんな情報が頭に入ってきて大変だった。しかし能力ってなんだろう。
「能力ってなんですか?」
「神血はね。あなたたちの体にその神と同じような力=能力をもたらしてくれるのよ。あんたの場合は運が良かったね。二つもある。まぁどのみち、この学校じゃ、最弱くらいのランクに入るけどね」
白猫の顔が笑っているように見える。猫の笑顔なんて見たことがないからわからないが、バカにされているのは確かだろう。
「最弱?どういうことですか?」
「この学校には他にもいろんな子がいてね。今のところ最強なのは、ギリシャ神話のゼウスの血を持つ子だろうね。あの子の能力は”雷の加護”、電気を操ることができる。それにうまく使いこなしている。」
なんだそれ、チートすぎないか?僕の能力は”全知の眼”と”完全記憶”あまり差がありすぎる。
「それて、不公平じゃないですか?」
「不公平ではないぞ、言っただろさっき。神々の血が混ざり合って薄まっていったってお前の中にもゼウスの血はあった、だがお前がミノタウロスに噛まれた時に瞬時に反応したのがオーディンの血だったてわけだ。まぁ、運がなかったと思え」
白猫が大笑いしている、この猫もガルバァよりはマシだがちょっとムカつく。
そんなことを言っていた僕だが、内心は少し嬉しい、”完全記憶”さえあれば僕は一生、じいさんやばあさん、ナズ兄さんやナナさんのことを忘れなくて済むのだから。それにそんなに悪い能力でもない。多分僕にぴったりの能力だと思う。
僕は白猫に一つ尋ねる。白猫は近くのクッションの上で本を読んでいる。
「白猫さん、この図書館って何時まで開いていますか?」
「特には決まっていないが、私がこの部屋から出るときには一緒に出てもらう、この場所は異空間にできていてな、私の持っている鍵がないともとの場所に戻ることができない」
「いつぐらいに出ますか?」
「特に決めてはいない、飯を食べるときに外に出るくらいだ」
僕は腕時計を見る、今の時間は午後9:35分、”5分遅れている腕時計”と僕の頭の中に情報が入ってきた。そうだった、5分遅れているんだった。僕は時計の針を五分進める。
「白猫さん、次に外に出るのは何時くらいですか?」
「明日の7時までには出るぞ、明日は始業式だからな」
「じゃあ、それまでにここの図書館の本を全て僕に見せてください」
白猫が本を閉じて驚いたような顔をした。
「ここの本の量くらい見てわからないのか?少なくとも1億冊はあるんだぞ?全部覚えきれると思ってるのか?」
「わかってますよそれくらい。白猫さん、もう僕の能力を忘れましかた?”全能の眼”と”完全記憶”ですよ。見るだけで本の内容は理解できますし完璧に覚えられますから。」
少しドヤ顔をしていた気がする。
白猫がさっきより大きな声で大笑いをした。
「生意気なガキが来たもんだ、面白い!ピクシー!」
白猫がピクシーを呼んだ。一匹のピクシーが白猫の近くに飛んで近寄った。
「あのガキにここの図書館の本一から全部見せてやりな」
ピクシーの声は聞こえないが、見たからにもめているらしい。
ピクシーがこっちに飛んで来た。よく見るとさっき僕に文句を言ったやつみたいだ。
「あんた、本当に最悪、よくも私の仕事潰したわね」
光の中のピクシーが怒っている
「よろしく頼むよ、ピクシー」
僕はピクシーと一緒に本棚の奥の方に歩いていく。すると後ろから白猫の声がした。
「おい、坊主!名前はなんていう?」
今頃、白猫が聞いてきた。
「成瀬港です」
大きな声で僕は白猫に話した。うるさかったみたいだ、ピクシーが耳を塞いでいる。
「お前の行き着く場所が楽しみだよ」
白猫が言ってきた。どういう意味だろうと考えていると体が傾いた。
ピクシーに髪を引っ張られたているみたいだ。
「ほら行くよ、ちんたらしないで!」
少し怒っているみたいだ。
「なんで怒ってるの?」
「白猫様があんたみたいなやつに名前を聞いたからよ。本当に羨ましい。私なんて一度も名前聞いてもらってないのに」
そうなのか、白猫は名前を普通聞かないのか。確かに本以外に興味がなさそうだ。
僕はピクシーに連れられ、図書館の奥へと足を進めた。




