第八話 夢の中で
「あの.....ありがとうございます。助けてくださって」
獣人を倒した女性は口を開かずにぼーっとしながら剣の手入れをしている。私たちはそんな彼女の前に横に並んで座ってる。日本人がよくやっている座り方ってなんて言ったけな。足を折り曲げて脛を地面に平行につけて座る.........。
思い出せないな。ただ足がビリビリとして痛い。私、立ち上がれるのかな。
今、私たちはアマゾネスの里にいる。アマゾンの奥地にひっそりとある集落だ。窓の外に目を移す。外には女性の人しかいない。抱えている子供達全てが女の子みたいだ。オルはというとこの集落に入れるわけもなく入り口のところに横たわって2人の女性に治療を受けている。
隣にいるエレナのあまりの気迫のなさにかなり心配になって来る。港のことも心配だ。ついでにオルも。オルはかなりやばそうだった。医者によれば胃が焼けていて生きているのが不思議なくらいだと言われていた。
「あの.......」
「手紙.......。手紙は?」
剣の手入れが終わったのだろうか。私たちの方に向き直り突然、口を開けた。真っ白な肌が日光に照らされさらに白く、純白というんだろう。とても綺麗に見える。
「すみません。手紙はラビュリンスの迷宮に送られたものが持っていましてありません」
「そう.......」
少しがっかりそうにして床に置いた剣を手にとってもう一度手入れを始めた。
どうすればいいんだろう。早くのこの足をほどいて伸ばしたいんだけど.....。
「それより.....あなたたちは?」
「えっと....」
彼女から出てきたふわふわとした空気感がお風呂場全てを覆い尽くした水蒸気のように満ちている。少し心が和らぐ。自分の脈拍がゆっくりになってきている。
この場所は彼女が納めている城のようだ。全てが彼女のもので彼女の気分ひとつでどうにでもなってしまうようだ。
「私はアナ・キルアで、隣の子がエレナ・バン・ヘル。外にいる男がオル・ロンと言います」
「...........そう」
私たちと暮らしている空間と彼女が暮らす空間の時間の進みが違うのではないかと疑うくらいゆっくりと喋る人だな。
「ああ......。私はイユ・ウェルシュ。ゲルの娘です」
結構驚いた。いや、ゲルがアマゾネスに向けて手紙を書いていたということを聞いた時からかなりの違和感を持っていた。そしてその違和感が今かなり確実なものになったな。
なぜアマゾネスと男性の魔術師のゲルが連絡を取り合っているのかだ。
昔からいがみ合っていたこの両者がどうやって手を取り合えたのか。いや、そんなことよりも、本当に彼女がゲルの娘ならば、彼女の母親がいるはずだ。
「あなたの......」
「それ以上、喋らないで..........」
さっきまでふわふわと穏やかだった空気が一気に極寒の国の空気に変わった。季節が突然冬に変わったのではないかと疑うほどにその場の空気が冷たくなった。
そして自分の鳥肌が一気に現れた。このまま喋り続けたら確実に死ぬことがわかる。左胸に確実に剣が刺さり大量出血で死ぬ。まるで未来が予知できたかのようにこの先確実に起こるであることがわかる。
「失礼します。イユ。男の治療が終わったみたいよ。どうするの?中に入れるき?」
「.......ええ。でも牢獄にね」
「わかったわ。それじゃ」
肩に弓をかけた女が扉を開けて中に入ってきた。よかった。オルは大丈夫みたいだ。でも牢獄に入れると聞いた今では感謝はできないな。
「ごめんなさいね。........お友達を牢獄に入れるようなことをしてしまって」
「いえ、気になさらないでください」
言葉と気持ちが真逆だ。自分の表面に白い薄い膜が覆っていて内側から湧き出す黒いものを隠している。
「でも......あなたたちの部屋についている牢獄に入れるから......いつでも会えるからね」
言っていることがわからなすぎて困るけど、私が想像しているよりはいい待遇見たいだ。ちょっと安心した。
「それと........ラビュリンスの迷宮に入る男の子のことだけど.......」
エレナの顔が上がった。突然に現れた希望にすがるような顔をして入る。見ていられない。
「残念だけど..........私たちに助け出すことはできない。彼、自身でしか抜け出せない」
エレナの体が揺らいだ。そして横に倒れる。
顔色が最悪だ。白が多めの水色のような色、といえばわかるだろうか。
「部屋に案内する......」
イユが剣を鞘の中に収めて立ち上がった。
私も続いて立ち上がるが足が完全に痺れてめちゃくちゃ痛い。私は歩けずにその場に寝転がる。
「すみません」
「........こちらこそ。長時間その体勢はきつかったでしょう」
私の前にしゃがみこんで手をかざした。薄黄緑色の光が私の足を包み込み痺れが嘘のように消え始めた。これは........ 魔術なのか?
「これは........あなたたちが魔法と呼ぶものよ」
〜〜〜〜〜〜〜
「さすがに手詰まりか?」
「えぇ。無理です」
オーディンが僕の前に座り、お茶を嗜みながら少し笑っている。僕の夢の中で何をしてるんだよ。こんなにゆっくりしやがって、金でも取ろうかと思う。
助けてくれると思ったのに......。
「仕方がないだろう。我々神々でも全くわからない。知れないように作られている。知っているのはミノタウロスがそこにいること、そして出られないということだけだ」
「そのくらいは僕も.....」
「知っているだろ?私も知っている」
不気味に、意地悪く頬の筋肉が上がった。白い歯が見える。
「何をしにきたんですか?」
「何も。ただ死ぬであろうお前と最後に話してみたいと思っただけだ」
オーディンもう一度お茶を口に含む。
無味無臭の空間というべきか。そんな場所だ。
「だがな。お前に死なれると後々困ることが多くてな。お前次第だが。どうする?」
「僕はここから出られるんですか?」
「わからない。だがお前の好きな矛盾探しだ。黄金のリンゴを取った時と同じだ。頭を働かせろ。身体中の血を動かし、自分が持つ全ての知識を使い、そこから出てこい」
無理だ。
「やれ。絶対にだ」
「その方法を教えてください」
「方法はない。お前が見つけろ」
なんて理不尽な話だ。それができたら苦労しないんだよ。できないから助けてもらおうと思ったのに........最悪だ。
「わかった。それなら一つ、お前に教えておこう。お前が付き合っている女、ハデスの娘だったな。彼女が実験体にされていたのは知ってるな?」
「はい。知っています」
焦りがふつふつと湧いてきた。
「その理由は、彼女が持つであろう能力に関係していてる。”死者の魂”と言って魂を物体としてとらえて自由にできるというものだ。ということはたとえ死んだとしてもその死体を修復すれば簡単に言えば蘇生することができるということだ」
敵が執拗にエレナのことを狙う理由はそれかでも......。
「エレナにその力はありませんよ?」
「いや、もう彼女はその力をすでに持っている、お前が彼女を助け出したときお前腹に穴が空いただろう?。それも致命的な」
エル・ルドルフと戦ったときか。
「そうだ。あれは普通なら死ぬ。神血を持つお前達でもだ。だがお前は死んでいない。お前は”治癒”魔術が働いたおかげだと思っているみたいだが実際はそうじゃない。一度死んでからだから抜けたお前の魂を彼女はその場にとどめ、お前の体を”治癒”魔術かけ魂を戻した」
息を飲んだ。僕は死んだのか?そして生き返らされた?
「そうだ。そして敵はその能力を狙って彼女を執拗に狙っている。そしてお前がいない今。彼女はかなりの危険にさらされているはずだ。アマゾネスの里にいるとはいえすぐにでも敵は場所を突き止め総力を挙げてでも彼女を狙うはずだ」
「もしも僕が迷宮から出れなければエレナは捉えられると?」
「ああ。今回捉えられた場合、2度と会えないと思った方がいい」
それはいやだ。2度とあんな経験はしたくない。あんな経験をするのは赤と緑のおじいさん達で十分だと思おう。だけど......。
「あそこにはミノタウロスがいる。............僕はあいつには勝てない」
「そのくらいは私にもわかる。そこで私と取引だ。神々しか知らない情報をお前に教える」
オーディンの声がとても真剣だ。だが目の奥は見えないせいか狙いが読めない。わかるのはボサボサの髪の奥に感じるどんよりとしたものだけだ。
「どうする?」
どうする.......か。普通なら取引の内容を聞くが、そんな時間すらも勿体無く感じる。
「いいでしょう。教えてください」
「わかった」
オーディンの口元のヒゲが揺れ、言葉が発せられる。




