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ある日、僕は神様の子供になりました。  作者: tomo
樹海の秘宝
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第七話 仇(かたき)

 扉がゆっくりっと一度も止まることもなく、まるでパズルのピースがぴったりと合わさるように閉まった。扉の奥に見えた港の顔が脳の中に焼き付いて離れない。


 あんなにも怯えきった港の顔は見たことがない。おそらく私の顔もそんな顔をしていたと思う。


 2人ともわかっているからだ。あの迷宮からは逃げ出せない。脱出することはできない。入ったら最後、そこで死ぬまで暮らすしかない。


「楽しみだな。お前らの仲間がどうなるか」


 私を抱えている獣人が何か言っている。だが何を言っているのかが理解できない。何も考えることができない。脳が働いていない気がする。


 私の体はだらんとくの字に曲がって獣人の脇の下に挟まっている。


「さて、もうそろそろか?」


 獣人がポケットから懐中時計を取り出して時間を確認した。


 カチカチと懐中時計内の歯車が鳴る音が聞こえる。規則正しく、一度もブレることなくその音が続く。この音が何回も鳴るたびに港にもう一生会えないかもしれないという恐怖感が私を襲う。体が小刻みに震え、体が冷たくなり始めた。


「よっと」


 獣人がネミルを肩に抱えた。


「ん〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」


 地面に寝転がっているアナが喉を震わせて声を出そうとしているが声が出ていない。だがそんなことを考えることすらできない。


「うるさいぞ。諦めろそこの男みたいに。お前も同じように伸びてりゃいいんだ」


 オルの方に視線を移す。ほんとだ、気持ち良さそうに伸びている。


「それじゃ。白猫によろしく」


 あれ?白猫って誰のことを言ってるんだ?もしかして図書館の.......。


「ちょっと待てや。この年増女!!」


 オルが立ちあがった!そして両手を思いっきり振って小屋の中に火の輪を作り私たちのことを囲んだ。


 しかし様子が変だ。目は真っ赤に充血して口と鼻から血が垂れている。床に垂れた血もなぜか妙に泡立ってドロドロとしている。一体何が起きているんだ?


「お前どうやって!」

「お前がくれた毒入りクッキーを燃やした!!!。多分血が沸騰したらしてめちゃくちゃ頭痛いけどな!!」

「だが、その体でどうやって私と戦うつもりだ?」

「うるせぇ!」


 オルが両手を獣人の方に向けた。すると火が渦を渦を巻いて獣人の顔にめがけて飛ぶ。ものすごい熱気が小屋の空気を満たした。汗腺が一気に開いて汗が流れ出るのを感じる。


「チッ!!」


 獣人が近くに倒れていた椅子に噛み付いて窓の方に投げた。ガシャン!!と音を立ててガラスが地面に散らばった。


「逃すか.....」


 おるがその場に膝をついた。もう限界だ。人間の体は体温が42度以上になるとタンパク質が凝固して死んでしまう。おそらくオルの体はもうその温度を超えている。神血のおかげでかろうじて生きている状態のはずだ。


「待て!!!!」


 オルが口から血を垂らしながら右手を上げた。小屋の中の炎が窓から意志を持ったかのように私たちの方に向かってくる。しかし獣人は全く臆することなく私を投げて右手を地面に突き刺した。土が盛り上がり、オルの火を防ぎきった。


 これが獣人の身体能力か。神は不公平だ。人間の身体能力と差がありすぎる。


「やっと来たか........」


 私の顔を大きな影がヌルリと通り過ぎた。空にワイバーンが何匹か飛んでいる。見えるだけで3匹もいる。しかしそれと同時に奥に何かの影が見える。一体なんだ?


「遅くないか!!!!」

「すまない!!だが急いだ方がいい!!アマゾネスの奴らだ!!!」


 私の上でワイバーンが2匹旋回し、1匹が私たちの眼の前に着陸した。


 芝が私たちを真ん中に外に向かって広がっている。さわさわと音を立てながら木々も揺れている。音だけ聞けば心地がいいのだがそうもいかない、空中ではワイバーンに乗った奴らが遠くに見える黒いものに向けて魔法を飛ばしている。


 青々とした空の上を炎と氷が飛んでいる。威嚇いかく射撃なのだろうか当たっていないように見える。


 しかし、もしもあの黒いものがアマゾネスなら助けかもしれない。彼らが来るまで時間を稼がないと!!


「急げ!!!」


 獣人がネミルをワイバーンの上に投げると私の方に走り出した。


 どうすればいいんだ。影の中に逃げようにも近くには入れそうな影がない。それに体が言うことを聞かない。


 すぐそこまでに来てるのに!!!


 しかし獣人が左側を見た途端後ろに飛んだ。その二、三秒後に私の目の前に炎の壁がそびえ立った。


「邪魔をするな!!!!」


 獣人が甲高い声で叫んで両手を広げた。すると地面から土が盛り上がり、オルのいる小屋を飲み込んだ。小屋のあったところには丸い大きな土の球体が現れ、その場に不穏な空気を作り出した。


 しかし、その不穏な空気が作り出したわずかな時間のおかげなのか、それとも偶然なのか、突然その場に1人の女性が降り立った。


 次の瞬間、さっきまで青々していた芝が一瞬で真っ赤に染まった。それと同時にワイバーンが地面に落ちて来た。羽がない、そして彼女が持っている剣は真っ赤に染まっている。


 これは彼女がやったのか?


「行け!!!!!」


 その言葉で私は我に返った。


 獣人が地面にいる女性に向かって土の塊を連続で飛ばしながら距離を詰めている。しかし、なぜだろう。こんなにも優位に立っているはずなのに顔はそれどころではないと言わんばかりのこわばった顔になっている。


「遅い.....」


 強風がその場を一気に吹き荒れた。あまりの突然のことでよく覚えていない。しかし確かに言えることは、獣人がその場に倒れ、さっきの女の人ただ1人が両足で立っていることだけだ。



〜〜〜〜




 真っ暗な部屋の中で瞼を閉じているのと同じようように何も見えない。もう自分が目を開けているのか、それとも閉じているかの区別もできないくらいだ。


 サウナのようにジメジメと湿気が漂い、一度も換気もされていないような空気が漂うこの場所で僕は一体どうやって生きていけばいいのか。


 ヒュウゥゥゥゥーーーーーーっと僕の目の前から風が吹いて来た。僕は目をつぶって顔を右手で覆う。全く色が変わらない。気分がどんどん下がって行く。やばいな、このままだとここで本当に死んでしまう。


 僕は背中のバックの中に手を突っ込んで手探りで燃えそうなものを取り出す。とにかく明かりを手に入れないと。そして脱出する方法を探し出さないと行けない。


 いや、正確にはこの迷宮がどうやって成り立っているのかだ。脱出が出来なくてもこの迷宮が成り立つわけを見つけ出せればもしかしたらだが破壊することができるかもしれない。


 僕はバックからナイフを取り出して布を巻く。そこに弾丸を抜いた薬莢を突っ込んで雷管を叩く。キン!!っと音がなり火花が散った。


 その火花が布に移ったところを手で覆い、赤ちゃんを注意深く触るようにゆっくりと上に持ち上げ、息を吹き込む。小さかった火がだんだんと大きくなって僕の周りを照らし始めた。


 火が手元にあるおかげか心が少し軽くなった気がする。体にくっついていた重りをつなぎとめていた紐を燃やし切ってくれた感じだ。


 僕は火で周りを照らしながら眼の能力を使う。周りには赤煉瓦が出来た壁が両側に続いている。かなり古いな。年代測定不能らしい。理由がわからないがあまり関係なさそうだな。


 右側の壁にて右手をつけながら一歩ずつ前に進む。左手の火がゆらゆらと、風になびくシーツのように揺れる。


 火を親友のように思う日が来るとは意外だ。人生何があるかわからないな。


 そんなことを思いながら進んでいると一つ目の曲がり角が現れた。突然右手にくっついていたものが消えて僕の体は右に傾く。やっぱりこんなに光が小さいと大変だな。


 僕の足もよく見えないからか、自分がどうやって歩いているかがよくわからない。


 右足?それとも左足を先に出すんだっけ。そもそも人間って二足歩行か?四足歩行?あれ?足って何本だ?


 僕は地面に燃えるナイフを置いて両手で骨盤の下についているものを触る。


 ...............。


 やばいな。何をやってんだ僕は。さすがに気分が萎える。周りから見たら結構やばいやつだな。いや、周りに人はいなかったな。


 僕は首を左右に振って確認してみる。


 ああ、最悪だ。何やってんだ。わかりきったことを信じきれずに確かめるとは。


 僕が知っていることはすべて正しい。正しいはずなんだが。信じられない。”知れない”、ということはこんなにも恐ろしいことなのか。初めてだ。いや初めてではないはずだ。ただそれを無意識に忘れていたんだ。


 ほとんどのことを知れるようになって何も怖く無くなっていた自分が馬鹿馬鹿しいな。いや、無意識に”知る”ことに頼っていたんだ。自分のプライドを守るために。そして全てに対して何でもできるような人間になろうとしていたんだ。だけどそんなことができたら人間じゃないな。まるで......。


 グオォォォォォォォ............!!!!!!


 地面で燃えている火が声が聞こえた方とは逆向きに傾きながら揺れている。僕は顔を声のする方に顔を向ける。そしてこの場所に生き物がいるのか、と驚いている。


 左手で燃えるナイフを握って今自分が走ることができる最高の速さで走る。


 そしてすぐに自分の足の筋肉を固めて止まる。ザリザリと靴の裏と小石がこすれる音がなり、自分の止まりたかった場所から30cmほどずれたところに止まった。


 目の前には二足歩行で立ちながら右手にとても大きな棍棒を抱えた獣がいる。顔は牛で頭からは角が二本あってとても見覚えのある見た目と匂いだ。洗わずに忘れ放置した泥だらけの洋服の匂いを腐った卵と腐った牛乳を混ぜて凝縮した匂い、僕の学校に現れ、僕の幼馴染が死ぬきっかけを作ったやつ。


 ”ミノタウロス”


 最悪だ。思い出すことができたはずだ。この迷宮に生きる生き物。いや、閉じ込められている生き物。


 ミノタウロスが右手を振り上げた。僕はその場にしゃがんで避ける。そしてバックから銃器メンテナンス用の油を取り出し地面に線を描くように一気にぶちまけ、左手の燃えているナイフを投げ入れる。


 ブワッと火が油に燃え広がりあたりを一気に照らした。クッソ、眩しいな。だがそんなことは気にもとめずにミノタウロスがいる方とは反対側に走り出す。明るかった視界がどんどん暗くなっていく。


 声が聞こえなくなったところで僕はしゃがみこんで顔を下げる。


 手足が震え、体の中心から冷たさが吹き出て来る気がする。


 ”怖い”


 僕は暗闇に同化して自分を殺す。


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