第六話 ラビュリンスの迷宮
「キャキャキャキャ!!」と森の奥から何かの動物の声が聞こえる。とても不気味だ。まだ日が昇りきっていないから薄暗くて少し寒い。
僕らは森の中を縦に並んで進む。湿気のせいで服が蒸れて気持ち悪い。みんな服をバサバサとして中に風邪を送り送り込んでいる。
「港〜〜。まだ〜?」
「あとちょっとだよ。それよりエレナ。水ない?」
「あるよ。はい」
僕は水筒の水を口に含む。かなりぬるい。いや暖かい水が喉を通って胃に流れ込む。少しお腹のあたりが暖かくなっていく。
「ありがとう」
僕は水筒のキャップを閉めてエレナに返す。チャプンと水が揺れる音がした。
「もう、そろそろつく、よ」
僕の前にいたネミルがその場に止まって後ろを向いた。今は狼になっている。結構暑そうだ。
「ありがとう。もう戻って大丈夫だよ?」
「わ、かった」
ネミルの体から毛が消えて両足で立ち上がった。髪の毛が汗で少し濡れている。
「ネミルちゃん、お水いる?」
「うん」
エレナがネミルが水筒を差し出した。ごくごくと音を立ててネミルが水を一気に飲み干した。よっぽど喉が乾いてたんだろう。水筒の水がなくなった。
「ごめ、んなさい。なくなった」
「大丈夫だよ。まだまだあるから」
僕はバックからタオルを出してネミルの頭にかぶせる。
「それで汗を拭いておきな」
ネミルがタオルに両手をかけてワシャワシャとした。
「それじゃ行こう。アナ、頼んでもいい?」
「はいはい」
アナが手を前に出した。するとどこからともなく風が吹いて前の草木を左右に倒れて小道ができた。
「オルに焼いてもらった方が良くない?」
「いやいや、山火事になるぞ?」
「操ればいいでしょ?ね?オル」
「......え?なんの話?」
はぁ。とアナがため息をついた。
「ねえ?最近変だよ?オル。大丈夫?」
「大丈夫.........」
オルがあからさまに目をそらした。全く.....何してんだか。
「ねえ、オル。なんか変じゃない?」
エレナとネミルが僕の近くに寄ってきた。
「うん、オル、変」
「そんなことないよ」
僕は顔に出ないように意識しながら言い返す。バレないといいが。
「なんか嘘ついてるでしょ」
「うん、港、嘘ついてる、匂い」
おいおいおい。そんな匂いがあるのか。次からネミルの前で嘘をつくのはやめよう。
「やっぱそうだよね!港.......」
「行こう!今日中に森を抜けないと!」
僕はネミルとエレナから逃げるように前に進む。
〜〜〜〜〜
「すまない、力になれそうにない」
フードを被った小柄な人がとてもはっきりとそして冷たく言い放った。
膝の上に置いておいた両手が少し震えた。僕はその震えが上半身に伝わらないように力を込める。
「なぜですか?」
「グリフォンにメスもオスもない。アマゾネスの食料になるのがオチだ」
「途中まででいいので....」
「悪いな。無理だ。我々もグリフォンを無駄死にさせる分けるわけにはいかない」
小柄な男が席を立って奥の部屋に消えた。最悪だ。こんなにもあっさりと断られるとは
アマゾネスの里に向かうにはグリフォンが必要だ。それ以外の方法となると僕らには難しい。いや必す誰かが死ぬかもしれない。
しばらくその部屋に沈黙と焦りの感情が漂った。時間が流れるのが早く感じる。そして耳に自分の心拍の音が響く。
「大丈夫?」
エレナが僕の前に顔をのぞかせた。かなり心配そうな顔をしている。
僕はめいいっぱいの笑顔を見せる。少し嘘くさいかもしれないがこれが一番いい方法と考えた。
さて、どうするべきか。いやもう答えは出ているか。アマゾネスの里に行く方法は2つあって、1つはグリフォンに乗って空の上から行く方法。これが一番安全だ。アマゾネスの里で僕とオルがどうなるかわからないが一応手紙もあることだし大丈夫だろう。
もう1つの方法はラビュリンスの迷宮というのを使って行く方法だ。
これは一番最悪な方法だ。ラビュリンスの迷宮とはミノタウロスを閉じ込めるために作られた迷宮だ。この地球上の地下全てに張り巡らせられている。しかしそこには多くの魔物が住む。そして今だに何もわかっていない。日々その迷宮は動き続けているからだ。図書館の文献にもラビュリンスの迷宮について書かれていることはゼロに等しい。唯一、ただ一つだけ書かれていることといえばこれくらいだ。
”死の迷宮”
これはラビュリンスの迷宮の二つ名だ。一度入ると出られない。
これを聞いて誰も行きたいとは思はないはずだ。だがこれ以外の方法がない。
「ねぇ。どうするの?」
僕の頬を冷えた汗がツーっと落ちた。僕の皮膚の周りに緊張が滞る。鳥肌が立ってきた。
「ラビュ........」
「あの〜。みなさん。これ、どう.....ぞ?」
僕らの輪の中に突然フードで顔を隠した小さな子が現れた。手のお盆の上にはいくつかの丸いものが置いてある。見た所、食べ物みたいだ。
「お父さんが、すみませんでした。こんな山奥に来てもらったのに....せめてゆっくりしてください」
「どうもありがとう」
僕はその子からそのお盆を受け取る。その時少し手が触れた。驚いた、獣人の子だったのか。ふわふわとした毛並みが僕の手に触れた。
少しくすぐったいな。
しかし、どうしてここに獣人の子がこんなところにいるんだ?さっき話した人は明らかに人間だったのだが。
「お、これ結構おいしいな。なんだろこれ」
「ほんとだね、なんだ......ろ?」
オルとアナがさっきもらったものをもう食べている。全く呑気なものだ。二人とも。
僕らは一旦席に着く。
ギギギ!と椅子が床と擦れて嫌な音がした。
僕も机の上にある食べ物に手をつけた。日本のお餅によく似てる。中に入ってるのは....豆かな。甘さの中に塩気があっておいしいな。結構好きだ。
「港..にい」
ネミルが僕の服の袖をクイクイっと引っ張った。なんだ?少し怯えている。
「あの子.....血の匂い...する」
「は?」
遅かった。首を回して確認したが、小さな子がいたところには誰もいない。あるのは獣の足跡の形に割れた木の板だ。
僕は立ち上がり机に立てかけて置いた日本刀の刀を抜く...が、うまく動けない。僕は地面に唾を吐く。目の能力で見ると唾の中にに筋弛緩剤の成分があった。おそらくさっき食べたやつだ。警戒しておくべきだった。
僕はクルッと体を回し背中から地面に落ちる。そして大きく目を開く。しかし、さっきの子は見当たらない。
ガタガタガタ!と地面に何かが一斉に落ちる。顔を傾けるとアナとオルがすでに倒れている。目が開いているから意識があるみたいだが動けないみたいだ。
食べてないのはネミルだけか。これはまずいな。
喋れる時に喋っておかないと!
「ネミル!!逃げろ!!」
「や!!!!」
ここで殲滅はしたくない!!
「きゃ!離....して!!」
ネミルのことをフードを被った背の高い人が抱え上げた。顔が見えない。一体誰だ?
「ネミル。久しぶりね」
「誰!!しら...ない!!」
「全く、無礼な子に育ってしまったな」
が!!
僕の腹に目に見えないほどの速さで蹴りが入った。壁まで吹き飛んで背中から思いっきりぶつかった。ガラスがギシ!っと軋んだ。口から血が垂れる。これは内臓をやっているかもしれないな。
「お前、ふざけたことをしてくれたな」
「港!!!」
エレナが僕の方にずりずりと体を進める。
クッソ。めちゃくちゃ痛い。
「協力に感謝するぞ、店主よ」
ギギギ!と後ろの扉が開き、1人の男性が出て来た。さっき話した人だろうか。とても怯えた顔をしている。
「娘は.....」
「餌小屋にいる。金はここに置いておくぞ」
ガシャ!と机に大きな袋が置かれた。そして袋から何枚かの金貨が落ちた。クッソ。金で買われてたか。いや、娘さんを人質に取られてたか。
「きゃ!」
「貴様は、エレナ・バン・ヘルで間違いないな?」
「やめろ!!!!」
エレナの髪の毛をぎゅっと掴み、無理やりエレナのことを持ち上げ顔をのぞかせる。
僕は日本刀をそいつの方に向ける。クッソ足が動かない。僕は左手で上半身を起き上がらせて日本刀を刃先を向ける。
「ほう。まだ動けるのか」
背の高い人がふフードを脱いだ。そこにはネミルと同じような毛並みをした獣人がいた。
「そういえばお前、アマゾネスの里に行こうとしてんだってな」
獣人が僕の日本刀を蹴飛ばし、ガスガスと転がして扉の前まで運んだ。しかし、なぜそのことを知っている?言葉には大していないはずなのに。
「やっと薬が効いたか。さて、お前をどうしようか。主人の命令だと消さなきゃいけないんだ」
獣人がエレナを地面にどさっと置いた。もう声も出ないみたいだ。ただただ、恐怖に染まった顔が見える。
「俺たちの主人によるとお前が一番危険なんだよ」
獣人がポケットから髪を取り出しドアノブに貼り付けている。
最悪だ。ラビュリンスの迷宮に行くために使う魔術紙だ。
「殺して冥府に行くとハデスが何をするかわからないみたいだからだって」
ギギギギギギ......と扉が開いた。オオオオォォォォォォ.........と真っ黒にそまった道が現れた。ラビュリンスの迷宮だ。ツゥーーーっと汗が垂れる。
「閉じ込めるにはここだよな」
獣人が楽しそうに準備を始めた。僕のバックを迷宮の方に投げ入れ、日本刀を鞘に収め、投げ込んだ。カン!と鞘の落ちる音が迷宮に響く。
「そんじゃ、頑張れよ」
僕の脇腹に足を置いてグイっと蹴って押し出した。僕の体が迷宮の中に入った。
ギギギとまた大きな音を立てながらドアが閉まり始めた。
ドアの隙間からエレナの顔が見える。
恐怖で顔が引きつっている。僕はその恐怖を取り除こうと笑おうとするが顔が動かない。もう本能的に気がついているのかもしれない。この状況の恐ろしさに。
ガン!と扉が閉まり、僕の視界は漆黒の闇に包まれた。




