第三話 ラミア
「見苦しいところを見せてすまなかったな」
「いえ。私たちが悪いんです。お気になさらないでください」
僕らはゲルの後を続いて階段を上がる。彼の歩くスピードは結構遅い。ご老体なんだから当然か。
魔術師の世界には大きく2つのグループがあり。簡単に言うと女性グループと男性グループだ。そして2つの派閥はとても仲が悪い。原因は15世紀、ヨーロッパで行われた魔女狩りだ。
事の発端は1人も女性魔術師の善意から始まった。
ある日その女性が乗っていた馬車が村の中を走っていたところ、少年を轢いてしまった。少年の足は折れ曲り、血が垂れていたと言う。それを哀れに思った女性は少年の足を魔術で治した。しかしその少年は感謝することなく、彼女に恐怖した。なにせ目の前で骨や肉がひとりでに動き出し瞬く間に怪我が治ってしまったのだから無理もない。
その話が王都の貴族に知れ渡ると彼らはその少年と同じように恐怖した。平民の間にもその話はすぐに伝わり人々はその恐怖をなくすため彼らは彼女を捕らえて殺した。しかし他の魔術師たちは彼女のことを助けなかった。彼女が魔術を知らない人間に対して使ったからだ。それは魔術師の掟で禁止されていた。
しかし、これをきっかけに人々はいろいろなことを魔術のせいにした。疫病、戦争、天気、作物の実り。そこで彼らは魔女狩りを始めた。女性の魔術師たちは次々と捕らえられ、殺された。しかしそれは女性の魔術師だけだった。男性の魔術師たちはそのすきにこの酒場を作り隠れた。
女性魔術師たちはというと大航海時代に南アジアを探検したスペイン船に乗り込み、アマゾンの奥地に隠れ家を作った。そして名前をアマゾネスに変えた。
これが理由だ。どちらも悪いとは言い切れない。男性術師からすれば掟を破った彼女たちが悪い。女性魔術師からすれば、掟はたった1人が破った。それになぜ私たちを見捨てた。
しかし、僕らかすればどっちもどっちだ。どちらかといえば、自分にできる最善を尽くしたら殺された彼女の方がかわいそうだ。
「座ってくれ」
「失礼します」
僕らは大きな部屋に通されて、椅子を用意された。ラユラさんが始めに椅子に腰掛ける。それを合図に僕らも椅子に腰掛ける。お屋敷とかにあるような長細い机を前に僕らは横に並ぶ。
目の前のゲルが葉巻を口にくわえ火をつけた。真っ白な煙がゲルの口から漏れ、漂う。
「わざわざ来てもらって悪いな。エドから君たちがアマゾネスの里に向かうと聞いてな。これを届けて欲しい」
ゲルが机の上に真っ黒の封筒を置き、僕らの方にスーっと飛ばした。”ゲルの手紙”。誰に対してかは見えなかったが見ないようにしよう。彼に対して失礼だ。
「わかりました。いつもの方ですね」
「そうだ。毎度悪いな、ラユラ君」
いつもの方とは誰だろう。あとで聞いてみるか。
「それでだ。次は君たちの頼みを聞こう」
ラユラさんが僕の方を向いた。あ、僕の番か。
「僕らの頼みは、アマゾネスの里までの最短ルートかつ安全なルートを教えてもらいたんです」
「なるほどな。君たちは今、エキドナを敵に回しているんだっけな?」
「はい。そうです」
ゲルが少し考え込む。
「ならば海路でではどうだろう。アマゾン川まで直接行けるが」
「そうしたいのは山々なんですが。武器をどう持っていくかが問題なんです。なにせ何日間も機能する”隠蔽”魔術がないんですよ」
「なるほどな。それほど高価なものを私たちもタダでは渡せないしな」
「いくらあれば買えますか?」
「一枚、金貨100枚は必要だ」
僕は財布袋の中身を見る。全く足りないな。どうしよう。
「よし。空路でいけ。私の知り合いにグリフォン使いがいる。私から彼に頼もう」
ゲルは後ろで待機していた店員に声をかけた。すると店員が一枚の紙と大きめのハンコを持ってきた。
「これを見せれば少しは優遇してくれるだろう。少し気難しいやつだからくれぐれも無礼がないようにな」
「ありがとうございます」
僕はその紙をラユラさんに渡す。
「それでだ。ここからは私からの頼みだ。聞いてくれればもう一つ頼みを聞いてもいい」
「なんでしょう」
「この女を探して欲しい」
ゲルは一枚の写真を机の上に置いた。女性の写真だ。ん?どっかで見たような顔だな
「理由を聞いてもいいですか?」
「悪いな、それを言うことはできない」
少し危ない気がする。理由を言えないのが怪しすぎる。今回の任務で不必要なリスクを増やしたくはない。だが。
「名前だけでも教えてもらえませんか?そうすれば三ヶ月前の彼女の居場所ならわかると思います」
図書館の情報に乗ってさえいればわかる。だが一体誰だ?情報もただの”写真”しか入ってこない。もっと細かく見てしまうとインクの製造メーカーの名前が出てくる始末だ。
「彼女の名前は......」
バン!と突然扉が開いた。さっきエレナに抱きついていた小柄な男がそこにいる。なんだ?彼の顔が少しテカテカしている。なんであんなに汗かいてるんだ?
「ボス!あいつが..........!!!!」
「ちょっと静かにしなさいよ」
彼の首が床に落ちた。少し遅れて胴体も膝から地面に落ちた。首から血が給水機みたいに出ている。
僕らはその瞬間に立ち上がりSIG SAUER P226を構える。僕は彼女の顔を見て目を疑った。彼女はゲルが見せてきた写真の女だ。それに、僕がほんの数時間前に助けた聖職者の女の人だ。
「久しぶりね。ゲル。あ!さっきはどうもありがとう。君たち。おかげでここがわかったわ」
彼女は僕らの方に近づく。ピチャピチャと水が垂れている。なんでそんなにビショビショなんだよ。いや、そんなことよりも子供たちはどうした。
「全員ここから逃げなさい」
ゲルが僕らの前に立ち、手に火の玉を作り出した。すごいな。あんなに大きな火の玉を出せるのか。
「逃すわけないじゃない。ここで死になさい」
僕はオスカーの方を見る。あ。戦うときの目をしている。こうなっちゃオスカーを引き連れて逃げるのは無理かな。
僕らはジリジリと彼女を囲むように距離を詰める。
「ママー。終わったよー」
突然、さっきの子供達が彼女の後ろから現れた。手や服が真っ赤なのは気のせいか?
「全員殺せたかい?」
「何人か、バシュ!って逃げちゃった」
「そうかい、そうかい。よく頑張ったね」
こいつ。子供に殺させたのか。ということはさっきまで酒場にいた彼らは全滅か。
「あ!お兄ちゃん!さっきはどうもありがとう!お礼に殺してあげる!!」
子供達が両手を僕の方に向けた。その瞬間、彼らの手から火や水や雷などが出て僕の方に迫ってきた。
「港!」
オルが僕を後ろのに引っ張って僕と場所を入れ替わった。それと同時に火柱が現れて、攻撃を燃やしていく。
「ママー。お兄ちゃんたちも魔法使える〜」
「下がってなさい。ママがあのお兄ちゃんたちを殺してあげるから」
わーーーーい!!と子供達が騒ぎ出した。なぜ彼らは魔法が使える。彼らの手に魔術紙もないし、使った痕跡すらない。それに彼らは人間だ。
「少し本気を出そうかね」
彼女の体が変形し始めた。両手から爪が伸び、口からは牙が生え、両足が蛇になった。
「ラミア。今の彼女の名前だ」
ラミア。ゼウスの恋人だった人だ。ゼウスの妻、ヘラに下半身を蛇に変えられ、一生眠ることができない体になってしまった怪物でもある。そして、他人の子供を殺しまわる。
「彼女は神話に出てくるラミアではない。彼女の本当の名前はゼグ・ウェルシュ。私の娘だった」
は!?なんかもう色々わからなくなってきたな。ということはなぜ彼女の体はあんな化け物なんだ!?もうわからなくなってきたよ。
「その名前を呼ぶな!!!!!」
ゼグが地面に水を流し、その上に電撃を走らせた。だがゲルがその水を蒸発させ、雷電を防ぐ。部屋の中の気温がどんどんと上がる。湿度がやばい。
「港。逃げるぞ!!」
オスカーの声が後ろから聞こえた。後ろを見るともう1つの扉の前にいる。
「わかった!!」
僕は銃を向けながら後ろに下がり扉を目指す。ものすごい戦いだ。火、水、電気がぶつかり合っている。ゲルの動きはさっきと比べ物にならないくらい早いがもう息が上がっている。この密閉空間で火を使うのはあまりにも危険だ。
「港、早く!!」
隣の部屋にはトランクボックスがあった。その中に下半身を入れたエレナが手を伸ばしている。手を伸ばしてエレナの手を握ったと同時に僕はトランクボックスに引き込まれた。
〜〜〜
バシャン!僕は水面に顔を出した。なぜかトランクボックスは水の中にあって出た瞬間に水を結構飲んでしまった。
「港。大丈夫?」
「大丈夫。他のみんなは?」
「それがわからないのよ。全く見当たらないし」
僕も辺りを見渡して見るが他のみんながいない。あるのは何隻のも小さいボートと燃える小屋だけだ。近くに誰か。
「港!!」
どこからかボートのエンジン音が聞こえてきた。音のした方を見ると小さめの漁船にオスカーたちが乗っている。
「エレナ。僕に抱きついてくれない?」
「え?こんな時に何言ってんの?」
「そうじゃなくて、オスカーに引き上げてもらう時一緒の方がいいじゃん。それに」
僕はボートの浮かんでいる方を指差す。
「敵が来てる」
さっきの子供達がボートの中からわんさか出て来た。まるでマジックショーみたいだ。
「乗って!」
僕らの周りにあった水が押しのけられて体が浮いた。アナが風で持ち上げてくれたみたいだ。
「全員船体に捕まっておけよ!」
オスカーがエンジンに手を置いた。すると手から電気が溢れ、エンジンが爆発する勢いで動き出した。
「行くぞ!!」
船の先端が少し浮いて船が進み始めた。プロペラがすごい勢いで回って水を吹き飛ばして行く。
『グオオオオオオオ!!!!』
湖から大きな水しぶきが上がり、大きな海蛇が顔を出した。おでこのあたりをよく見るとゼグの顔が見える。一体、彼女はなんなんだ?
僕らは海に向かって船を進める。




