第十話 失ったもの、得たもの
目が覚めた。いや本当に覚めたのか?ここどこだ?
僕は今、暗闇の中に1人でいる。周りには何もない。初めに疑ったのは”転送”魔術に失敗だ。だが思い出してみたら”転送”魔術に失敗した場合、一番近くの転送石のところに飛ばされるらしい。あの”墓場前”という転送石につかなかったってことは可能性はゼロだな。ミルルもいないし。本当にここはどこだ?
「やっと目が覚めたか、待ちくたびれたぞ」
後ろから声がした。振り返って見るとローブを着ていて手に槍を持った男があぐらをかいて畳の上に座っていた。いつのまに畳が...なんかお茶もあるな。あれ?よく見ると片目がない。誰だろう。
「どなたですか?」
「そんなにかしこまらんでいい。我が名はオーディン。お前の親ということになっている」
オーディン!なぜこんなところに。てゆうかほんとにここどこ?
「ここはどこですか?」
「ここはお前の夢の中だ。私が”潜入”魔術でお前の夢の中に入り込んでいる」
なるほど、ここは夢の中ってわけか。色々な記憶が頭の中をよぎった。
「ミルルはどうなりましたか?任務もどうなりましたか?あと僕は学校につけたんですか?他のみんなはどうなりましたか?ゼルトさんは?エキドナの狙いも聞かせてください!」
「落ち着け、そんなに一気に質問してくるな。まずはこちらに来い。お茶でも飲みながら話そうではないか。菓子もいるか?」
オーディンが指パッチンすると和菓子がいくつか出てきた。
どうなってるんだ!?何をどうしたら指パッチンでお菓子が出てくるんだよ!
「ここは夢の中だぞ?なんでもできる。試しにお前もやってみたらどうだ?」
なんで僕の思考がわかったんだ?
「わしは全知全能の神だぞ、厳密には戦争と死の神でもあるがな、わしにはなんでもわかる」
僕は何にもわからないぞ?
「いい加減、喋らんか。めんどくさいんじゃ思考を読むのは」
「すみません」
僕も指パッチンしてみる......が何も出ない。ん?どうすればいいんだ?
「指パッチンしても出ない。指パッチンはただの飾りだ。頭の中でイメージすれば出てくる」
なるほど。頭の中でイメージしてみる。ほんとだ羊羹が出てきた。少し食べてみる。おぉ、美味しいな。それに多分僕はこれ1回食べたことあるな。
「それはそうだ。それはお前の記憶から作られているからな」
どうりで日本のものが多いいわけか。
僕はオーディンに近寄っていく。近くで見ると少し老けている気がする。60歳くらいか?
「歳はもう忘れた。緑茶とほうじ茶どっちがいい?」
「緑茶でお願いします」
トポトポトポと音を立てて緑茶が注がれた。いい音だ。水の流れる音と似てて結構好きだ。
「始めの質問から答えていくと、お前は一応学校にはついた。ミルルという吸血鬼の少女も無事だ。だがお前は血を失いすぎたせいで今、気を失っている状態だ。お前と同じ私の子もいないからな、輸血もできないんじゃろ。時間が経てば目を覚ますから安心せい。任務は成功し、お前の仲間も無事だ。ゼルトというやつはエキドナとともに消えた。あいつはお前たちを裏切ったと考えるべきだ」
やはり裏切られたのか。少しの間一緒にいただけでも悲しくなるものだな。
「さて、ここからが本題だ。お、これおいしいな」
オーディンが和菓子を食べながら話を始めた。マイペースな神様だな。
「お前の聞いてきたエキドナの話だが、奴らの狙いはテュポーンの復活させて神々を滅ぼすことだ。コソコソと行動していてあまりわからないが、敵の数は多いと考えたほうがいい。おそらくこの3年以内に大きな戦争が起こると私は予想する」
戦争、あまりいい響きではない。
「それで僕に何をしろと?」
「テュポーンの復活を防げ」
ずっしりと響く男らしい声がした。
「一体どうしろというんですか?」
「無理を承知で言っている。だがな、もしもテュポーンが復活して戦争が始まれば人類は間違いなく滅びてしまう」
「もうすでにそのことは知れ渡っていますか?」
「学校にはもう連絡済みだ」
僕は少し考え込む。話の展開が早すぎて理解ができない。
「神々全員でテュポーンを倒せばいいんじゃないですか?」
「それは不可能だ。我々の存在は人間界に収まりきらない。逆に世界を壊してしまう」
なんてことだ。それじゃあ、僕らの力だけで戦わなければならないということか。昨日みたいな化け物たちと。
「少し気になるんですけどいいですか?」
「なんだ?」
「阻止しろと入ってますけど、どこにいるんですか?」
「イタリアの近くの島、シチリア島の下にいる」
「それともう一つ、なんで僕にはオーディン様と同じように思考を読む力がないんですか?」
「それはお前の肉体の問題だ。神血は神の体に流れて初めて真の能力を発揮する。だがお前の体は人間のものだ。だから神血が思うように力を出せていないんだ」
なるほど。
「それと、お前は運がいいな。私の能力3つ持っているんだな」
3つ目?そんなの本にも書いてなかったと思うんだが。なんの能力だろう。
「すみません、身に覚えがないんですけど」
オーディンが不思議な顔をして、僕の肩に触れた。ごつごつしているな。
「なるほど、最近目覚めたのか。それなら知らないのも無理もない」
「なんですか?その僕の三つ目の能力って」
「三つ目の能力は”死せる戦士の魂”という能力だ。私が作り出した軍隊の兵士たちを呼び出せるというものだ。彼らは肉体がなく骨だけだが戦力としは十分機能する。今のお前の力だとせいぜい5人か6人くらいだろうが訓練次第では5000人くらいまでは呼び出せるはずだ。地面に手をつけて念じれば出てくる」
僕にそんな能力が目覚めたのか。ちょっと嬉しいな。
「ありがとうございます」
周りが白くなりだした。なんだろう。
「おっと、もう時間か。それじゃ頼んだぞ」
周りがぐにゃりと曲がり始めた。オーディンの顔も歪んでいる。
「何が....」
「くれぐれも女を泣かせ過ぎるなよ」
オーディンが微笑むと、僕は後ろに引っ張られたかのようにオーディンから遠のいた。
〜〜〜
目を瞑ると、目を覚ました。ゆっくりとではなく、素早く瞼をスライドさせて眼球に光を取り込む。今度は見たことある場所だった。前にオスカーに気絶されられて運ばれた保健室だ。
「やっと目覚めたか。港」
頭の上の窓のふちのところに、白猫がいる。日光浴でもしていたのだろうか。
「やっと目覚めました。白猫さん」
「そうかい、それじゃ私は戻るよ」
白猫が窓のふちから床に降りた。
「ちょっと、待ってください。神様から何か連絡ありましたよね」
「そうだな、三日前にな。もうすでこの学校中に知らせてある。あんたが一番じゃないよ」
「そうですか。ん?僕三日間も寝てたんですか!?」
「あぁ、人間の体で神血を作るのには時間がかかるんだよ。あんたの場合、幻獣に切られた時に血を流しすぎたね」
「そうだったんですか」
時計を見てみる。午後の3時か。みんな今どこにいるだろう。
「港、エレナとミルルに礼を言っておくんだよ。さっきまで寝ずに看病してたんだから」
「今どこにいますか?」
「2人とも隣のベットで寝てるよ」
白猫が左側を尻尾で指した。
僕は起き上がって隣を見てみる。二人ともそこにいた。寝顔、二人ともかわいいな。
「それじゃ、私は行くからね」
「どうするつもりですか?」
僕はもう一度白猫を呼び止める。
「どうするつもりって?」
「テュポーンについてと、この学校から裏切り者が出たこともです。どうするつもりですか?」
「裏切り者に関してはもう大丈夫だ。おととい検査した。まあその検査の前に全員に逃げ出されていたがな」
「何人くらいいたんですか?」
「ざっと1/4くらいいたらしい。お前がこの学校に戻ってきた日に全員逃げ出した」
「そうでしたか」
確かこの学校の生徒の数は大体800人のはずだから200人に逃げられてたということか。かなりの痛手な気がする。残り600人でテュポーンの復活を防がなければならないのか.....できるか?もしも僕が三つ目の能力を最大限使えるようになったらいけるか?
「白猫さん、何人くらい必要ですか?」
「何にだ?」
「テュポーンですよ」
「わからない。実際のところシチリア島にはケンタウロスの群れが監視として住み着いてな、彼らから救援の要請がない限り大丈夫だが。敵が大軍で攻めてくるのは確かだ」
とんでもないことを押し付けてきたな、神様たちは。どうすればいいのだろうか。ん?でもじゃあなんでミネルヴァさんはここに入れてるんだ?
「白猫さん、僕さっき神は人間の世界に来れないって聞いいたんですけど。じゃあなんでミネルヴァさんはここにいられるんですか?」
「細かくいうと、神は本当は人間界に来ることはできる。だがもしも来るなら能力を使えないようにしなければならない。もしも能力を封じずにこちらにきた場合、この世界では能力の影響は甚大な被害をもたらす。下手したら滅んでしまう」
やっぱり神様に頼ることはできないな。自分たちでなんとかしなければならないのか。
「そう気張るな、港。明日、この学校の先生、生徒で会議を行う。その時にもう一度考えればいい。今はゆっくりやすめ」
白猫が後ろを向いて歩き出した。
僕はエレナとミルルのベットの間の椅子に座った。2人ともスヤスヤと寝ている。
試してみるか。僕は右腕を地面につけ能力を発動する。地面がメキメキと音を立てて、一体の骸骨が現れた。手には盾と短刀を持っている。不思議なことに骨が真っ黒だ。
カカカカと顎を震わせて音を立てながら僕の方を上から覗いている。不気味な骸骨だな。骸骨は全て不気味か。見た所、目はないけど僕のことは見えているみたいだ。僕が顔を左右に振るたび顔が少し動いている。
「回れ」
骸骨の兵士が右回りで回り始めた。おぉ、すごいな。
「キャアーーーーー!!」
「キャキャキャキャキャキャ!」
エレナが目を覚ましたみたいだ。そんで僕が呼び出した骸骨に驚いている。そして骸骨もエレナの方を向いて笑っているのか?脅かしている方が正しいのだろうか、なんか奇声を発している。
「戻れ」
骸骨が地面に戻って行った。何かもの足りそうな感じだったな。
「港?」
「おはよう、エレナ。看病してくれてたんだってね。ありがとう」
エレナが目をパチクリさせて目をこすった。僕の存在を本当だと思ってないのかな。
「港にい!」
「うお!」
ミルルも起きたみたいだ。僕の背中に抱きついてきた。
「おはよう、ミルル。ミルルもありがとうね」
ミルルが背中に顔を擦り付けている。くすぐったいな。
何かが僕の胸に当たった。前に顔を戻すとエレナが僕の胸に顔をつけてた。心臓の鼓動が早くなる。エレナに聞こえていないか心配だ。
「どうしたの?エレナ」
僕はできる限り冷静に話しかける。脳内はパニック状態だが。
「怖かった」
エレナが小さな声で喋った。
「大丈夫だよ、エレナ。僕はこの通りピンピンしてるよ」
「でも右手がぐちゃぐちゃだったんだよ!?そんで肩のところから血がドバドバ出てたし。死んじゃうんじゃないかと思って」
エレナが顔をあげて僕の顔を見る。そして僕と目が合う。エレナの目がとても潤っている。今にも泣き出しそうな目だ。
「ごめんね。エレナ。でももう大丈夫だから。心配してくれてありがとう」
「ん」
エレナが僕の胸から顔を話して両手を広げた。何をして欲しいのかはなんとなくわかったが、恥ずかしくて自分からいけない。少しキョトンとした顔を意識して作る。
エレナが少しため息をついた。やらかした。プライドを捨てて自分から行くべきだった。
「ねえ。港ってハグ嫌いなの?」
「いや別にそういうわけじゃないけど...」
「ならほら!」
僕はぎこちなくエレナに抱きつく。暖かくて、柔らかくて、ちょっといい匂いがする。
「エレナねえ、ずるい!変わって変わって!」
「やーだ。もうちょっと待ってよ」
ミルルとエレナがなぜか僕を奪い合っている。ちょっと嬉しいな。
「邪魔してもいいかな?君達」
いつのまにか後ろにミネルヴァさんがいた。
「港君、青春を謳歌するのは構わないが、間違いだけは犯すなよ?」
そんなにやけながら言われても説得力がないな。
「それと君達。ミルルちゃんについてなんだけど」
何か嫌な予感がする。
「なんですか?」
「ねえ、ミルルちゃん」
ミルルが僕の背中に隠れる。手が震えている。
「港にいとエレナねえ、どっちのお家にこれから住みたい?」
「エレナねえ!」
即答でエレナかよ!いつのまにそんなに仲がよくなったんだよ。
「あ!、でも港にいが嫌なんじゃないよ?エレナの方がいいなって思っただけで」
「ブッ!」
ミネルヴァさんが口を押さえて笑いをこらえている。嫌な人だな。
エレナ、ありがとう。でもそれフォローになってないよ。
「それじゃあ一緒に帰ろっか、ミルル」
エレナまで僕を見て笑ってるよ。2人が出口に一緒に歩き出した。出口に差し掛かった時。ミルルがなぜか止まった。
「港にいも。一緒に」
かわいい。悲しい気持ちが一気に吹き飛んだ。
「ちょっと待ってな」
僕はベットの横に置いてあった、日本刀を手に取る。久しぶりに触れたな。
僕はエレナたちの方に小走りで向かう。出口の前で2人が待っている。2人とも笑顔だ。こんな日が毎日続けばいいと思った。
それと同時に僕はこんなを日々を守ろうと心に決めた。




