第四話 君の笑顔に救われた
あっという間に二週間が過ぎ、出発の当日を迎えた。
僕は浜辺にいる。なぜかわからないが集合場所がここと書いてあった。こんなビーチがあったとは驚きだ。近くに難破船があって少し不思議な雰囲気のビーチだがいいところだと思う。もしも夜じゃなかったらもっといいところだと思う。
「おはよー、港。他のみんなは?」
後ろからエレナの声がした。見た所、眠たそうだな。
「おはよう、エレナ。オスカーとラユラさんはさっきまでいたんだけどどっか行っちゃったよ」
「そうなんだ」
エレナが砂浜に荷物を置いてその上に座る。僕も同じように座る。
しばらく海を眺めているとエレナが話しかけてきた。顔を下げている。緊張してるのかな。
「ねぇ、港。港は吸血鬼を助けることに何も感じないの?」
「感じるというと?」
「そう。港は、その.....友達を吸血鬼に殺されたんでしょ。だからこの任務やりたくないんじゃないかと思って....」
少し間を開けて僕は答える。
「それはないよ」
少し嘘をついてしまった。実際はあまり乗り気ではない。もしも捕まっている吸血鬼が僕の恨んでる奴らだったら絶対に殺そうとするだろう。
「嘘、だよね」
エレナが真剣そうにこちらを見てきた。なんで見抜かれたんだろう。
「本当のことを言って欲しいの、港。私はあなたのことを全然知らない。白猫に頼んでも教えてもらえなかったの」
それもそうだ。僕が白猫に頼んだからだ。だけど僕だけエレナの秘密を知っているのもおかしいか。
「本当のことを言うと、あまり乗り気ではないよ。前に友達だけって言ったけど、実際は僕の姉も殺されてるんだ。それも目の前でね」
思い出したくもない記憶だ。だけど能力のせいで鮮明に思い出せる。姉の苦しむ声、吸血鬼の顔、口についた姉の血、死体の腐敗臭。
エレナの方を見ると、とても驚いている。まだ言っていなかったから当然か。
「それじゃ、なんで私を助けてくれてるの?おかしいよね、絶対に。吸血鬼の子って呼ばれてるんだよ、私。実際、私は吸血鬼に育てられたんだよ?それに私は吸血鬼のことを恨んでない、家族のように思ってる.....私を騙したの?」
やばい!やばい!、それは違う。誤解を解かないと。
「それは絶対ない。僕はエレナのことを助けたくて助けてるんだ。その感情に偽りはない!信じて欲しい...」
エレナは口を聞いてくれない。それどころか下を向いて僕と目すら合わせてくれない。
これは僕のせいだな、絶対に。他人の秘密を知るだけ知って、自分のことを隠し続けてきたんだ。
今が僕についての全てを喋る時だ。
僕は緊張と恐れでこわばった口をゆっくりと開く。
「エレナ、僕について聞いて欲しい。決して隠してたわけじゃないんだ。ただ知られたくなくて...」
エレナはまだ下を向いていて返事がない。
僕は気にせず話を続ける。
「僕は神の子になって得た能力で、僕の両親のことを思い出したんだ。僕の両親は魔術関係の人間だった。彼らは、吸血鬼、獣人、魔獣、幻獣の研究をしていたんだ。彼らの体を解剖したり、麻薬で狂わせたり、生体実験なんか毎日のようにやっていた、それも僕の目の前で。まだ小さかったからよくわからなかったけど、今になってよくわかる。僕の両親はは人間と言える生き物ではなかった」
エレナはまだ下を見続けている。
「だけどある日、僕の両親はある魔術の家に捕まって、殺された。名前は知らない。彼らのしたことはとても正しいと思う。僕の知ってる限りの僕の両親が殺した、獣人、吸血鬼の数は合わせて124人、魔獣、幻獣に至っては数も数えられなかった。その後、僕は孤児院に入れられて、今まで姉だと思っていた人に引き取られて育てられた」
僕は肺の空気を全て入れ替えるかのように深く、深呼吸する。
「僕は両親の犯した罰を償うために君を助けた。でもこれは仕方なくではなくて、僕が決めて、僕が君を助けたいと思ったから助けたんだ。決して嫌でやってはいない。それだけ信じて欲しい」
僕はエレナに向かって深く頭をさげる。下げている時、なんで土下座しなかったんだろうと少し後悔した。
海の波の音だけがその場所に漂う。
「ありがとう、港。正直に言ってくれて」
「全くだよ、正直に言わなかったら、細かくして魚の餌にしてたところだよ」
顔を上げるとそこには白猫がいた。煮干しを加えている。どこからきたんだ?
「なんで、白猫さんが..」
「前に、エレナと話した時に、お前のことを教えてくれと相談されてな。その場でお前について教えようと思ってんだが、前に言わないでくれと頼まれてたしな、だからお前自身に語らせることにしたんだ。どんな気分だ今?」
どうなんだろう、自分のことを他人に話したことがなかったからよくわからないが、胸のあたりが少し軽く感じる。
「でも、なんで僕が正直にいったことがわかったんですか?」
「それは、これのおかげ」
エレナが一冊の本を見せてきた。思い出してみるとわかった。その本は僕についてかかれたページがある本だった。これも僕が自分の過去を知ろうと思ったきっかけだ。
「港、私は君を信じるよ。そして君が私を助けてくれたように、私も君が困っているのなら助ける。だから泣かないでよ」
僕が泣いている?そんなバカな。僕は自分の頬を撫でる。そして手の甲を見てみるとそこには水滴があった。
どうやら僕は泣いているみたいだ。自分で泣いている自覚はないが。不思議と涙が出てくる。
「なんで泣いてるの?港」
「わからない。自分で意識せずに泣いたのは初めてだ」
エレナが膝立ちして、僕を抱きしめてくれた。普段ならもう少し焦ったり、卑猥なことを考えたりするんだろうが、なぜかそんな感情は湧いてこない。とても落ち着く。
「多分だけど、安心したんだと思うよ。自分のことを否定せずに受け入れられたから。私はそうだったよ。君に「絶対に守る」って言ってもらえた時、とても安心できたきたから」
とても心が穏やかだ、海風、波の音、草木がかすれる音、いろんな音が聞こえるはずなのに、何も聞こえない。
ただただ、エレナの体温を感じる。とても暖かくて安心する。しばらくこのままでいたい。
「お楽しみのところ悪いんだけど、出発の時間みたいだよ」
後ろから、アナの声がした。僕らはとてつもないスピードで離れる。アナの後ろにはオルもいた。オルは後ろでおでこを抑えている。やっちゃったよ〜って心の中で言ってそうだ。
「おい、港。言い残す言葉はあるか?」
目の前からバチバチ!という音が聞こえた。オスカーが全身に雷を覆ってこっちに迫ってくる。顔を見た限りめちゃくちゃ怒ってる気がする。いや確実に怒ってるな。
オスカーの歩いた後の砂浜が少し透明に見える。見てみると”ガラス”らしい。おそらく雷の熱で砂がガラスに変化しんたんだろう。
「おい!港。聞いてるのか!?」
やばい、こんな現象を考えている暇なんてなかった。どうしよう。オスカーの雷、見た限り即死の電圧だぞ!?
あたりを見渡して助けを求めるが、アナもオルの二人は難破船の後ろに隠れてる。白猫に至ってはもうどこかに行ってしまったらしい。校長のくせに、ひどい人だな。
「オスカー兄さん、落ち着いてよ、何にそんなに怒ってるの?」
エレナがオスカーをなだめているが、聞く耳を持っていないらしい。ラユラさんはどこにいるんだろうか。
「俺を倒してからって言ったよな?港」
倒してからなら昨日のってどうなるんだろう。
「それなら、昨日、僕、オスカーのこと倒しましたよね」
「そんなわけない....いやそうだったな!」
オスカーが笑いながらこっちにくる。この人、本当に感情の起伏が激しい人だな。ちょっと心配になる。
「いや〜すまんすまん。忘れてたわ」
オスカーが僕の肩を組んで大声で笑っている。声でかいなこの人。
「みんなー。海馬が連れてきたから行くわよ〜」
ラユラさんが海の中から出てきた。さてはあの人、海の中にずっと隠れてたな。
ラユラさんの奥に5頭の海馬がいる、1頭足りない気がするんだが。
「ラユラさん、1頭足りないと思うんですけど」
「大丈夫よ、オスカーは海馬に乗れないの。あいつゼウスの子でしょ。だから海には入れないのよ。入ったらポセイドンがうるさいから」
「どうやってくるんですか?」
「ペガサスに乗ってくるから気にしないで大丈夫よ」
そんなことがあるのか。神様の事情って大変だな。
「みんな、この紙、服と荷物に貼っておいて。貼っておかないとずぶ濡れになるわよ」
ラユラさんが2枚、紙を渡してきた。古代語で”空気層”と書いてある。つけた対象が水の中に入った時に発動する魔術だ。効果は空気の層を対象にまとわせて水を防ぐというものだ。おとといの授業で習った。
「つけたら海馬の手綱を体に荷物と一緒にくくりつけておいて。海馬から落ちたら大変だからね」
僕らは海に入って海馬に近寄る。海馬は言葉の通り海の馬だ。後ろ足のところに人魚みたいなヒレがついている。そのほかは普通の馬と変わらない。
僕は一番奥の毛並みが茶色の海馬を選んだ。そして背中のところに座って手綱を体と荷物にくくりつける。
「ねぇ、港。エレナと何やってたの?」
隣にいたアナが聞いてきた。その気聞き方はちょっとやだな。本当にアナの誰かをからかう時の顔が憎たらしい。見てていらいらする。
「慰めてもらってただけだよ、特に何もないよ」
「みんな乗ったね。行くよ!」
ラユラさんが海馬の腹のところを足で叩いた。海馬が海に潜って行く。
僕らも続いて海馬の腹を足で叩いて海の中に入って行く。
海の中はとても綺麗だった。月光が海の中を照らしてとても幻想的な世界だった。
エレナの乗った海馬が隣に来た。
「どう?初めての海馬は。楽しい?」
「結構楽しいよ。それとエレナ、色々ありがとう」
「どういたしまして」
エレナの笑顔を見てやっと気がつけた気がする。
僕はエレナのことが好きだな。異性を好きになることがなかったからよくわからなかったけど。
僕らは夜の海の中をイギリスに向けて進む。




