第3話「特許状」⑧
さて、我らが勇者・風間は、何をしていたか。
風間は、テニーと入れ違いで数名の従者と共に王都を離れた。
王太子・小イオタンは、驚いて、その訳を訪ねようとした。
しかし既に風間は、王都から旅立った後だった。
「ルピオ。
風間殿は、何のために王都から離れたのか。」
小イオタンは、不安そうにいった。
だが子供のルピオは、何も知らされていない。
「う~ん…。
俺には、ちょっと分かりません。」
小イオタンとルピオを見つめながらユービット公が言った。
「武人のけじめは、戦い以外にない。
風間殿は、テニーと戦う準備を始めているに違いあるまい。」
叔父の発言を受け、飛び上がりそうな勢いの小イオタンが叫んだ。
「逃げたのでは?
もしや。」
「そんなはずないよ!」
ルピオが金切り声でがなった。
小イオタンも勿論、風間を信じたい。
だがテニーは、怪物だ。
「テニーの態度を見れば分かるであろう。
彼も風間殿を待つつもりなのだ。
…ならば、こちらは、テニーの思惑に甘えよう。」
「風間殿が戻るのを、無期限に待つと?」
「あるいは、魔王軍と対面する諸侯が泣き付いてくるを待っておるのやも。
…むしろ、そちらとの時間の争いか。」
勇者・風間の沽券は、異世界からの救世主であるという一点。
神々の救いの手と銘打てば、誰もが喜んで持て囃すほどルーヴグリンは、穏やかではない。
テニーをある程度、苦しめるぐらいの立ち回りを見せねば諸侯も頷かないだろう。
ここまでくれば。
やおら八日が経った。
王都の市中では、テニー一行がすっかりと馴染んでしまっていた。
ほとんどの王都の女房や娘たちは、テニーに身体を許してしまった。
男たちもテニーの連れて来た女たちに誘惑されてしまった。
豪傑に感化され街路では、男女があられもない姿で乳繰り合った。
仕事もせず、昼間から酒や賭博に身を持ち崩す者も現れた。
王都全体が一つの魔窟と化してしまった様子に一部の人々は、苦々しい表情を浮かべた。
「陛下!
どうかお逃げくださいっ!
お味方は、総崩れ!
敵が目前まで迫っておりまする!!」
テニーは、劇場で即興の芝居を公演していた。
役者たちは、皆、男女とも裸。
しかも劇の進行と関係なく抱き合っている者たちが舞台の方々にいた。
テニーは、模造剣を片手に舞台上で絡み合う男女を跨いで歩き回った。
裸の男女が壁や柱、玉座などに扮し、その上に国王役が座っている。
「おお!
ヌアルサンよ!!
王都が敵の手に落ちようとしているのに、余だけが逃げられはせん!!」
「陛下、敵が来ます!!」
テニーがそういって舞台端から飛び出して来た男たちに向き合う。
男たちは、血眼でテニーに飛びかかっていく。
彼は、男たちを本当に殴り殺していった。
観客は、笑って歓声を上げた。
殺された男たちは、死刑囚だった。
テニーが王城の地下牢から引っ張り出し、劇のために見世物にしたのだった。
「こうなればヌアルサンは、陛下と共に!」
「おお、なんという忠義…!
私の愛しいヌアルサンよっ!!」
国王役の男がテニーを抱きしめ、唇を重ねる。
そのまま女のように国王役の男に愛撫され、全身を撫で上げられるテニー。
観客席から悲鳴のような絶叫が響いた。
興奮が最高潮に達し、観客同士もあちこちで抱き合い席の間に姿を消していく。
別の場所では、喧嘩が起こり、血が床や壁に飛び散った。
テニーの行動を監視している者たちは、ユービット公や小イオタンに、この騒ぎをどう報告するべきか毎度悩まされた。
「野蛮人め。」
監視役たちは、胸が悪くなるテニーの趣向に辟易した。
彼は、日に4時間ぐらいしか寝ない。
起きている間は、男でも女でも身体を摺り寄せ、鯨飲馬食、喧嘩に殺し。
そして王城に詣でてユービット公に僅かな時間、面会するだけである。
「どういう体力なんだ。
毎日、遊び続けて、あれだけ元気とは。」
「普通の人間では、勇者は、務まらぬのも道理よ。」
監視役たちが王城に戻ると大騒動が始まっていた。
「なんだ、なんだ?」
「とんでもないものが届いた!!」
廷臣や兵士たちが大騒ぎで王城を駆けずり回っている。
王太子・小イオタンがユービット公の待つ部屋に飛び込んだ。
「叔父上!」
「…お、おお。
王子。」
ユービット公の手には、書簡が握りしめられていた。
そこに書かれた内容は、風間が魔導士サーテオを殺害したという知らせだった。
しかも風間は、証拠としてサーテオの首を送りつけて来たのである。
「風間殿の書簡では、サーテオ殿…。
いやサーテオは、魔王軍と通じ、テニーと風間殿を対決させて共倒れにする計略を進めていたらしい。
今、風間殿は、サーテオと結んでいた魔族の武将を追撃しているとのこと。」
「な、なんですと!」
小イオタンは、息で胸を弾ませながら椅子に腰かけた。
「く、首は、まことにサーテオ殿の?」
「…ああ。
貴公は、見ない方が良い。
私とエルオロット殿で確認した。
間違いなくサーテオだった。」
ユービット公は、風間から送られた書簡を王子に手渡した。
そこには、魔族と密談していたサーテオの様子が書かれていた。
「…そこここに書かれた内容は、異世界から来た風間殿には、知り得ない情報ばかり。
サーテオと魔族の会話を抑えたのは、間違いないよう。」
「…もっと詳しく調べてみましょう。」
王子の提案にユービット公は、小さく頷いた。
「…しかし。
ああ、サーテオが死んだ後となっては、真実がどうあっても風間殿を擁護しなければ。」
「宜しいのですか?」
「サーテオは死んだ。
死んだ人間には、泥をかぶって貰っても仕方ない。
生きた風間殿は、魔王軍との戦いに活躍して貰わねばならん。」
叔父の言葉に若い王子は、困惑した。
それでは、正義は、どうなるのか。
「そんな!
風間殿の言い分を一方的に信じると!?」
「疑ってもどうしようもあるまい。
今は、戦時なのだからな。
…人の上に立つ身ならば。
王子も王位に就くことがあれば、心しなければなりませんぞ。
王の言葉が王国において真実。
現実がどうあっても、そうでなければ。
それほどの威信を持たなければ。」
サーテオと魔王軍の謀は、こうして潰えた。
あるいは、風間が勇者特許状問題を解決するために謀ったのかも知れない。
だが真実は、闇に葬られた。
オイディプスのような謎解きは、とどめておけ。
ルーヴグリン大陸は、まだ王が奴隷となり、盗賊が王となる乱世。
生きている者が真実を作り、死体が真実を告げる時代ではない。