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第3話「特許状」⑥




賢者サーテオがユービット公の書簡への返答に認めた腹案。

その中に勇者の候補として挙げられた三名の最後の一人がテニーである。


「サーテオ殿は、そのようにお考えですか。

 叔父上、その三名の名前をお聞かせください。」


王太子・小イオタンが叔父ユービット公に訊ねた。


「うむ。

 まずトリオリ伯は、譲れない。

 私も同感だ。


 しかし次のシバイは、意外だった。

 サーテオ殿がシバイを高く評価しているとは、知らなかった。」


「…シバイですか?」


小イオタンは、表情を曇らせた。

所在地や行動に不明な点が多く、魔王軍と結びついているという噂は、諸侯の間でも公然と議論されている彼だ。


「ここでは、明かせないがサーテオ殿の独自の調査によりシバイは、潔白であると書かれている。

 …サーテオ殿の知り得た情報を詳しく私も知りたいが、事情があるのだろう。」


ユービット公は、小イオタンに、そう答えた。

そして途端に固まる。


しばらく黙り込んだ叔父を若い王子は、対面の椅子に座りながら見守った。

暖炉マントルピースの薪が弾け、大きな音を立てる。

しかし二人の沈黙は続いた。


依然としてユービット公の両眼は、賢者の書簡に注がれている。

忙しなく瞳が左右に移動し、文章を何度も読み返し、同じ場所を行き交う。

やがて固く閉じた口がしびれを切らした。


「テニー。」


書簡を手にユービット公は、三人目の名前を口にした。

小イオタンも険しい表情で椅子の肘を掴む。

少年の眉がつり上がり、口元が固く噤まれる。


「サーテオ殿が推挙する三名の候補は、トリオリ伯、シバイ、そしてテニー。

 三人目は、テニーと書かれている。」


「…叔父上、サーテオ殿は、風間殿を含め、四名から我々に選ばそうとしているのでしょう?

 一先ずテニーを選考から外しましょう。」


小イオタンの言葉を聞いてもユービット公は、すぐには答えなかった。

ただ書簡をテーブルに置き、黙って考え込んだ。

少しの間の後、険しいままの表情で彼は、独り言のように応える。


「…特許状を取り上げた後、勇者は、諸侯軍に召し抱えさせよ、と。

 今までのような自由な活動を止めさせれば諸侯や都市ギルドも不満を取り除かれる。


 …だが諸侯は、勇者を自領の守備にのみ就かせるであろう。

 なれば、勇者という制度の肝心要の部分も崩れるのだ。


 なればこそ、最も戦力の著しいテニーは、制度上、そぐわしい。

 確かに。」


小イオタンも大陸の賢人サーテオの説く理について考えた。

なるほど勇者たちは、罷免後に自由に行動する遊撃隊としての役割を停止させ、各地の守備兵力に取り込むというのか。


その観点から言えばトリオリ伯は、父のサンファイル公の影響下にある。

もともと勇者という独立戦力としての性格に相応しくないのだ。


次にシバイは、中間の人選だ。

テニーより武勲に劣るが、トリオリ伯より勇者という制度に相応しい立場にある。

いわば妥協案であった。


これらを勘案し、サーテオは、テニーが強力な解毒薬であると提示した。

この薬は、効力抜群なれど慎重に処方しなければならない。

しかしだからこそ、薬棚から取り除くのも慎重に考えよというのである。




イオタン王と戦って敗れたワズール王には、娘が居た。

王国が滅びた後、王妃キャファイスは、幽閉された。


幽閉後、2年経過した頃だろうか。

キャファイスは、何者かの子供を妊娠する。


「父親は、何者なのだ。

 何者の仕業なのだ。」


イオタン王は、弟ユービット公と右腕エルオロットに訊ねた。

王国軍の司令官エルオロット将軍は、答える。


「兵士たちを厳しく取り調べておりますが分かりませぬ。


 キャファイス姫の身の回りを世話しているのは…。

 雇ったのは、老婆たちです。


 若い兵士が変装して近づけるとも思えません。」


「奇怪な。」


イオタン王は、宿敵の娘を思い浮かべた。

最後に会ったは、10歳の時である。

今は、12歳として分別もつかずに兵士の行為を受け入れたとでも?


「敵の遺族を凌辱したとなれば私の王としての面子にも傷がつくことだ。


 しかし起こってしまったことは、騒いでも仕方あるまい。

 私がキャファイス姫に会いに行け。

 そして話を聞こう。」


イオタン王は、キャファイス姫が幽閉されているチト村の古城に向かった。

大昔の戦いで使用された砦で王は、姫のために一部を改装工事させた。


「姫よ。

 貴公の父を殺した私を憎く思うことだろう。

 だが一先ず貴公のはらの子の安全は、確約せん。


 医師を遣わす故、身体を診せよ。

 心配、遠慮無用。

 何の危険もない故に。」


イオタン王の前の姫は、恐怖に引きつった顔をしている。

王は、止む無く席を立った。


12歳の娘が何者かに強姦されたとなれば簡単に心を開くまい。

まして父殺しの敵である。

考え直さなければならぬ。


「この儀、エレオレインに任さん。」


イオタン王は、王妃エレオレインを呼んだ。

王都から王妃が到着すると王と交代してキャファイス姫に面会した。


「姫、貴方の身に何が起こったか話すのじゃ。

 父親は、誰なのです。」


「…。」


明くる日よりエレオレインは、キャファイス姫に毅然とした態度で詰問した。

長々と質問しても心の傷をえぐるのみ。

早々に解決せんには、容赦を見せず、甘えを捨てて話させることである。


腹の子のこともある。

今のキャファイスは、女の体の構造上、平静ではいられぬ。


「良いか。

 貴方が正直に話せば、貴方を傷つけた者は、王が処罰してくれるのじゃ。

 貴方が望むなら子をおろすも出来よう。


 我らに協力するのじゃ。

 貴方がそうして睨んでおったとて何の益がある?


 勝者たる王は、貴方に慈悲をかけて下さる。

 敗軍の子たる貴方をな。

 さあ、話すのじゃ。」


幼い姫は、答えなかった。


作り話でもでっち上げて王に申し上げるか。

エレオレインは、そう考えた。

いずれにしても今のままでは、姫の為にも、王の為にもならない。


「また参るぞ。

 今度までに心の整理を、キチと着けるのじゃ。」


「…が…て…したのです。」


キャファイス姫は、席を立とうとした王女エレオレインに答えた。

か細い声だった。


姫は、改めて繰り返した。


「普段より仕えておったおうなが変身して…。

 私に覆いかぶさって来たのです。」


姫の話は、彼女の妄想か、真実か定かではなかった。

しかし後に魔導士サーテオが認めたところである。

これは、淫魔という妖怪の仕業で間違いないと。


父王ワズールの死後、キャファイス姫は、チト村の古城に幽閉されていた。

幽閉と言っても、ある程度、外を出歩く自由が認められていた。

しかし彼女の周囲にいるのは、世話係の老女たちのみ。


ある夜、その老女の一人が姫の部屋に現れた。

この人物が彼女の前で突然に若い男に変身したのだという。


はじめ訳も分からず姫は、恐怖した。

しかし次第に、この遊びのルールを理解すると男を喜んで受け入れるようになった。


「彼は、もう私を訪ねては下さらないのですね。」


キャファイス姫は、ポツリと漏らした。


この事件もサーテオがイオタン王に助言した。


生まれた子は、古王国の末裔、カトルダマの邪教徒に預けよ。

子供の父親が、彼らの奉じる古き魔神ならば、これは、彼らの取分モイラ、それが子供の運命モイラであると。


エルオロット将軍は、聖地カトルマダピウムに赴いた。


邪教徒たちは、真っ赤なローブをまとって荒野に集結していた。

背の低い草が覆う丘。

古き都の跡地に無数のかがり火が集まっている。


あちこちから甘い香りが漂い、太古の呪文と楽器が響き、男女が狂い踊る。


「北部のエルオロット将軍閣下ですか?」


ローブをまとった集団。

その先頭に立っていた女が馬上の将軍に声をかけた。

彼は、馬から降りると部下から赤ん坊を受け取って彼女に手渡した。


「我が君主の命により、そなたたちの神が女に産ませた子を預ける。」


「確かに。

 この子は、我らの兄弟。

 同胞として育てましょう。」


女は、将軍にいった。


「名は?

 名は、ございますか?」


「いや。」


将軍は、不愉快そうに一蹴した。

役目とはいえ邪教徒と話すのも胸が悪くなる。

女は、また口を開いた。


「どうぞ名付けて下さいまし。

 この子が産まれた土と同じの土の上で暮らす者が名付けるのがよろしうございます。」


「…勝手に貴様たちが名付ければ良い。」


「この子は、太古の神々がムラブーの地の女を選んで産ませた子。

 神の意に背くことは、貴方方にとって凶事を招きますよ?」


将軍は、振り返って部下たちを見た。

彼らも彼らでお互いの顔を覗き込み合った。


凶事。

邪教徒に関わって悲惨な目にあった歴史が将軍の頭にもあった。


エルオロットは、おもてをローブの女に戻した。

顔は、半分見えないが細い顎が見える。


「テニー。

 テニーと名付けるが良い。」


「承りました。」




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