第3話「特許状」⑤
アダユは、カトルダマ人の中で戦士階級にあった。
この時代、武具や装備は、自分で調達しなければならない。
アダユは、それらを用意できるだけの領地と領民を抱える身分ではあった。
だが全く才覚がなく同僚たちから物笑いの種になっていた。
領民からも蔑まれ、子供から糞を投げられる始末であった。
今まで嫁の来る宛てもなく将来性のない男としてシバイは、最初、断ろうとさえ考えていた。
「アダユが戦乱で焼け出されたヘダル人の姫を妻に娶るとか。」
「勿体ないことだ。」
「他にも大勢が求婚したらしい。」
「アダユは、30過ぎて独り者。
きっとこれまで溜まりに溜まった鬱憤が爆発するだろう。
花嫁は、不憫よのう。」
「いやあ。
パトズミック殿は、夫を喪って亡命して来たのだぞ。
アダユなど尻に敷かれよう。」
カトルダマ人の武将たちは、アダユの結婚に着いて噂した。
結婚式は、普段、アダユを馬鹿にし、相手にもしていない者たちさえ異郷の姫を見ようと集まった。
当然、アダユは、貧乏で客を持て成せる態ではなかった。
しかし年長の武将が自腹を切って料理や酒を調達した。
他の者たちも家人や芸者、遊女を呼び寄せて酒宴の世話役を集めた。
倉皇して結婚は、当初の予定より遥かに立派な物になった。
「アダユがこれほど人に祝われるのも珍しい。」
「いや、パトズミック殿を祝う場ぞ。」
「ははは。
全く。
新郎は、おまけ故。」
式が盛大になるのは、良いことだ。
しかしシバイとしては、人目が増えるのは、不安だった。
だがパトズミックは、人が多い方がかえって安全だろうと言っておいた。
「奥方様は、万事、落ち着いておられる。」
「そんなことはありません。
勇者シバイ殿を頼りにしておればこそ。」
パトズミックの女丈夫ぶりにシバイは、閉口した。
これでも15の娘である。
それとも若さゆえの豪胆なのか。
しかしシバイは、最後まで油断できない。
この結婚式を無事に見届けるまでは。
カトルダマ人たちが楽しんでいると小者が主人の傍に駆け寄っていく。
シバイは、目敏くそれを見逃さなかった。
アダユの使用人たちに訊ねると、なんと魔族たちまで出席しようとこちらに向かって来ているという。
流石のカトルダマ人も魔族の来訪に驚いた。
だが表面上は、落ち着き払って見せている。
倉皇している間に魔族が数名、アダユの家に現れた。
青い顔、額の長い角、背中には、翼が生えている。
他にも細かい部分が人間と違っていた。
シバイも戦場以外で魔族をじっくりと見るのは、初めてだった。
「人間の結婚式というものに興味があって参りました。」
「これは、これは。
どうか一緒に祝ってやってください。」
アダユは、そう言って魔族たちに、ペコペコと頭を下げた。
次に魔族は、パトズミックを見る。
「こちらが花嫁ですか。
噂に聞いていた通り美しい。」
「どうも、恐縮でございます。
お初にお目にかかります、パトズミックと申します。
今日は、私たちの結婚式にお越しいただきありがとうございます。
今日を良い日として、今後も夫をお引き立てくださいますよう。」
パトズミックがつらつらと口上を述べると魔族たちは、感心して頷いた。
「立派な花嫁だ。
アダユは、良い妻を貰った。」
さて、パトズミックの結婚式を見届けるとシバイは、北部に戻ろうと支度を始めた。
しかし異変は、始まっていた。
彼が滞在していた倉庫に魔族たちが襲撃を仕掛けたのだ。
ここでいう倉庫とは、宿屋の一種で人と物の両方を預かる商売をしている。
主は、客の世話には来ないし、一般に想像する宿泊施設とは様子も違っている。
「パトズミックか。」
用が済んだら口封じに動いた訳だ。
何も証拠がある訳ではないが、可能性が高いのは、彼女だ。
シバイは、ただでさえ少ない持ち物を魔王軍に抑えられてしまった。
完全に無一文のまま、敵の勢力圏に放り出された。
ギラピウムには、木戸番があった。
要するに町の番地ごとに門番が立っていたのである。
といっても、その人数は、2~3人で大したものではない。
しかし小さな段差とはいえ今のシバイには高い。
まず木戸番は、街の番地毎に立っている。
抜けることは不可能だ。
パトズミックが居た頃は、彼女の使用人として通ることが出来た。
しかし今、北部人がウロウロしているのは、下手い。
先刻の襲撃のことも併せて考えてもお触れが出ていることは、間違いない。
「思いの他、治安が行き届き過ぎている。」
パトズミックのためにギラピウムに来たが、相当なものだ。
戦乱吹き荒び王が奴隷に、盗賊が王になるルーヴグリン大陸で驚くべき整然とした秩序である。
シバイは、波止場から海に飛び込んだ。
そのまま磯と岩礁を伝ってギラピウムを離れた。
ずぶ濡れのまま岩場を登ると北部を目指して街道を戻っていった。
フォテッリ公は、このシバイの話を聞き納得した。
「しかし何故、黙っていた?」
「パトズミックの居場所は、隠せとラスティマ王に。
ですからフォテッリ公も、この話は、秘密にして頂きたい。」
シバイの言葉を受け、公も深く頷いた。
「敵中深くに潜入するとは、シバイ殿は、確かに勇者だ。
驚くべき武勇伝にござる。
御懸念の点も承った。
国王陛下に対しては、噂は、所詮、噂であるとお答えしよう。」
このシバイの敵中横断は、ヘダル大陸の方が詳しかった。
十数年後、アイディマ王子は、ウトル平原を遠征で下し、自らの王国を建設した。
兄ラスティマ王も、この王国を認め、弟を王として戴冠させた。
折を見てアイディマは、兄王に母の行方について訊ねた。
兄王は、弟にパトズミックは、亡命した先で結婚し、今は、新しい子供たちがいると告げた。
そのためヘダル大陸には、呼び寄せることはできないと。
「では、私にも弟たちがいるのですか。」
「そう聞いているアイディマ。
パトズミックは、幸せに暮らしている。
ただお前がウトル国王になった姿を見せられぬのは、兄としても残念だ。」
ラスティマ王は、そう言って顎髭をなでた。
また次のように付け加えた。
「済まない。
私は、私自身の王位のために父と母をお前から奪った。
それなのにお前は、今日までよく私に仕えた。」
「いえ。
陛下は、私をウトル王に就けて下さいました。
アイディマは、果報者です。」
この二つの王国は、やがてヘダル帝国となって大陸を統一する。
このヘダル大陸とルーヴグリン大陸との大陸間戦争は、また別の物語である。