第3話「特許状」④
シバイは、パトズミックを連れ、ヘダル大陸を離れた。
しかし事は、単純ではない。
ルーヴグリン大陸では、目の色、髪の色、肌の色も顔立ちも異なるパトズミックは、外地の蛮族。
しかもラスティマ王の依頼では、安全で衣食住が十分に整った環境に移り住まわせなければならない。
適当にどこぞに預けるというわけにもいかない。
ルーヴグリン大陸は、大きくイオタン王を中心とする北部諸侯、北部王国と南部王国に別れている。
魔王軍は、南部王国の中央高原カトルマダピウムの古代遺跡から出現したという噂である。
そこは、数百年前に滅亡したカトルダマ王国の国教だった邪教の神殿があり、彼らの末裔が儀式を続けていたという。
不吉な儀式に憤った南部王国を支配するクォロブ王は、邪教徒の追討を命じた。
邪教徒の駆逐が命じられたのは、これが初めてではない。
しかしカパミンダス王の時、王妃が産んだ子供が醜い怪物として生を受けた。
これが原因で王も王妃も精神虚弱に陥り、大陸全土を巻き込む戦乱に結びついた。
誰もがこれは、邪教徒の呪いだと考えた。
ジェイナス王の時は、地震と疫病、洪水、干ばつ、飢饉が荒れ狂った。
遂には、眩い流星群が夜空を覆い人々は、恐怖のどん底に陥った。
ルーヴグリンの人々は、流星を不吉なものと信じたからだ。
サラトレオス王の時には、命令した王が突然、行方不明となった。
パロス王の場合、天変地異や奇怪な事件は、起こらなかった。
しかし邪教徒の指導者オジュカの見事な戦術によって南部王国軍は、大打撃を受けた。
王は、オジュカの魔術だと噂を流したし、民衆も口々に噂した。
だが結局、戦場から帰った兵士たちから真実が広まった。
以来、カトルダマ王国の末裔たちが屈強な戦士であると威信を高らかにした。
このような経緯により南部王国は、邪教徒たちを恐れるようになった。
偶然と思えない魔神の所業あるいは、彼らが優れた武勇を持つのならば迂闊に手出しは出来ないと。
古代王国の末裔たちは、カトルマダピウムを聖地として重要視していた。
しかし神々への畏れから彼の地に住む様なことはしなかった。
遊牧民族として普段は、大陸の各地を回り、馬や家畜、交易品を運んで暮らした。
イオタン王に敗れた北部オルカン王は、彼らについて調べ、彼らと語らったという背信王であった。
彼が邪教徒に改宗したのは、狂気としても彼らに着いて知る手がかりとなろう。
オルカン王が倒された時、邪教徒兵は、彼に味方した。
イオタン王の勝利により大勢の邪教徒が成敗された。
南部王クォロブが南部王国内の邪教徒制圧に動いたのも、これが契機であった。
彼らは、聖地カトルマダピウムに集結していた。
敵が待ち受けていると分かっていたが聖なる祭礼の時期が迫っていた。
南部諸侯軍を蹴散らし、聖地を取り戻して儀式を執り行わなければならない。
戦闘が始まる前日、クォロブ王は、叫んだ。
「愚かな邪教徒共!
鉄の神、聖盾ウルスの勝利だ!!」
かくして戦いは始まった。
だが、太陽が中天に至るより前に空が陰った。
南部兵たちは、恐慌し、もはや戦闘の態ではなくなった。
そして魔王軍が古代の遺跡より這い出し、今日までの戦乱が続いている。
現在、邪教徒たちは、魔王軍の一翼を担う立場となった。
哀れなクォロブ王は、邪悪な術によって生きながら屍となったという。
南部王国も王を失い、魔王軍に凌辱された。
シバイは、この邪教徒たちにパトズミックを預けようと考えた。
蛮族は、蛮族に任せるのが道理であろう。
しかし魔王の麾下にある古王国の末裔たちにどうやって接触するか。
シバイは、世渡りが上手でもないし何の伝手も手掛かりもない。
「あれこれ悩んでも仕方あるまい。
一思いに懐に飛び込もう。」
外地の蛮族を連れているシバイは、人目を出来る限り避けようと試みた。
まして今から敵と接触するのだ。
隠し通さなければならぬ。
まず真っ直ぐに魔王軍の勢力圏に向かうのは、避けた。
大きく北部諸侯の勢力圏ヤーナトラス地方を横断し、トワサン山を越えた。
一先ずこれでシバイの足跡は、消えた。
次に中央高原を突っ切って南部王国領に侵入した。
この辺りは、南北と魔王軍が争っており安全と言えない。
東海岸沿いボルチウト市を経由して港町リオージュに移った。
ここからさらに港町を転々とし、大陸の南奥ギラピウムに到着した。
「奥方様、ギラピウムに着きました。」
シバイは、高貴なる姫君に対し、彼なりに礼を尽くした。
だが心中では、蛮族の姫など、ぞっとしない。
それでもパトズミックは、異形なりとも美しい目鼻立ちをしていた。
何より不屈の精神を持ち、気高く、優しさに溢れた女性であった。
流石に幽閉中の王を支えようとした女だ。
「有難う御座います、ハヴァード。」
シバイは、道中で偽名を使っていた。
これは、時々で使い分けられた。
「奥方様、ここまでくれば安全かと思います。
後は、奥方様をお預けする者を探すだけ…。」
ここまでは、シバイの腕一本でどうにかなった。
ある意味では、ここからが魔王軍と南北軍の戦場を切り抜けるより難問だ。
「それに着いてですが、カトルダマ人の妻として暮らしていく決心が着きました。」
「…異国の者の妻になると?」
「それが最も堅実でしょう。」
商才に乏しいシバイだが、これは、大商いである。
「分かりました。
商うは、得意では御座いませんが可能限り奥方様を良い相手に売りましょう。」
後日。
パトズミックの結婚相手は、すぐに見つかった。
「カトルダマ人は、改宗を条件にしております。」
「その辺りは構いません。
カブティマ王に嫁ぐ時も改宗に応じましたから。」
シバイは、ギョッとした。
この女、神を畏れていないのか?
蛮族の姫とは言え、その中でも彼女は、奇な人物であることよ。
「…相手は、邪教徒です。
どんな恐ろしい目に合うか分かりません。
ルーヴグリンでは、数々の王が彼らの呪いによって頓死しました。
第一、今の魔王軍との戦いも奴らの仕業…。
気軽に返事するべきではないかと。」
シバイは、パトズミックに改めて忠告した。
今さらだが、用心しない訳にはいかない。
全てが達成目前の今、何もかも台無しになるのは、痛い。
だがパトズミックは、平静に答える。
「ラスティマもここまでくれば私が死んでも貴方を責めはしません。」
「奥方様が、そうまで仰るのなら。
…私ごときが口出しするようなことではありません。」
次の問題は、求婚者が複数居たことである。
その中でもシバイは、有力者に絞ろうとしたがパトズミックは、意外な指摘をした。
「才ある者は、戦乱で命を落とすこともあるでしょう。
逆に才の乏しい者は、生き残るかも知れません。」
「はあ。」
確かに勇敢な者から戦場では、死んでいく破目になるだろう。
逆に臆病な連中が生き延びていくものだ。
シバイとしては、不愉快な話だ。
しかしここは、奥方様の意向を汲もう。
求婚者の中で最も卑しい農民のアダユという男に返事を出した。
農民と言っても完全な専従者ではなく下士(下級武士)、地主程度の身分ではあった。
しかしそれも下の下といったところだったが。
「このアダユという求婚者は、カトルダマ人の中で戦士階級にあるようです。
…奥方様の要望では、最も相応しいかと。」
「そうですか。
では、早速に会ってみましょう。」