第3話「特許状」③
賢者サーテオが勇者候補とした三名。
次にシバイ。
禁欲主義な武芸者で一匹オオカミである。
何でも家族や恋人を魔王軍に殺されたというもっともな経歴が知られている。
しかし噂は、尾びれが着くもの。
本当のところは、誰も知らぬ。
他にも醜聞が数多く出回っている。
彼の父親は、魔王ダジワドであり母は、故郷ピオンヌの令嬢。
魔王の手籠めにされた令嬢は、息子を復讐の使徒として育てたという筋書きである。
あるいは、極悪非道の徒であり免罪と引き換えに勇者となったという噂。
次に魔王軍の離反者という説もある。
これらの根拠、彼の剣技は、我流である点にある。
彼の師は、戦場で相対する敵であり魔族である。
攻防の中で敵の技を盗み、更なる研鑽を積んだ彼の剣は、魔王と関連付けられても事実無根とはいえなかった。
実際、真実は、誰にも分からないのだから。
一人で行動する彼の経歴を証明できる者はいない。
また彼も無口であったため噂は、留まるところを知らなかった。
それでも一時期、彼と行動を共にする人物が居たという噂もある。
しかしその素性、名前すらハッキリとしていない。
このハッキリしない点から人々は、その人物が魔族ではないかと噂した。
それ以前のシバイは、常に一人だった。
魔族に包囲された街を救う時もたった一人で敵陣に現れ、敵将を倒した。
「シバイ様は、たった一人で魔族を退けたぞ。」
「まさに神代の英雄だ。」
「シバイ様、万歳!」
好意的な人々が現れる一方、救われた街でも怪しむ声もあった。
「なぜたった一人で戦うのだ?」
「知られたくない秘密でもあるのか?」
「魔王軍との狂言じゃないのか。」
「あんなにお強いのに夜は、一人でシコシコシコ…。
それとも男が好みなのかしらん。」
すぐに彼の身分や命さえ危険になるほど彼の単独行動は、怪聞になっていった。
それが庶民のレベルで済んでいれば良かったが当然、士大夫や貴人も同様の噂を信じるようになった。
これを気に咎めたのか、旅の同行者が出来たことを喜ぶ者も多かった。
「シバイ様が旅のお供を連れておられた。」
「何かと怪しまれるお人だったからな。」
「これで詰まらない噂も立ち消えになるだろう。」
だが、この同行者が素性の分からない人物で噂は、再燃した。
「シバイ様の仲間は、正体不明だと。」
「顔も分からないらしい。」
「もしや魔王軍の手先では?」
遂に身勝手な噂を気にせずとも良いと言っていたイオタン王も穏やかではなくなった。
このままでは、得体の知れない男に特権を認めたことになってしまう。
「勇者シバイを召喚し、何を考えておるのか取り調べよ。」
イオタン王は、廷臣たちを集め王室議会で彼の発言を取り調べるとまで発した。
しかしシバイは、これを公然と無視した。
我関せずという返答に諸侯は、鼻白んだ。
だが、この時期を境にシバイの同道人が姿を消した。
これも噂の域を出ないのだが、魔王軍との戦いで死んだとか、シバイを危険視する人間に襲われたという話が流れた。
あるいは、悪評絶えない彼に同情したものの、実際に彼の仲間として活動していくことが覚悟していた以上にしんどかったのではないかと噂された。
ある時、フォテッリ公がシバイに訊ねた。
「一時期、貴公と共にいた同道人に着いて話してくれまいか。」
フォテッリ公は、王の召喚命令にシバイが背いたことに言及した。
また自分は、シバイと王の両方の立場を擁護したいのだと説いた。
遂には、王の処刑者に着いても仄めかし、何としても彼から具体的な内容を聞き出そうと交渉を続けた。
半ばフォテッリ公の居城に軟禁されたシバイは、4日間も黙っていた。
しかし、公が根気強く説得と脅迫とを繰り返しているうち、やがて話し始めた。
「彼女の名は、パトズミックという。」
シバイは、勇者だったが他の者のように道中で仕入れた品を売り捌き、活動費用を調達するという商才もなければ、トリオリ伯のような貴族でもなく、諸侯に取り入って後援を受けるような口上手、世渡り上手でもなかった。
結局、腕を頼りに傭兵稼業しかなかったのである。
勿論、魔王軍から解放した街から報奨を要求することも出来た。
だが彼の信条は、勇者が見返りを求めるというのが腑に落ちない。
そのためルーヴグリン大陸の外、外地で戦争に参加した。
人々の為、異界の侵略者と戦う。
その費用を海外戦争での給金に求める。
これは、何だか矛盾しているような気がしないでもない。
だが、ルーヴグリンの人間にとって外地は、異教の蛮族であり対等な人間と見做していない場合が多く、シバイのこういった価値観は、むしろ自然と言えた。
問題は、彼の活動がストイックに過ぎる点である。
フォテッリ公もシバイの話を聞いて唖然とした。
彼のルーヴグリンの人間からは、直接金銭を受け取らないという信念は、徹底されていた。
これでは、彼が一人で行動し続けているのにも納得がいく。
その中でヘダル大陸のバゼベフ王国の王位継承戦争に参加した時である。
王子の一人が国王を幽閉し、後継者と目されていた兄弟の王太子と内戦を始めた。
様々な階級、地域の人々が敵味方あるいは、両属、中立に別れて争った。
戦いは、反乱を起こした王子の優位に運び、とうとう彼が正統な国王としてヘダル大陸、海外の周辺国さえも承認するまでになっていった。
逆に他の王族は、彼に敵対したため滅亡の道を歩んでいた。
戦争末期、ヘダルのバゼベフ王ラスティマは、開戦当初から協力関係にあった兄弟たちも処刑し始めた。
もはや王位を覆す可能性は、微粒子たりとも許さないという態度であった。
しかし幽閉中の先王カブティマが側室との間に王子を設けた。
王子は、無事に健康なまま成長し、アイディマと名付けられた。
このアイディマは、余りにも幼い。
ラスティマ王も、この弟だけは、命を取らずに擱く決定を下した。
しかし、それには、ひとつ条件が。
「アイディマの母親、パトズミックを追放せよ。」
王子の後ろ盾となる母親が居れば脅威となる。
アイディマの近親者は、自分だけで良い。
息子の命を保証して欲しければ国外追放に応じよ、としたのである。
「シバイ殿。
パトズミックは、幽閉中の父カブティマの側室で我が弟アイディマの母。
彼女が王国内に留まれば良からぬ連中が彼女に弟を擁立するように唆すと思わぬか?
そうなる前に弟と彼女を引き離したいのだよ。」
ラスティマ王の御前に引き出されたシバイは、パトズミックに引き合わされた。
彼は、先王の側室を横目で一度だけ見ると王に答えた。
「では、ルーヴグリンに連れて帰りましょう。」
「うむ。
ただし貴殿にも条件がある。」
ラスティマ王は、そういって玉座の上で座り直した。
そして腰の短刀を弄りながら話を続ける。
「パトズミックには、弟が生きておることが常に分かる場所で暮らして欲しい。
それは、同時に彼女がルーヴグリンにおることが私からも確認できる点を踏まえて頂きたい。
私は、これ以上、親族殺しを続けておっても煩わしいのだ。」
「お尋ねしても宜しいでしょうか?
もしアイディマ殿下が長じたらどうするつもりです?」
シバイは、ラスティマ王に遠慮なく質問した。
対する王は、何を考えているのか分からない。
かなり際どい質問であるにも関わらず平然としている。
淡白に即答した。
「優秀な王族ならば、それに相応しい地位に。
そうでなければ、それなりに。」
「それなりとは?」
「政略結婚なり、人質なり。」
「絶対に命は、取らぬと?」
「それは、約束しよう。」
ラスティマ王が一気呵成にシバイの質問に答える。
シバイは、しばらく間をおいて最後の質問を投げかけた。
「王は、どうするつもりです?」
「幽閉し続ける。」
ラスティマ王は、一息ついてから、また答えた。
「気にかかるか?
だが、父も殺しはしない。
王位の継承と共に父の威信は、失われた。」
「寛大な処置です、陛下。」