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第3話「特許状」②




ルーヴグリンに勇者を名乗る者は、まだ70名近く残っていた。


魔導士サーテオは、ユービット公の書簡に対し、この機に一切を罷免し、一人にしないことには、民衆の不満は、収まらないと答えた。

幸いにして大半は、論ずるにも値しないとした上で候補を三名に絞った。

この三名と新しい勇者、風間三五夜を比較して適格者一名に特許状を与えることを彼は、提案した。


この書簡でサーテオが挙げた三名を見ていこう。


まずサンファイル公の次男、トリオリ伯。

200名の騎士を従え、彼の陣営は、堂々たる威容を誇っている。

軍略にも秀で、音楽や文学、芸術面でも教養も高く、七ヶ国語を操る。


美男子として知られるが、これは、影武者で彼の家来、騎士オゼムズである。

他にも武勇に優れたアッタドニ、代筆者の右筆ヴァーダエなどの側近がいた。


正真の彼は、それほど極端に見劣りする人物ではないが名誉観念が強く、多くの代理人を立てた。

暗殺に対する手ともしていたが、なんとも勇者と言うには、臆病な人物である。


特に上記の三騎士は、苦労が絶えなかった。

オゼムズは、トリオリ伯の表の顔であり、様々な場所に出席した。

しかし伯同様の知識・見識がある訳ではない彼は、評判通りに七ヶ国語を披露したり出来ずにいた。


ルチェ国のギムートを訪れたがルチェ語が話せず、影武者であると知れた。

またトリオリ伯は、オゼムズに戦略に関する話を禁じたが、ダガハリで兵士たちに詰問され、伯からも詳しく知らされていない作戦を本人がその場のでっち上げで答えた。

さらにオゼムズは、現地妻のような恋人を幾人も持っていたが、その中に暗殺者も紛れ込んでいた。


サーサンエムでは、トリオリ伯がオゼムズの恋人として接近した暗殺者の正体に気付いた。

オゼムズが何も知らずに恋人と待ち合わせ場所に赴くと暗殺者20名とトリオリ伯と彼の家来たちが大乱戦を始めた。




「トリオリ様。」


その晩、暗殺者の仲間で恋人としてオゼムズに近づいたメキアは、彼が武装していないことを確かめた。

オゼムズは、彼女が豪商の娘と信じ切っていたため伯の立場を悪くしないよう付き合いを続けていた。

伯は、彼の交際を認める間に事実を突き止めていたのである。


メキアの話す商工都市ディボーンにガラス工房を抱える商人ハジル家があること、そこに3人娘がいて、メキアという娘もいることが確認できた。

また更なる調査で、このメキアが本人である証拠を掴んだと部下が証言した。


「オゼムズの恋人が本物のメキアだと?」


伯は、少し考えてから部下に命じた。

彼女が入れ替わった偽者である可能性を探って来るように、と。


結果として彼のこの命令は、無駄になった。

先にメキアが暗殺集団と会っている所を女騎士メドウが報告したためである。


彼らは、魔王とは、繋がりのない者たちだった。

彼らの目的は、トリオリが持っている美術品、ウヤシトルの黄金の髪飾りだった。


「…宝物欲しさに命を狙われるとは、悲しいより悔しさが勝るな。」


伯は、彼らが魔王に脅されるなり金銭に困ってこのような行動に出たなら同情も出来た。

しかし貴重な宝物を狙ってとなると度し難い。


「もはや彼らと交渉する余地はないな。

 一気に一味を誘き出して殺す外にない。」


伯の命令により11名の騎士がオゼムズと恋人の待ち合わせ場所に待機した。


「オゼムズが危険では?」


作戦に参加した騎士ルノクが主君に訊ねた。

伯は、答える。


「失敗すればオゼムズより我々が危ないのだ。」


一同は、決心せざるを得なかった。


伯に成り代わったオゼムズは、メキアと唇をかわした。

二人は、互いに愛撫し、近づいて身体を重ねた。

その熱は、収まるところを知らず勢いを増していった。


「…むう。」


伯や彼の家来たちがオゼムズと周囲を見張る中、二人の世界が燃え上がっていった。

服を脱ぎ、月夜に露わになった裸体、メキアのほっそりとした脚が空を切る。


やがてメキアが大声を挙げると一同は、肝を冷やした。

しかし肝心の敵が姿を見せたという報告が、まだない。


そのままオゼムズが何時間もメキアと愛し合うだけの時間が長く済んだ。

ここで騎士の一人、ビッキドが気分が悪くなったといって青くなった。

敵中に隠れ続ける長時間の緊張に堪えかねたのである。


伯は、メドウにビッキドを敵に見つからないように連れ出せと命令した。

このままでは、彼の命が保証できない。

敵に襲われればいちころだ。


2名減り、残る10名は、固唾を飲んだ。

オゼムズとメキアは、親し気に愛を語らい、こちらの心配を余所にうっとりとした目でお互いを見つめ合っている。


見回りのカルカードが敵の移動を報せた時、オゼムズたちは、4度喜びに達していた。

伯は、乾いた唇で部下たちと顔を見合わせ、指示を与えた。


予定より人数が減ったことで緊張は、高まった。

敵の数が20名というのも予め知っていたことだったが改めて分かると一同の不安を募らせた。


「メキア、こうして勇者としての鎧を脱ぎ去り、君と過ごす時間のなんと豊かな事か。


 多くの人々を救おうと志したが名も知らない民草のために自分を犠牲にすることは、想像以上に苦労が多い上に虚しい。

 卑しい盗賊や悪徳な貴族たちを見ると腹が立つのだ。

 私は、こんな連中を救うために戦っている訳ではない。


 だが、君と過ごす時間は、掛け替えのない喜びなのだ。」


「トリオリ、それは、父君の事なの?」


伯の父、つまりサンファイル公である。

メキアの言葉にオゼムズは、大きく頷いた。


「あの男は、無能な兄を先に生まれただけで後継者として選んだ。


 この世界は、やはり間違っている。

 生まれた場所で全てが決まり、それを覆すものは悪と呼ばれる。

 だが、苦しみを生む今の正義こそ、真の悪なのだ。」


雄弁だがオゼムズは、疲れ切っている様子だ。

察するにメキアは、オゼムズが疲れるまで彼を誘惑することで暗殺を確実にしようと計画したらしい。


まさに伯が配置に着いた時、オゼムズの疲れた様子を暗殺者たちも知った。

やおらメキアがオゼムズから離れる。

そして戦いが始まった。


闇夜に翻る白銀の剣。

戦士たちの怒号、息遣い。

その最中、オゼムズは、雷のように素早く力強く飛び出すとメキアを守ろうとした。


暗殺者の一人が、彼女と彼を諸共に剣で刺し殺そうと向かってくる。

そこに伯の部下で最強の剣士アッタドニが刺客を切り伏せた。


「やめろー!」


伯が叫んだ。

アッタドニは、メキアを殺そうと剣を構えたのだ。


騎士道に従えば、婦女子を斬ることは、不名誉となる。

何よりオゼムズのメキアへの情愛は、事情に関わらず深い。

乱戦の中、訳も分からず彼女を斬られれば苦しむだろう。


しかし姦計を巡らせたメキアをアッタドニは、許すことが出来なかった。

今すぐに斬る。

戦友でもあるオゼムズとも目が合う。


一度目の斬撃。

咄嗟に身をひねったオゼムズが彼女の盾となる。


二度目の斬撃。

メキアの内股にアッタドニの剣の裏刃が傷を着ける。

体勢を崩して倒れるメキアとオゼムズ。


そして三度目の斬撃が正確無比にメキアを襲った。


暗殺者集団は、一人残らず殺された。

夜が明けるとサーサンエムの兵士たちが事件の検分に集まって来た。


オゼムズは、メキアの死と裏切りを知って叫んだ。

伯は、戦友を連れて郊外の陣屋に引き返していった。

事件を知った民衆は、トリオリ伯の緻密な作戦と騎士たちの技の高さを讃えたという。




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