第3話「特許状」①
アスピラ公の下らない勘繰りから事は、始まった。
ルーヴグリン王イオタンの治世8年目に最初の特許状が王室議会によって成立した。
これを北部諸侯が全会一致で承認した。
やがて治世10年目に二人目の勇者に特許状が与えられた。
これは、先の勇者オルムステッドが魔王軍によって殺害されたためである。
だが、これが先例となり特許状は、乱発されるようになった。
やがてイオタンが黄壊病を発症し、第一摂政・弟のユービット公に執政権を委ねた。
しかしユービット公にも自領の統治があり、なかなか王の代理を務めることができなかった。
このため第二摂政・女王エレオレインが廷臣たちをまとめて政務を取り仕切った。
エレオレインは、弟で王国軍司令官、エルオロットの立場を鑑み、特許状の取り下げを計った。
しかし病床の王とユービット公、第三摂政・王太子の小イオタンの意向により叶わなかった。
この事は、廷臣たちが口を噤んだことで諸侯は、知り得なかった。
そして現在、ユービット公領の諸問題を解決した風間三五夜により王弟は、王都に入城することが出来た。
ユービット公エレジーは、風間を異世界からやって来た勇者であると説明し、この者に対して勇者特許状の収受を動議した。
この席でアスピラ公の例の発言があった。
「オルムステッド殿が死んだことで勇者は、多い方が良いと国王陛下は、お考え遊ばされました。
しかし一時期、最も多い数で227名の勇者が誕生し、システムを簡素化する為に特許状機関まで開設したのは、笑って済ませることも出来ますまい。
エレジー殿下、イオタン王太子殿下。
両殿下は、今現在、ルーヴグリンに何人の勇者が活動しておるとお考えですか?」
ルピオは、ユービット公に訊ねた。
「勇者特許状とは、何です?」
「ルーヴグリン北部諸侯の領内を武装した状態で行き来し、各地で兵力供出を認可したものぞ。
諸侯は、不輸不入特権を持つゆえに。
…つまり、諸侯の治める国々には、国王の軍隊と言えども理由なく入ることは、許されない。
また諸侯の領内から人や物を持ち出すことも許されておらぬのだ。
さらに非関税特権、行商交易権、武器の購入なども地元のギルドに配慮した形で認めさせた。
加えて領主居城や各地の遺跡、洞窟、民家などに至るまで自由に調べても良い特別警察権を付加した。
他に、もし他国の捕虜になった場合などの身代金や身元引受人としての処置が定められている。
これらの政治上の障害を取り除くために”勇者”という制度が兄上によって設けられたのだ。」
「はあ…。」
ルピオは、要領を得ない様子だったが詳しく話されても面倒なので合槌を返した。
さっきから隣の椅子に腰かけて控えていた青い目の少年、小イオタンがユービット公に声をかける。
「叔父上、アスピラ公の言うことは、もっともなれど今更、特許状を無効化させるというのは、難問ではございませんか?
一体、誰に命じ、どの勇者から特許状を取り下げましょう。」
「え?
それに何か問題が?」
ルピオが口を挟む。
ユービット公が空かさず答えた。
「もし勇者の解任に当たる人物が強い力を持っていれば、より強力な権勢を与えることになる。
逆に弱いものならば他の有力者の言いなりになるか、身の危険が及ぼう。
それに勇者を解任さす基準を明確に表せば、それを避けることで解任を逃れようとするだろう。
そうなれば、こちらは、次々に基準を改め直し続けねばらならくなろうぞ。
逆に基準を隠せば反発は、抑えようのないところまで広がろう。」
「つまり、ややこしいと?
だからやりたくないと。」
「…貴公の言わんとする通りである。
これが我ら、王族貴族の務めであるが、これは、あまりにややこしい。
一度決めたことを簡単に覆すのはな。」
「はあ…。」
小イオタンが弱り果てたユービット公に訊ねる。
「ともかく風間殿を新しい勇者として認めさせましょう。
アスピラ公の話は、このままにしておけば良いのです。
父王も魔王優先が為に、この制度をお創りになったのですから。」
額を抑え、顔を屈めていたユービット公は、そのままの体勢で応えた。
「…いや、アスピラ公の意見を無視したまま何か問題が起これば諸侯の槍玉に挙げられかねぬ。
実際に王国内を自由に歩き回る勇者は、誰にとっても目障りなのだ。」
「一人一人、暗殺しましょうか?」
王の処刑者。
勇者制度の以前からルーヴグリンに密かに作られた制度である。
異常犯罪者を王室が雇用し、勅命によって罪の免除と引き換えに刺客とするものである。
「それでは、解決方法にならぬ。
むしろ勇者が次々に怪死すれば、王の処刑者の仕業と露見しよう。
第一、奴らの行動を秘匿するにも限界がある。
何より勇者が大量死しては、特許状の乱発問題に結びつく。
この問題は、如何にことを荒立てず、特許状を取り下げるか。
それ以外に道はない。」
叔父の発言を受け王子は、閉口した。
若い彼には、やはりユービット公に意見する見識などないのだ。
しかし少々徹底的にやり込め過ぎたとユービット公の方が気に病んだ。
「…貴公が王国の問題に仕置きし、王の跡継ぎたる貫目を示したい覇気は、私も喜び申し上げます。
ですがことは、そう単純ではないぞ。」
「…はい。
叔父上、肝に銘じて。」
「うむ。」
ユービット公は、病床の兄に意見を求めるべきか考えていた。
しかし冷酷に考えれば多くの勇者を認めたのは、王国を守りたい、その一心であるが、そこに自身の体調が崩れたで死期を考えるようになり、後に残す王子への気がかりの所為で過剰な行動を起こしたと判断できる。
人の親、死を恐れるただの人間に常に冷静に国を導くことは、難しい。
兄には、悪いが、この決定は、間違いだったのだ。
ユービット公は、そう考えていた。
「どうでしょう。
大陸一の賢人、サーテオ様を招聘して御意見を伺いたいのですが?」
ユービット公は、王子に提案した。
「はい。
私も叔父上の提案が正しいと思います。」
「…分かりました。
早速、書簡を作らせましょう。」
本心としては、ここで王子にこの問題を王族のみで解決するべきという覇気を見せて欲しかった。
そこまで考えが及んでいないのか、覇気がないのか。
ユービット公は、少なからず不満だった。
夜も更け、三人は、散開した。
取り敢えず、今後の対策は、魔導士サーテオの到着を待つとしよう。