9話 祭りと出会い
「こんなもんか」
「突然だから仕方ないけど、全然集まらなかったね」
魔石をかき集めにかき集めたのだが、結局集まったのは四個だった。
この辺りに融合屋はないらしく、必然的に冒険者から魔石を買うことになったのだが、そうなると問題になるのが鮮度だった。
保存箱に入っていない魔石となると、その日のうちにとれたくらいの鮮度でないと融合魔術の原料として使うのは難しい。
その上今日は祭り当日ということもあり、「普段魔物討伐に向かっているけれど今日は祭りの準備を手伝った」という冒険者も多くいたようだった。
その結果、融合魔術に使える鮮度の良い魔石は四つしか手に入らなかったのだ。
しかし、残念そうな顔のエウラリアとは対照的に、当の俺は全く悲観などしていなかった。
「これだけあれば充分だ」
「え? ちょっと待ってよ、『極意』にまでたどり着いたキミが作るんだよ? どう考えても四個じゃ供給が間に合わないんじゃ――」
「おいおいエウラリア」
チッチッチッと指を振り、俺は不敵に微笑む。
「俺の人気の無さを甘く見るなよ」
広場の一スペースに臨時に店を開いた俺。
屋台をその場で作ることはさすがにできなかったため、地面に『融合屋』と大きく書いた紙を置いて客を待つ。
待つ、待つ。……待つ。
しかし、客は来ない。
「な? どうだ、恐れをなしたか」
俺はまるで自慢するかのように、エウラリアに向け眉を上げる。
もちろん人気がないことを自慢したいわけじゃない。だけど、そうしていないと気持ちが折れてしまうからな。
「いやぁ、これは凄いね。だぁーれも寄りついて来ないや」
エウラリアも逆に感心した様子だ。
祭りの中心から少し離れているとはいえ、広場には常に二十人ほどの人々がいる。
しかし、こちらに寄って来る人は誰一人としていない。
『発光』を融合したおもちゃ、『頑丈』を融合した椅子、同じく『頑丈』を融合した盾、そして目玉の『咆哮』を融合した剣。
四つも用意したのに、いまだ一つも売れやしない。
特に最後の剣なんて、世界一声が大きいと言われるムルシエラオオゴというコウモリの魔石を使った、剣の先から咆哮がでる凄い剣なんだぞ。これがあれば鼓膜なんて破り放題だ。自分の鼓膜もおさらばするせいで、使いどころは思いつかんが。
だがしかし、まあ客がこないのもそれもそうだろうなとも思う。
ここ数年でようやくわかったことなのだが、一般の客が見るのは融合魔術の腕ではない。まず第一に寄りつきやすいかどうかなのだ。
別にそれを否定したり非難したりするつもりはない。
俺だって特に興味もない分野の店……例えば服屋に行くとしたら、気難しそうなヤツがやっている店より、明るい顔したヤツがやっている店に行きたい。大抵の人はそうだろう。
問題はただ一つ、俺が明るい顔などできないってことだ。
「ねえレナルド、ボクが皆から見えるようになろうか? それで人目を集めれば、キミの実力なら必ず人気が出ると思うけど」
あまりの人気の無さからか、エウラリアが俺にそう提案してくる。
きっと心配してくれているのだろう。その気持ちは有難いけれど。
「……なあエウラリア」
「うん」
「お前が今まで仕えてきた『極意』に至った融合魔術師ってのは、そんな小手先の方法に頼るようなヤツだったか?」
「……ううん、違うね」
「なら、俺もそういうことだ。俺の実力だけで売る。こればかりは譲れない」
別にそういう売り方を否定はしない。ただ、俺は実力だけで売る。それだけだ。
それを聞いたエウラリアは、嬉しそうに顔をほころばせる。
「へぇ、カッコいいじゃん。……でも一つ言っておくと、今までの三人はもう少し社交的だったよ?」
「……そこは、これから努力する」
「頑張れー」
「頑張る」
まだまだ足りないところばかりだ。
融合魔術だけ出来ても生きてはいけないんだな、とこの世の厳しさを実感する俺だった。
そしてそれから三時間。
いまだに驚異の客ゼロ人である。
段々と夜も更けてきて、祭りのピークも過ぎつつあった。
「さ、さすがにかける言葉が見つからないよ……」
「泣きたい」
「万感の思いを込めて言わないで。ボクの方が泣いちゃうから」
エウラリアが不憫そうな目で俺を見る。
さすがの俺も一本も売れない……いや、それ以前に一人も寄りついて来ないなどということは想像もしていなかった。
俺の顔はそんなに不愛想なのだろうか。
旅に出るにあたって髪も切って髭もそったというのに、誰も寄ってきてはくれないのか?
……俺は、本当にこの道でやって行けるのだろうか。
形の無かった不安がいやおうもなく言語化されだして、もう泣きたい。
そう肩を落とす俺に、前から声がかけられる。
「あの……すみません、少し拝見しても?」
知らぬ間に、目の前に男が立っていた。
「え、あ、ああ。どうぞ」
余りに突然のことにしどろもどろに返事をすると、男は「ありがとうございます」と言って並べられた商品を手に取る。
その顔を覗きこんだ俺は、思わず息を呑んだ。
美形。男の俺でも思わずドキリとしてしまうほど整った顔立ちの、二十過ぎの男だった。
「わぁ、イケメンだねぇ」
エウラリアが呟く。
男にしては長い金髪は、しかし全く不快感を感じない。
優男風のその顔と物腰に虜になった女性の数は十や二十じゃ足りないだろう。
外見に拘泥しない俺がここまで思わされるとは、世界は広いものだ。
「あの」
「ああ、何か?」
男は俺にずいと近寄ってきた。
おいおい、俺にそっちの趣味は無いぞ。
ドキリとしたとは言ったが、そういうことは勘弁だ。
「これを作ったのは、あなたですか!?」
男はキラキラした眼で俺に商品の剣を見せてきた。
なるほど……感動、してたってことか?
紛らわしいヤツだ。
「……剣を作ったのも魔石をとってきたのも俺じゃない。融合魔術を使ったのは俺だけどな」
「では、これを購入させていただきます」
「本当か? よかった、一つも売れなくて自信が揺らぎかけてる最中だったんだ」
三時間誰も寄りつかなかった店に立ち寄って、あまつさえ商品を買ってくれたことで、少し心を許してしまったのかもしれない。
金を受け取りながら、思わず言葉が漏れる。
すると男はぶんぶんと首を横に振った。
「自信を無くすなんてご冗談を! こんな素晴らしい融合魔術、王都でも見たことありませんよ!」
自信を無くしかけたのは融合魔術にではなく外見になのだが、まあ別にわざわざ訂正することでもないか。それにここまで褒められると、俺としても悪い気はしない。
「……失礼ですが、今までどこに?」
「もう少し田舎の方にな。さいきん一念発起して、自分のペースで王都を目指してる最中なんだ」
「そうですか。では王都に到着した折には是非僕のところに。手厚くおもてなししますので!」
そう言って男は名刺を渡してきた。
そこまで評価してくれたことを嬉しく思いながら、俺は名刺に書かれた名前を読む。
「エルディン……エルディン? ……もしかして、『導きのエルディン』か?」
「知ってくださってたんですか? その名はあまり好きではないんですけど、その通りです」
男――エルディンは照れたように頭を掻きながら首肯する。
導きのエルディン。冒険者業界を常に牽引する様からつけられた二つ名だ。
その名の通り、ここ数年の冒険者業界は彼なしでは語れない。
それほどの冒険者が、まさかこんなところにいるなんて。
「俺はレナルド。あんたと会えたことを光栄に思うよ」
俺は立ち上がり、エルディンに握手を求めた。
こんな田舎にまで聞こえてくるような有名な冒険者に俺の技術を評価してもらったことが嬉しかったのだ。
「いえいえ。こちらこそ、このような剣を買えてとても嬉しいです。……ちょっと使いどころはなさそうですけど」
握手を交わすと、エルディンは苦笑する。
その口ぶりからして、説明されるまでもなく何の魔石が融合されているかも見抜いたのだろう。
さすがはトップクラスの冒険者と言うべきか。
「急遽店を出したからな。魔石がそれしか手に入らなかったんだ。今度会ったら作らせてもらうから、今はそれで勘弁してくれ」
「本当ですか! ありがとうございます! ……あっ、すみません、そろそろ行かなければならないので、僕はこれで! ありがとうございました!」
時間に急いでるようで、エルディンは走ってどこかへ行ってしまう。
しかし、エルディンは俺に大きなものを残してくれていた。
「今の……エルディンさんだよね?」
「なんか、あそこの店の剣買ってたような……」
「ってことは、あそこの店ってすげえ店なんじゃ!」
『エルディンが買いに来た店』という箔がついた俺の店は、先ほどまでが嘘のように人であふれ、すぐに残りの三つの商品も売り切れたのだ。
厳密に言えば俺の実力ではなくエルディンのネームバリューで売れたようなものだが、口コミの力として有難く享受させてもらうべきだろう。
そういうわけで、店を出してから三時間超、ついに商品が全て完売した。
祭りからの帰り道、俺は上機嫌でエウラリアと会話する。
「やっぱりわかる人はわかってくれるんだね。良かったね、レナルド!」
「ああ。いい出会いをさせてもらった」
エルディンか。またどこかで出会えればいいのだが。
そんなことを思いながら、俺は宿をとる。
いずれにせよ明日には出発だ。この町を発ち、王都へ向かう列車に乗ろう。
二章『お祭り編』完結です。次話から新章に入ります!
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