8話 祭りの熱気に中てられて
「っはぁー」
凝り固まった身体を大きく伸ばす。
「やっと自由だな」
最寄駅に降り立った俺は、案の定事情を聞かれることになった。
口下手なせいで想定よりも時間はかかったが、なんとかそれも終え、今俺は晴れて自由となったわけだ。
……さて、これからどうするかな。
この町には特に用はないし、すぐに素通りしてしまってもいいんだが――
「ねえねえレナルド! これ見てよ!」
エウラリアが声を上げ、駅の掲示板に貼られたポスターを指差す。
どうやら地元の祭りのポスターのようだった。
祭りの様子がでかでかと描かれた絵の隅に、日時と場所だけが簡潔に書かれている。
「これって今日じゃない? ……レナルド、見に行ったりする? する?」
俺に詰め寄って来るエウラリア。
目を零れ落ちんばかりに見開き、宝石のように輝かせ、俺の周りをくるくると飛ぶ。
「ねえねえレナルド、見に行く?」
「……ああ、行こう」
そんな穢れのない目で見られたら、見に行かない訳にはいかないじゃないか。
俺の承諾を得たエウラリアは羽をパタパタと忙しなく動かして喜びを露わにした。
「わぁい! ボク、お祭り好きなんだよね! あの皆がわちゃわちゃ賑わってる感じがさ!」
「そうか。俺はあまり参加したことはないな」
昔から人の集まるところは苦手だったしな。
ただ、別に嫌いという訳ではない。
これだけ喜んでくれるなら、行くのもやぶさかではないだろう。
駅のホームを出ると、空には夕焼け空が広がっていた。
窓越しに見るよりも心なしか大きく感じる太陽の下、俺たちは祭りの会場に向け歩き出す。
この時間ならば、もう祭りは始まっているだろう。
この町はこの近辺の駅のターミナル的な存在だ。自然と人や物が集まり、周囲では一番の発展を遂げている。そうなると必然的に、一度参加した地元の祭りよりも規模が大きいことは確実だ。
「なんかレナルド楽しそうだね」
「そうか?」
手で顔を触ってみると、たしかに頬が少し緩んでいた。
やはり祭りというのは人を浮かれさせる何かがあるのかもしれない。
「……いや、そうじゃないな」
「何が?」
「一人じゃないのが嬉しいのかもしれん。祭り自体ではなく、他人と祭りに来るという行為に俺は喜んでるみたいだ」
思えばずっと一人だったからな。
こうして他人と――まあエウラリアは妖精だが――話しながら町を歩くという行為で俺は嬉しくなってしまっているんだろう。なんというか、我ながら単純なやつだ。
それを聞いたエウラリアは小さな掌で所在なさげに手遊びし出した。
「……もしかしてボクのこと口説いてる? そ、そんなこと急に言われても困るっていうか、ほ、ほら! ボクたち妖精と人間で、種族も違うしさ!」
「いや、別にエウラリアじゃなくても誰でもよかったんだ。ただ一人じゃなければ」
孤独に飽き飽きしてただけだったからな。
「ちょっと! そこは『エウラリアと一緒にお祭りに来れて良かったよ』でしょ!」
「? お前が誘ったから来たんだぞ?」
「あ、わかった。レナルドって馬鹿なんだ」
「なんでそうなる!?」
エウラリアは「まったく、『極意』にまでたどり着く人間は融合馬鹿ばっかりだってことを忘れてたよ」と腕を組んで内省している。よくわからんなコイツは。
まあ、妖精には妖精の考え方があるのだろう。人間の俺には分からないことがあるのも仕方ない。
「まあ、とにかく楽しもうぜ。ちょうど着いたしな」
俺が指をさすその場所では、まさに祭りが開かれていた。
この日のために用意されたらしいランプで照らされた祭りの会場は、どこか非日常な光景に見える。
人々はみな浮かれ顔で、様々な屋台を見て回っているようだ。
「おおぉー! 行こ行こ、レナルド!」
その光景を見てテンションが上がったのか、エウラリアは俺の腕の裾をうーうーと引っ張る。
力はまるで感じないが、微笑ましい。
「わかったわかった。引っ張らないでくれ」
「急がないと売り切れちゃうよ!」
焦るエウラリアと共に、俺は屋台を回りだした。
そして数分も経たないうちに、俺の両腕は食べ物で塞がる。
まったく、エウラリアのヤツ珍しがってなんでも買いやがって。
「わぁっ、わたあめだって! なにこれ、ふわふわしてる~! すごいねレナルド!」
「……ああ、すごいな。俺も買うのは初めてだよ」
それでも楽しそうにされるとついつい買ってしまうあたり、俺も大分甘いのかもしれない。
「エウラリア、ちょっと休憩しよう。もう持ちきれん」
「うん、わかった」
両手を袋でいっぱいにした俺は、近くの広場へと移動した。
祭り気分のが漂う広場で、俺は空いている椅子に腰かける。
エウラリアは膝の上にちょこんと乗った。
「はぁあ、楽しいねぇ!」
「そうだな」
「あっ。……ご、ごめんねレナルド? ボクばっかり楽しんじゃって」
「良い良い、気にすんな」
心配そうな顔で見上げてくるエウラリアの頭を指で撫でる。
ここまで自分の感情をストレートに出せるというのも羨ましい。
俺は無意識のうちにどこかでストップをかけてしまうからなぁ。
「むしろお前が楽しそうにしてるの見てるのが一番楽しいからな」
「むぅ、何さそれ」
「褒めてんだぞ?」
「本当にぃ?」
俺が神妙な顔で頷くと、「何その顔」とエウラリアは笑う。
「じゃあしょうがないなぁー。レナルドを楽しませるために、ボクも楽しむことにするよ。レナルドを楽しませるためにね!」
「おお、そりゃ助かる」
エウラリアはケラケラと笑い、俺の膝から宙へと移る。
そして数メートルほど離れた場所まで飛び、こちらに手を振る。
「いっくよー!」
「ん?」
行くって何だ?
疑問に思う俺を前に、エウラリアはこっちへと突っ込んでくる。
そしてそのままわたがし目掛け身体ごと飛び込んだ。
「どーん!」
「あ、おいっ!?」
「あはは、ふわふわのベッドだよ~! はむはむ、はむはむっ!」
三百六十度を甘いわたがしに囲まれ、エウラリアはご機嫌なようだ。
いや、でもわたがしになんて突っ込んだらその内……。
心配に思う俺の耳に、エウラリアの悲痛な声が聞こえてくる。
「れ、レナルド……助けて……身体がべたべたするぅぅ……」
まあ、普通はそうなるよな。
指でエウラリアをほじくりだす。
身体中わたがし塗れになったエウラリアは、俺の膝の上でぜえぜえと荒い息を漏らした。
「何やってんだお前は……」
「うぅ、こんな罠があったなんて……。買うときに突っ込んじゃダメなんて言ってなかったのにぃ……」
「普通は突っ込まないからなぁ」
わたがしに身体ごと突っ込むやつなんて、古今東西探してもお前だけだと思うぞ。
「で、これからどうする? ボクはもう充分楽しんだから、今度はキミが行きたいお店に行こうよ」
「そうだな……」
俺に話を振ってくれるのは嬉しいが、イマイチ思いつかないな。
行きたいところ、行きたいところか……。
「……思ったんだがこの祭り、融合屋が一つでも出店してないんだよな」
「ああ、言われてみれば。まあ田舎のお祭りだし、単純に融合魔術師がいないんじゃない?」
「それはいけない!」
「!? ど、どうしたの突然」
ビクッと肩を震わせるエウラリア。
そんな彼女に、俺は熱弁を振るう。
「誰も融合屋が祭りに出ていない。これでは駄目だ。もっと融合魔術というものを広く啓蒙するんだ!」
「……キミってそんなに意識高かったっけ?」
「……正直に言ってもいいか?」
「うん」
「雰囲気に充てられて、腕がうずいて仕方ない」
「……ぷっ、何さそれ」
エウラリアに笑われ、俺は頬を掻く。
祭りの特別な雰囲気というのは人を浮かれさせる。
今までこういったものにはあまり流されずに来たのだが、たまには流されるのもいいだろう。
それに、駄目といわれてももう腕が我慢ならない。何か作りたくて仕方がないのだ。
「相変わらずの融合バカっぷりだねぇ。ボクの好みだ」
エウラリアはそう呟くと、くるんと宙を一回転する。
「まあどういう過程であれ、キミが融合魔術を使うというなら止めやしないよ。一流の融合魔術を間近で見るのが、ボクの一番の楽しみだからね」
「よーし、やるぞエウラリア!」
「えいえい、おー!」
突如大声を出した俺に、広場の注目が集まる。
「エウラリア……? 突然大声で何言ってんだアイツ?」
「お母さん、変な人がいるー」
「しっ、見ちゃいけませんっ!」
……エウラリアが他人に見えていないの、すっかり忘れてた。
奇異の視線が俺へと注がれる。
俺はそんな人々に聞こえないよう、小声でエウラリアに声をかけた。
「まずは魔石の確保からだ。いくぞエウラリア」
「……なんというか、締まらないねぇ」
「……うるさい」
俺は赤面しながら、まずは材料となる魔石の確保に乗り出すのだった。