最終話 融合魔術師は職人芸で成り上がる
時が過ぎるのは早いもので、あっという間に一週間の時間が流れた。今日は記念すべき店のオープンの日だ。
だからだろう、オープン前にわざわざ忙しい合間を縫ってエルディンが駆けつけてくれた。
「やあ、一週間ぶりだね。色々と駆けまわっていて今日まで碌に会えず、なんだか申し訳ないよ」
「いや、今回の襲撃事件の事後処理のために方々を奔走してるって風の噂で聞いたぞ? そんな中で来てくれただけでも嬉しいよ。ありがとな」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
エルディンはそこで言葉を切って店の中を見渡す。
そして再び俺の方に向き直り、ニコリと笑みを浮かべた。
「このお店はいいね。とても綺麗だ。絶対に人気が出るよ」
「エルディンが言うと本当にそうなりそうだ」
「僕の本物を見極める目は信用してくれていいよ。まあ、そんなことより……レナルド、開店おめでとう」
「ありがとうエルディン」
「うん、どういたしまして……あっ」
「? どうした?」
不意に声を上げたエルディンに尋ねると、エルディンは店の玄関を指差し、もう一方の手でセレナに向けてカウントダウンを始めた。
「セレナ、君のお姉さんがこっちに来てるよ。あと三歩、二歩、一歩……」
そしてそれがゼロになったのと丁度同時に店の扉がノックされる。
「エルディンすっごー」
「どうなってるんだよ……」
「気配を読んだだけさ。鍛えれば誰でもできるよ」
そもそも一般人はどれだけ鍛えても気配なんて読めないんだが……イルヴィラもそうだが、天才は天才の尺度で物事を計るから困る。
そう思いながら扉を開ければ、そこにはやはりイルヴィラの姿があった。
「セ~レ~ナ~っ!」
イルヴィラは店に入ると同時に駆けこむようにしてセレナに抱き着く。
「お姉ちゃん、退院おめでとう!」
「んふふ、ありがと~」
嬉しそうに微笑むイルヴィラを見ながら俺は唸った。
「治り早いよなぁ。さすが超一流の冒険者」
一週間前に重傷を負ったばかりなのに、傷が綺麗さっぱり消えている。もちろん包帯も巻いていないので、怪我をしていたところをこの目で見ていなければ怪我をしたこと自体信じられなそうだ。
燃えるような赤い長髪を手で流し、イルヴィラは不思議そうな顔で俺を見る。
「そう? こんなもんでしょ。というかもう五日目にはほとんど治ってたんだけど、セレナが完治するまでは退院しちゃ駄目っていうから二日伸ばしたくらいよ」
「だってお姉ちゃんすぐ無理するんだもん。わたし心配だよ」
「セレナが心配してくれるなんて……あたしって幸運だわぁ……」
イルヴィラはセレナを抱き寄せる。
普段はキリリと締まった口を緩めつつ口角を上げるイルヴィラ。残念美人ってこういうことを言うんだなぁとつくづく思う。
「ねえねえレナルド、イルヴィラがしみじみと気持ち悪い」
「エウラリア、それは同族嫌悪ってやつだ」
「ちょっと待って、ボクいつもこんな感じ!?」
「待ちなさいよ、あたしがなんでエウラリアと同類扱いされるの!?」
……マジかお前ら、自覚なしか。
そんな驚いた目をこっちに向けるな。その顔は俺がしたい顔だ。
とはいえここは、俺が言うよりも適任に任せるべきか。
「……セレナ、言ってやれ」
「はい師匠。んーとですね、端的に言いますと……どっちもどっちです!」
「ぐふっ!」
「うぐぅっ!」
セレナの鋭い刃に両断され、四つん這いになって蹲る二人。
「良く言ったぞセレナ」
「わたしは二人とも大好きですけど、時々行き過ぎちゃうとちょっと困っちゃうときもあります」
柔らかい雰囲気のまま困ったように眉を下げる。
やっぱり唯一ちゃんとしてるのはセレナだな。こういう人がいてくれると個人的には凄く助かる。精神が休まるからな。
「セレナの言う通りだな。セレナがいてくれていつも助かってるぞ」
「なら師匠、ご褒美に師匠の使ってる枕をわたしにください!」
「……セレナも同類かもな」
「えぇぇっ!? そ、そんなぁ!」
胸を抑えてすとんと床に尻餅をつくセレナ。
地に伏した三人を見下ろしながら俺はため息をつく。
「やれやれ、結局まともなのは俺一人……ってわけか」
「あんたはコミュ障でしょ」
「うぎぃっ!」
い、イルヴィラお前、それは言わない約束だろぉ……!?
身体中の力が抜け、ガクリと床に倒れこむ。
「あはは、君たちはいつも面白いね。一緒にいると楽しいよ」
落ち込む俺たちの中、エルディンだけが一人朗らかな笑みを浮かべていた。
「って、ちょっと。そんなこと話してる間にそろそろ開店の時間じゃない?」
イルヴィラがふと呟く。
どうやら会話を楽しみ過ぎていつの間にか時間が過ぎていたらしい。
ぱちぱちと軽く頬を叩いて気持ちを切り替える。
そろそろ集中しないとだよな。……まあ開店初日の融合屋の集客なんて高が知れてると思うけど。
ただでさえ王都の融合屋は強豪の数が物凄いし、ましてやこの店は大通り沿いでもない訳だし。
「お客さんも集まってきだしてますし……師匠、少し早目に開店しますか?」
ちらりと外を見て提案してくるセレナ。そうだな、それがいい――そう言おうとして、俺は店の外に広がる光景に絶句した。
「……おい、ちょっと待て。ちょっと待ってくれ」
「? どうかしましたか、師匠?」
こてんと首をかしげる仕草は可愛らしいが、今はそれには構っていられない。
なんだこれは。なんだこれは。
……外に滅茶苦茶人が並んでいるんだが!
「な、なんでこんなに人が来るんだ……!? おかしいだろ、ここは大通りでもないんだぞ……?」
ズラリと並んだ人は少なく見積もっても三十人はいそうだ。
突如出来上がった謎の行列に街ゆく人々は不思議そうな顔を浮かべて注目している。俺も彼らと全く同じ顔だ。
訳が分からない俺を差し置いて、イルヴィラがさも当然といった顔で告げる。
「なんでって当然じゃない。セレナがいるんだから」
「ああ、セレナちゃんは王都一の融合魔術師として認知度高かったもんね。僕も何度かお世話になったし。たしかお得意様も凄い数いたはずだし、当分はこの調子なんじゃないかな」
俺は失念していた。
王都一の融合魔術師として名を馳せたセレナが店を閉めて別の店に移るとなれば、今までのセレナの顧客はどういう行動をとるか。
答えは目の前の光景が教えてくれている。そう、付いてくるのだ。
セレナ程の実力のある融合魔術師はごく稀であるし、店が変わったと言っても同じ王都内、徒歩数分の距離。むしろ付いて来ない人の方が少ないだろう。
……おいおい待ってくれ、それじゃあれか? 俺の店は開店早々人気店の仲間入りなのか?
「あれれ~? もしかしてレナルド、気づいてなかったとか?」
「え、エウラリア、お前は気づいてたのか……?」
ギギギと顔を向ければ、元気よく頷くエウラリアの姿が視界に入る。
「ボクは当然気づいてたよ。でもレナルドには言わないでおいてあげた」
「……なんでか聞いてもいいか?」
「えへへ、気付いてなさそうだったから!」
俺のパートナーが酷い。
……いや、これは俺の責任だな。セレナが俺の店で働きたいと言ってきた時、俺はセレナの腕にばかり気をとられるばかりで、セレナがこれまで獲得してきた顧客からの信頼が頭から抜け落ちていた。
「……なあセレナ」
「はい師匠っ! いよいよ開店ですね! 師匠のお店で働けるなんて、わたし本当に嬉しいです! 最高にハッピーって感じです!」
「お前をうちの店で雇うって話、あれ無かったことにならないかな」
「師匠酷いっ! や、約束はちゃんと守ってほしいですっ!」
ごもっとも。
……楽しみ過ぎて一睡もできなかった結果、今朝は頭がボサボサのまま瞼を擦ってやってきたもんな。
寝不足なのにも関わらず目を輝かせアホ毛をはためかせ今か今かと開店の時を待っていたセレナをここで切り捨てるわけにはさすがにいかないだろう。
それは師匠失格どころか人間失格な気がする。……ああもう、しょうがないか。
「もっと細々と活動していくはずだったんだが……どうしてこうなった」
俺の計画じゃ、腕は世界一になっても人気はいらないはずだったんだが……まさかこんなことになるとは。人生分からないものだ。
俺の呟きに気が付くと、エルディンもイルヴィラもセレナもエウラリアも、皆揃ってニコニコと笑顔を浮かべて俺を見る。笑い事じゃないってのに……まったく酷いヤツらだ。
「頑張れレナルド~! プレッシャーに負けるな~!」
「頑張るよ。……緊張で吐かなきゃいいんだが」
肩に乗って応援してくれるエウラリアにそう返す。
緊張はしている。だけど嫌な緊張感ではない。
革エプロンを軽く下に引っ張り、形をビシッと整える。
……よし、行こう。開店だ。
気合を入れて頬を叩き、小さく息を吐く。顔を上げる。扉を開ける。
そして入って来た客に向けて、精一杯の笑顔で声をかける。
「――いらっしゃいませ」
さあ、どんな魔石でもどんな素材でもかかってこい。一つ残らず融合してやる。
これにて完結です! お読みくださりありがとうございました!
2巻は9月25日発売です! よろしくお願いします!




