65話 一日の終わり
『脱サラ転生魔術師は職人芸で成り上がる』2巻が9月25日に発売されます!
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「いやぁ、一時はどうなることかと思ったけど、なんとか解決したね~」
俺と共に店の二階の住居スペースに戻ってきたエウラリアがベッドの上で暢気に呟く。昼ごろとは打って変わってだらしのない顔だ。
だがそれを咎める気にはならなかった。なぜなら俺も同じような顔をしているだろうから。
「そうだなぁ」
ベッドにボフンと仰向けになり、体重を預ける。
波乱に満ちた一日ではあったが、終わりにはなんとかこうして平穏を取り戻すことができた。
精神を利用するためには肉体を殺すことができなかったらしいことが功を奏し、結果的に一連の事件での死者はゼロ。これは素直に喜んでいい数字だと思う。
イルヴィラはかなりの重傷を負ってしまったが、それでも後遺症は残らないみたいだからな。唯一の不安点も解消された。
「それにしても、結局最後はお前の剣を使うことになるとは……つくづく人生何があるかわからないよな」
「ボクの愛刀はやっぱり役に立ったでしょお? なんてったって愛刀だからね、愛刀っ」
爪楊枝を一丁前に構えてふふんと得意げな顔を浮かべるエウラリア。鼻先をツンと突いてやりたい衝動に駆られたが、事実役に立ったのでやめておいてやることにする。
自慢げな顔で何度か爪楊枝を振ると、エウラリアはふと真剣な顔になった。
「でもまさか、この星の破壊が目的だったとはねぇ。……ん? あ、ってことはレナルドはさ、この世界の救世主ってことになるんじゃない?」
「……そうなるのか?」
「なるよ! 自信持ちなよレナルド! 全然似合わないけど!」
「全然似合わないは余計だぞ」
まあ確かに自分でも全く似合っていないと思うが。
でもそうか。あのままジャハトとマーシャルの計画が成功していたら、下手したら今頃この星は跡形もなくなっていたかもしれないんだよな……実感は全く湧いてこないけど。
「あはは、ごめんごめん。……ありがとうレナルド。ボクはキミに心の底から感謝してるよ」
「おお、どういたしまして……で、いいんだよな? エウラリアに真剣な顔で礼を言われるとなんだか変な感じだな」
親しくなればなるほど真面目な話をするのが気恥ずかしくなるという経験は大抵の人にあると思う。
俺にとってエウラリアはもはや完全に身内であり、家族に近い存在だ。そんな存在から不意に告げられた混じりっ気なしの純粋な感謝に少々面食らい、咄嗟に軽く茶化してしまう。
そんな俺に「むー、レナルドは失礼だなぁー」とむくれてみせるエウラリア。
「……だから、まあその……これからも? ……よろしくっていうか?」
言っているうちにだんだん自分でも恥ずかしくなってきたらしく、エウラリアは頬を赤らませながら天井へと視線を逸らす。だがそれでも顔の火照りは収まらないようで、クルッとこちらに顔を向けた。
「……ああもう、なんでボクこんな恥ずかしい気持ちになってるわけ!? レナルドが意識させるからだかんね!?」
「照れるな照れるな。俺は嬉しいぞ、うんうん」
耳まで赤くしているエウラリアをなだめてやると、頬をぷくりと膨らませ、不満げな顔で俺を睨む。
「ぐぬぬ、良い様にあしらわれてるぅ……! レナルド風情にぃ……!」
「俺風情って何だよ!?」
「レナルドごときにぃ……!」
「意味変わってないからな?」
「なにさ!」
「なんだよ!」
俺たちはムッとした顔で向かい合い――
「……ふへっ」
「……くくっ」
――揃って浮ついた声を漏らした。
「じゃあ改めて――これからもよろしく頼む、エウラリア」
「こちらこそだよ、レナルド!」
俺に憑いた妖精がエウラリアでよかった。旅を始めてから何度思ったかわからないそんなことを、今日この日俺は再び思った。
不意に玄関のチャイムが鳴らされる。
「ん……? 誰か来たみたいだな」
もう午後九時ごろ、そろそろ人通りも少なくなる頃なのだが……誰だろうか。
そう思いながら玄関を開けてみると、そこにはセレナが立っていた。
「おお、セレナか。どうした、こんな夜遅くに」
「夜分遅くにすみません。お姉ちゃんのお見舞いの時間ギリギリまで病室にいたらこんな時間になってしまって……」
「ああそうか、そうだよな。まあ上がってくれ、玄関口で話すのもどうかと思うしな」
「そうそう、セレナが風邪引いちゃったら大変だもんね」
エウラリアの言う通りだ。セレナは夜風から身を守るためのコートを着てはいるが、元々あまり身体の丈夫な子供じゃなかったって話だからな。
とり急ぎセレナを店の中に招き入れる。
もしセレナが風邪を引くようなことがあれば、イルヴィラはセレンを心配するあまり治りが悪くなってしまいそうだ。一日でも早く完治してほしい俺たちからしても、それは望むべきところではない。
「イルヴィラは大丈夫そうなんだよな?」
「はい、命に別状はないですし、後遺症もないって伝えられました」
再度イルヴィラの症状を確認し、うんうんと頷く。
一度聞いてはいたが、念のためだ。後に影響が残るような怪我じゃなくて本当に良かった。
「で、どうしたんだ?」
「えーっとですね。いきなり不躾なお話で恐縮なんですが、いつごろお店をオープンしようと考えてるかとか、聞いてもいいです?」
「ぼんやりと一週間後くらいには、とは考えてるぞ。王都に着いてから心も体も休まる暇がなかったからな、そのくらい休んでおきたい」
自覚していないだけで心身ともに疲労が溜まってるだろうしな。そのくらいの休日は許されるだろう。
「なるほど……あの、えっとですね、そのー」
「遠慮することはない。セレナは俺の弟子だからな、気兼ねせず言いたいことを言ってくれ」
「ありがとうございます師匠。さすが師匠です、尊敬です。カッコいいです」
セレナは流れるように俺を褒めるよな。冗談だったら流せるんだが、本気で尊敬しているからその度にどうしていいかわからなくなってしまう。
それにしても……セレナがこんな煮え切らないでお茶を濁すのは珍しいな。よほど言い辛いことなのか?
「ではそんな師匠のお言葉に甘えまして……師匠にお願いがあります」
「なんだ?」
ごくりと唾を呑みこむ俺の前で、セレナは真っ直ぐに俺を見つめていた視線を下へと落とし頭を下げる。
「お願いします、師匠のお店にわたしを置いてくださいっ!」
「……え?」
間の抜けた声が口から漏れる。
な、なんでだ? セレナはすでに王都一の融合屋としての地位を確立しているはずだろ?わざわざ俺の店に働きに来る理由なんて皆無じゃないのか?
しかしわざわざこうして頼みに来たということは、当のセレナはそう思っていないということの何よりの所作で。
普段の明るい声色から少し落としたゆっくりと落ち着いた声で理由を語る。
「今回の事件を通して……いえ、師匠と王都で再会してからというもの、わたしは自分と師匠との実力の差を痛感しっぱなしでした。やっぱりわたしはまだ師匠には及びません。だから一度自分の店を畳んで、師匠の元で修行させてほしいんです」
そして再び俺を見つめる。
「駄目、でしょうか?」
セレナの上目遣いが俺の視界に飛び込んでくる。
セレナ、その顔は卑怯じゃないのか。ほとんどノーの選択肢が消えてしまったようなものじゃないか。
「……弟子にそんな顔されたら、師匠としては断れないな」
まあ俺としても、セレナが店に来てくれるのは有難い。
セレナがどう思っているかは分からないが、俺からして見ればセレナは貴重な『共に競い合える相手』だ。傍にいてくれればそれだけ向上心を高く持つことができる。
そしてもう一つ、セレナの成長をこの目で見られるのも嬉しい。村にいるときは自分の融合魔術の腕を向上させることだけしか考えてこなかったのだが……これが弟子を持つという感覚なのだろうか。
「やったぁ! 師匠、ありがとうございます! 大好き!」
感極まったのか、セレナが俺に抱き着いてくる。
出会った時はあんなに子供だったのに、もうこんなに大きくなって……子供の成長ってのは早いもんだな。
「ずるいっ、ボクもセレナに大好きって言われたい! 抱き着かれたい!」
「エウラリアは相変わらずエウラリアだなぁ」
「もちろんリアちゃんも大好きですよ!」
喜びからかほのかに頬を上気させながら、エウラリアにも溌剌とした笑顔を向けるセレナ。そんな顔を向けられてあのエウラリアが平気でいられるはずもなかった。
「えへへ、そぉ? 嬉しいなぁもう。ほっぺたぺろぺろしていい?」
「うぇっ? そ、それはさすがに恥ずかしいですよぅ……」
「よいではないか、よいではないか。ぐへへへ……」
うわお、凄い邪悪な笑み。セレナと真逆。さすが変態妖精の名は伊達じゃないな。完全に時代劇の悪代官そのものだ。だけど……。
「イルヴィラにバレたらただじゃ済まなそうだな」
「ぬぬっ!? た、たしかに……! うぅ、ボクは我慢するべきなのか……!? どう思う、セレナ?」
「わ、わたしからは何とも言えませんけど……あ、でも大丈夫ですよリアちゃん! お姉ちゃんならきっと半殺しで済ませてくれますから!」
それは果たして大丈夫なのか? 俺の予想じゃ多分大丈夫じゃないと思うぞ。
イルヴィラのせいでセレナのセーフの基準がズレてる気がするんだが……ともかく、エウラリアはどうするのだろうか。
「……うん、やっぱり妖精たる者、清く正しく品行方正に生きるのが一番だよね!」
イルヴィラのプレッシャーに心が折れたようだ。エウラリアの暴走をこの場に居ずして止めるとは……イルヴィラ恐るべしだな。
それから月明かりが照らす夜道をセレナを家まで送り届け、ようやくこの長い一日はとうとう終わりを告げた。
セレナと同じ融合屋で働く日が来るとはな……。なんだか感慨深いが、それ以上に身が引き締まる。弟子にカッコ悪いとこ見せられないもんな。
「少しは張り切るとするかな」
呟いた言葉は夜の空に溶けていった。




