62話 野望
洞窟を抜けた俺たちは岩場で互いに向かい合う。
あちら側にはジャハトとマーシャル、こちら側には俺とエルディン、そしてエウラリア。
周囲には人気はなく、ピリピリとした緊張感が俺たちの間に流れる。
「今日は祝杯だな。お前を倒せば俺の計画は最終段階に入ることができる」
ジャハトは俺の顔を見て口角を僅かに持ち上げた。
計画だと……? コイツの一連の行為には何か意味があったってことか?
だとしたら、何の目的があったっていうんだ。
ジャハトを睨み据えるが、その表情からは思考を読み取ることはできない。
一切の光のない目はまるで深遠のようで、むしろ此方が引きずり込まれそうになるくらいだ。意思の力でその誘惑を振り切り、俺は尋ねる。
「ジャハト、お前の目的はなんだ。セレナや他の融合魔術師を襲って意識を奪って、何を目論んでる」
「ふん……いいだろう、教えてやる。今日は記念すべき日だしな。――俺の目的、それはこの星を破壊することだ」
「……!?」
星を、破壊……!?
あまりにスケールが大きくかつ荒唐無稽な話に、一瞬警戒を忘れてしまう。
慌てて気を引き締め直した俺を気にも留めず、ジャハトは岩場の手頃な石を拾い、そしてグッと握り潰す。
粉々になってはらはらと落ちていく石の欠片を眺めながら、ゾクゾクと背徳感を覚えているようだ。
「破壊魔術に傾倒した俺は、まずは手当たり次第に周りにある物や人、全てを壊した。そのうちにわかったのだ。人間の精神と肉体は一本の紐で繋がれているんだとな。そしてその繋がりを破壊すれば、体内で異物と認識された精神が拒絶反応により体外に排出されることで、人間の精神が固形物となって手に入るということも」
たしかに魔石は一説には『魔物の精神が形を伴った器官』とも呼ばれているし、そういう研究も盛んだ。それを知ってか知らずか、極意の習得と共にコイツは人間の精神を魔石のような形で人体から引き離す術を得たらしかった。
冷や汗が背中を伝う。
そんなこと、普通はやろうとは思わない。万が一思いついたとしても、確信を得るためにはそれこそ十や二十じゃきかないくらいの実証実験を繰り返す必要があるはずだ。
コイツには倫理観ってものがないのか……?
「人間の精神とはすなわち、魔物で言う魔石と同じ。数々の実験を通してそう結論付けた俺は、次の段階に思考を移した。すなわち、人間の精神の性質について。スライムの魔石の性質は『収縮』であり、ストーンコボルトであれば『硬質化』だ。……ならば、人間の精神はどんな性質だと思う?」
まるで家庭教師然とした口調で俺たちに問いかけてくるジャハト。
答えを持たない俺たちは無言を貫く。
唯一マーシャルだけが「……クックックッ」と笑う。
「かなり苦労したが、ようやく最近分かったんだよ。人間の精神が持つ性質は、その人間が強く心を燃やすものと深く結びついているものとなる。つまり、一流の融合魔術師の精神は『融合』の性質を持つ。それに気づいたときに、ある計画を思いついた。さすがに極めきった破壊魔術でも星そのものは壊せないが、この方法なら話は別だ」
ジャハトの目から初めて感情が読み取れた。
己の悲願を嬉々として語る、少年のような感情。内容とは裏腹の混じりっけなしの純粋なものだ。
「『融合』の性質を利用することで俺の破壊魔術を星自体に融合させ、この星を自壊させる。――それこそが俺のなすべきこと、俺の野望だ」
「……なんのためにそんなことを」
「理由? ……理由か。考えたこともなかったが、そうだな……」
ジャハトは虚を突かれたかのごとくはたと首を捻る。
そして数秒の後に答えに辿り着き、それを俺たちに言葉で伝える。
「単純に、試してみたい。破壊魔術という物がどれだけの規模のものを壊せるのかということを。破壊魔術には限界が無いってことを証明したくなったんだ」
「よくぞ言ったぞ、ジャハト。オレはそういうお前が好きで傍にいるのだからな」
「マーシャル。最初は邪魔で仕方なかったが、まあ今となれば俺もお前のことは悪くなくなった」
暢気な会話をするジャハトとマーシャル。とても今の今まで星の存亡について語っていたとは思えないトーンだ。
……違う。コイツラと俺たちは、何かが根本から絶対的に違う。そうとしか思えない。
だがそう声高に主張したい意識とは裏腹に、本能では彼らにどこか自分と似たようなものを感じているのもまた事実だった。
「……俺と同じように極意にまでたどり着いたんだ、レナルド、お前ならこの気持ちがわかるだろ?」
ジャハトの問いに即答はできなかった。その通りだったからだ。
ジャハトが破壊魔術に対して抱いているその感情は、俺が融合魔術に抱いている感情と同種のものだ。自分の極めた魔術の限界を知りたい。そしてそれを超えたい。俺も同じことを常々思っている。
「正直、わからなくはないところもある……」
だから、気持ちは分からなくはない。
自分の実力を試したい気持ちもわかる。
魔術を好き放題に無秩序に使いたい気持ちもわかる。
妖精と共に高め合っていく喜びもわかる。
もし俺が破壊魔術に憧れを抱いていたら、同じようになっていたかもしれないとも思う。……だが、だ。
「……だが、これだけは確実だ。ジャハト、お前の行いは間違ってる」
だかといって、それがお前を許す理由には全くならない。
セレナや他の融合魔術師を襲ったことは、どんな理由があれ正当化することはできないのだから。
俺は人づきあいが苦手だが、そんな俺でも世の中には色々な種類の人間がいることを知っている。エウラリアとの旅を通して、より一層それを学んだつもりだ。
星を壊すってことはそんな人々全員を殺すってことだ。いや、人だけじゃない。自然も魔物も植物も、全てが跡形もなく壊れるってことなんだ。……そんなことさせてたまるかよ。
「お前の野望は俺たちがここで止める」
「止められるとでも? やれると思うのならやってみると良い……どうせ無駄だがな」
ジャハトの身体から魔力が溢れだす。
どす黒いオーラ……あれが破壊魔術か。
「レナルド、気を引き締めてくれ。彼は強いよ」
「ああ、わかってる」
安全のためにエウラリアを服の中に突っ込む。
そしてエルディンに続くようにして腰の剣を抜いた。
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