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6話 誰しも大なり小なりこだわりはある

 列車に乗って十分。

 未だ一つの駅にも止まってはいないが、エウラリアはようやく列車というものに慣れてきたようだ。


「ねえねえレナルド、この列車ってヤツはどういう原理で動いてるの?」

「俺も良くは知らないが、この列車は正式名称を『順路記憶魔導車』というらしい。まず、バッファカウという魔物に何度もルートを走らせる。その後その魔石を動力源として列車を動かすと、生前に走っていたルートとほとんど同じルートを走るようになるんだってよ」

「へぇ……ボクの知らない百数十年間の間にこんな凄いものが開発されてたなんて、やっぱり人間は凄いよねぇ。ボクの頭じゃこんなの到底考えつかないや」

「俺にもまず無理だな。世の中には凄い人間がいるもんだ」


 この『順路記憶魔導車』が発明されてから、この世界は大きく変わった。都市部と田舎の交通の便が劇的に改善し、田舎の発展に最も寄与した発明との声も名高い。


 田舎中の田舎である俺が住んでいた町から王都に出るには列車を何本か乗り継がなければならないが、それでも列車ができる前から考えれば凄いことだ。

 列車が出来る前は、王都に行こうと思ったら一か月単位での長旅になったらしいが、今なら最速一日で王都まで着けるもんな。


「それで、旅するって言ってもどんな感じに進もうか? 最初に一番進んでる王都を見てみる? というかレナルドで王都に行ったことある?」

「王都は一度だけ行ったことがある。融合屋のレベルも高くて、とてもいい経験が出来た」


 あの時はまだ店を出す前だったか。やはり国の中心だけあって、レベルもそれなりに高かった。

「果たして自分がこの道でやっていくことができるだろうか」と少し怖気づいてしまったのを昨日のことのように思い出す。

 もっとも、今の俺ならその中でも戦えるという自負はある。

 しかし、すぐに王都に行ってしまうというのもそれはそれで味気ない気がするな。

 ほとんどスライムの魔石しか扱ったことのないまま、王都に店を構えることには少し不安を感じなくもない。……よし。


「王都に行く道すがら、途中の街で腕鳴らしをしてみるってのはどうだ? 王都に着いたらすぐに店が開けるように、スライム以外の魔石の扱いについても勉強しておきたいしな」


 ……自分で出した案ではあるが、これは名案なんじゃないか?

 今の俺にはまだ経験が足りていない。

 それを補うために、各地に住む魔物の魔石を融合させて経験も積めば、俺はもっと凄い融合魔術師になることができる。

 そしてその経験を携えて王都に店を構え、国中から集まる珍しい魔石を融合させる……なんというか、心が躍る妄想だ。

 そんな華々しい未来を想像していると、エウラリアがクスリと笑った。


「ボクが答えるまでもなく、レナルドの中ではそれに決まってるみたいだね。キミ今、少年みたいな顔してるよ?」


 エウラリアが窓に映った俺の顔を指差す。

 たしかにそこに映っている俺の顔は、バカみたいに目を輝かせていた。


「じゃあ、それで決まりでいいか?」

「うん。楽しい旅になりそうだねぇ!」

「ああ、そうだな」


 俺とエウラリアは窓の外を眺める。

 今俺は輝かしい未来へと、凄い速度で進んでいるのかもしれない。




「ところでさ、レナルド」


 流れてゆく景色にも手持無沙汰になったのか、エウラリアが俺に話しかけてくる。

 俺は沈黙は大丈夫なタイプなのだが、エウラリアはおしゃべりがしたいタイプみたいだな。

 ……いや、誰とも話せなかった百年の反動が来ているのかもしれない。

 それならば、無下に扱うのも良くないだろう。


「ああ、どうしたエウラリア?」

「キミってあんまり笑わないよね。せっかく顔が整ってるんだから、もっと笑えばいいのに。窓に向かってちょっと笑ってみなよ」


 そう言って自らの頬を指で持ち上げ、ニッと可憐に笑って見せるエウラリア。


「……俺はそういうのは苦手だ」


 自然に笑うのならまだしも、作り笑顔というのは致命的に苦手だった。

 愛想笑いなど、できるようになる気がしない。

 だから拒否するのだが、エウラリアも引いてくれない。


「いいからいいから。それに、キミの将来のためにも練習しておいた方がいいと思うよ? そもそもキミくらいの腕前の人間がお客に困ってる時点でおかしいんだ。普通なら貴族になっててもいいくらいなのに」

「権力に興味はないからな」

「権力に興味は無くても、貴族や王族が持っているきっちょーな材料を扱うことには興味あるんじゃない?」

 

 ……たしかにその通りだ。

 さすがに今まで三人に付いてきただけあって、融合魔術師の心理はお手のものというところなのだろうか。

 エウラリアの言うことももっともだし、たしかに融合屋は客商売だ。笑顔ができなくて損することはあっても、できて損することはない。

 これもある意味、融合の腕ということになるのかもしれない。

 ならば、逃げていては駄目だ。


「……わかった、やろう」

「おおー!」


 歓声をあげるエウラリアの前で、俺はせいいっぱいの作り笑顔をしてみせる。


「……これでいいのか?」

「そうそうそれでいいんだよ――って、ひぇぇ!? こ、こわっ!」

「……」


 俺は俯いた。

 たしかに一瞬見えた窓に映った自分は、笑顔というより般若だった。

 だから言ったんだ、俺はやりたくないって……。


 肩を落とす俺を見て、自分の責任だと思ったのだろう。エウラリアが慌てて俺をフォローしてくれる。


「あ、ご、ごめんなさいっ! そ、そのー、怖いというか、少しばかり恐ろしすぎるくらいだよ! だから全然大丈夫!」

「充分駄目じゃないか」


 俺の答えに声を詰まらせるエウラリア。

 あー、うー、と言葉を発しながら、必死で俺を慰める言葉を考えてくれているようだ。


「ま、まああれだよね! ちょっとくらいぶっきらぼうでも、レナルドくらいの実力があれば大丈夫だよ!」


 下手に俺のことを思ってくれているだけに、余計に心に染みる。

 ……今度、一人でいる時に笑顔の練習をしておこう。






「ねえレナルド、今どのくらい?」

「今やっと真ん中くらいって感じだな。あと二十分くらいか」


 一つ隣の駅まで四十分かかるところが、あの町の田舎具合を象徴しているよな。

 それを聞いたエウラリアは、「ふぁあ~っ」と大きな欠伸を一つした。

 涙目になったエウラリアは言う。


「最初は感動したけどさ、列車ってのも中々暇だね。地竜車より揺れが無くて快適な分、やることないと寝るくらいしかできないのかなぁ」

「今度乗る時は、なんか色々持ち込むか? 俺は玩具の類はよく知らんが、探せば面白いものはあると思うぞ」

「約束! 約束だからねっ!」


 興奮気味に詰め寄ってくるエウラリア。

「そんなに退屈だったのか……?」と思ったが、どうやらそういうことではないらしい。


「いやー、レナルドは良い人だね! 今までの三人も嫌いじゃなかったけど、皆ドワーフだったからこだわりが凄くてさぁ。自分の実力が他と隔絶して凄いもんだからって『自分で作った物しか身に付けないし持ち運ばないし利用しない』とか、人生縛り過ぎだよってボクなんか思っちゃうんだけどね」

「それは凄いな……俺もさすがにそこまでは拘ろうと思ったことはない」


 さすがドワーフというべきか、頑固を突き詰めたような人たちだったんだな。


「拘られたらボクが困っちゃうよ。まあ、それはそれで楽しかったけど――お?」


 エウラリアが後ろを振り向く。

 俺も同じ方向を向いた。

 隣の車両から、なにか声が聞こえてくるのだ。

 耳を澄ましてみると、なんとか聞き取ることができた。


「俺は最強だ! 殺されたくなかったら今すぐ列車を止めるよう伝えろ! さもなければ、お前らを殺すぞ!」


 ……なにやら厄介なことが起きているみたいだぞ?

 手を出すべきか、出さざるべきか……悩むところだ。

 ただ忘れてはいけないのが、俺はただの融合魔術師ということである。

 一応副業として冒険者をやってはいるが、それも片手間。

 列車でこんな騒ぎを起こすということはかなりの危険人物だろうから、やはり関わらず静観を決め込んだ方が――


「なんで俺が最強かわかるか? 俺はな、戦闘も融合も世界で一番の融合魔術師だからだよっ!」


 ――なるほど。


「行こう、エウラリア」


 俺は席を立った。


「え、行くのレナルド?」


 エウラリアが背後から俺に驚いた声をかける。


「てっきりキミはこういうのなるべく関わらないタイプだと思ってたんだけど……」

「融合魔術と聞いたらジッとしてられない。術者がどのくらいの腕前なのか、是非とも見てみたい」


 負けたくねえ、融合魔術だけでは絶対誰にも負けたくねえ。


「相手の腕前を確認するためだけに、テロまがいの現場に首を突っ込むのかい? ……やれやれ、キミの拘りも充分常人を逸脱してるなぁ」


 呆れた声を漏らすエウラリアを引き連れ、隣の車両へと続く扉に手をかけた。

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