59話 さわがしい
翌日。
いつものように起き、いつものように朝食をとる。
昨日と何も変わらないような日常だ。
「いっただきまーす」
「いただきます」
野菜をくたくたになるまで煮込んだシチューを一口掬い、口に運ぶ。
うん、美味い。我ながら上手くできた。
「美味しいねぇ。もぐもぐ。はぁーっ、ボク幸せ」
「レナルドは料理が上手いよね。僕も勉強しようかなぁ」
人並みレベルの料理の腕なのだが、エウラリアとエルディンはそれでも凄く褒めてくれる。
「そんなに褒めるような腕じゃないんだがな」
二人に実力以上に褒められ、俺は居心地の悪さを誤魔化す様に外を見た。
そして異変に気付く。
「……ん?」
何やら外が少しざわめきだっている。
この店は大通りに面しているわけでもないが、それでも王都の街がいつもと違う雰囲気だということは伝わってきた。
街ゆく人々は皆不安げな顔だ。
「エルディン、街で何かあったみたいだ」
「本当だね。街の人たちがどうにも普通じゃない」
「見に行かないか?」
俺はエルディンに提案する。
もしかしたらまた融合魔術師の誰かが襲われたのかもしれない。
そうだとしたら一度その現場を見ておくことは俺たちにとって大事なことのように思える。
なぜなら俺たちはまだ、ジャハトとかいう犯人についてほとんど何も知らないからだ。
少々の危険を冒してでも今は情報を得ておくことが大事だろう。
エルディンも同じ意見のようで、コクリと首を縦に振った。
「よし。エウラリア、行くぞ」
「うんっ」
シチューの最後の一口を食べ終えたエウラリアがぴょんっと俺の頭に飛び乗る。
火竜の革エプロンを巻き、『伸縮』と『麻痺』の融合された木剣を腰に差し、俺は外へと飛び出した。
多くの店が開店時間を迎えたばかりだということもあり、通りはそこそこ混雑していた。
多くの冒険者は朝早くに買い物をしてから依頼に向かうか、依頼から帰ってきてから買い物に向かうかしている。よって今の時間帯は日没前後と並んで人が多いのだ。
「すみません、ちょっとお話いいですか?」
情報収集のために外に出た俺たちの中で、エルディンが道行く男に声をかける。
別に俺が見知らぬ人に話しかけるのが苦手だからじゃないぞ。エルディンが顔の広い有名人だからだ。
話しかけてきた相手が冒険者のトップであるエルディンだとわかると、「え、エルディン!?」と男は驚いた顔を見せたが、すぐに話を聞いてくれる体勢に移った。知らない人間よりも知っている人間の方が警戒心が抱かれにくいのは当然だ。
「今朝は少しいつもと王都の様子が違う様に見受けられるんですが、その理由に心当たりはありますか? あれば教えてほしいんですが」
「あ、ああ。それならたしか、また融合魔術師が襲われたとかなんとか。ほら、最近噂になってる融合魔術師狩りだよ」
やっぱりか。
どうやらまた新たな犠牲者が出たらしい。
予想通りの答えに納得する俺の前で、男は深刻そうな顔で続ける。
「最近そんな事件が頻発してるせいで、融合屋が軒並み一時閉店しちまってるんだ。嫌な予感がして俺がひいきにしてた融合屋にもさっき足を運んでみたら一時閉店しちまっててさ……俺たち一般冒険者にとっちゃ死活問題なんだよなぁ」
贔屓にしている融合屋が営業をやめてしまえば、冒険者は武器の魔道具の整備ができなくなるからな。それはたしかに痛手だろう。
「この剣の整備、どうすっかなぁ。ちょっとガタが来てるんだけどなぁ」と落ち込む男。その腰には鞘に入った剣が一振り、頼りなさそうにブラついている。
「もしよければだが……整備、俺がやろうか?」
俺は男の剣を注視しながら一歩前に出た。
融合した魔道具の整備は、よほどの代物でない限りそこまで時間のかかる作業ではない。
見たところ一般レベルの剣だし、数分とかからないだろう。
「え? あんたが?」
「彼はレナルド。彼の融合魔術師としての実力は僕が認めます」
不審そうな目をした男に、エルディンがすかさず説明してくれる。
『導きのエルディン』のお墨付きと聞いた途端に、男はすぐに乗り気になった。
「ぜひ頼む!」
「ああ、わかった」
俺はそう答えると男から剣を受け取り、触れる。
魔石が融合された魔道具には、魔力が流れるようになる。
例えるなら血管だろうか。身体中に張り巡らされ、それによって魔道具は魔道具としての性能を発揮できるのだ。
ただ、長く使っていたり激しい使い方をしていると稀に不具合が生じる。多くの場合、ちょっと魔力の循環が滞っているだけだ。血管で言うところの動脈硬化に似ている。
「……」
俺は無言で剣に魔力を注ぎ込んだ。
別に難しいことはない。魔力の循環が滞っている箇所を見つけて、そこを俺の魔力で軟化させるだけだ。
「よし、終わったぞ」
時間にして二分といったところだろうか。
整備を終えた俺は、男に剣を返した。男はそれを受け取ると、何故か俺を凝視してくる。
「お、終わったって言われても……時間が短すぎやしないか?」
「こんなもんじゃないか? 別に難しい作業でもないし」
「!? い、いやいやいや……。と、というか第一、剣を鞘から抜いてもいないじゃないか!」
「ああ、それなら簡単だ。街中で剣を抜くわけにもいかないからな。鞘の上からそのままやっただけの話だ」
「……!?!?」
俺が質問に答えるたびに、固い顔になっていく男。
なんだ? 俺、何か変なこと言ったか?
こういう時は……エウラリアに聞こう。融合を司る妖精なわけだし。
「そりゃこの人も驚くよ。どう考えても一般の融合魔術師レベルには無理な芸当だもん」
呆れたように息を吐きながら、肩の上のエウラリアは答える。
なるほど……どうやら俺の中の常識が少しずれていたらしい。
「レナルドったら融合魔術については興味津々の癖に、相変わらず自分の常識外れ度合にはイマイチ無頓着なんだから。やっぱりキミにはボクがついてないと駄目だねー」
えっへん、と自慢げなエウラリア。
うぅむ、言い返す言葉が見つからんな。
……まあ、エウラリアは男に見えてない訳だし、返事をするのも変だしな。折角ならこのまま調子に乗らせておいてあげよう。
「た、助かったよ。まさかこんなにすぐに整備してもらえるなんて……今度からはあんたの店を贔屓にさせてもらう」
「それはありがたい。……といってもこのゴタゴタで、まだ店はオープンできてないんだけどな」
この騒動に決着がつけば店もオープンできるだろう。
その時に顧客となってくれそうな人が一人見つかっただけでもありがたいな。新規開拓とか、口下手な俺にとっては一番の苦手分野だし。
だが、今はそれよりも今回の襲撃についてだ。
今日起きたという襲撃事件についてもう少し聞いておきたい。
「今回襲われたのがどの融合魔術師か、知っていたら教えてほしいんだが……」
「ああ、それならあの子だよ。えっと……なんだったかな。俺レベルの冒険者にはあんまり馴染みがないからなぁ……」
男は腕を組み、数秒唸る。
どうやら今回の被害者は一般レベルの冒険者には手が届かないくらいに凄腕の融合魔術師らしい。
もしかしたらセレナと同じくらいの腕なのかもな。そんな人間が王都にまだいたとは……是非事件の前に会っておきたかった。
悔やむ俺の前で、男は拳をポンと鳴らす。名前を思い出したようだ。
「ああそうだ、思い出した! セレナだセレナ! 病院送りらしいけど、気の毒だよなぁ」
「っ!?」
ガツン、と頭に衝撃。
セレナが……襲われた!?
「病院送りだったらしいけど、気の毒だよなぁ。まだ若いんだろ?」
何一つ言葉が発せない俺の前で、男は眉を下げる。
だが俺はそれどころではなかった。
馬鹿な! セレナはイルヴィラが守ってたんだぞ!? そんなはずは――
「レナルド、エウラリア、急ごう!」
エルディンがグイッと俺の手を引く。
それでようやく俺は思考の袋小路を抜け出すことができた。
「二人の無事を確かめないと!」
「あ、ああ!」
「う、うん!」
そうだ、今はとにかくセレナとイルヴィラの安否を確かめることがなにより先決じゃないか。
俺たちは通りの真ん中を全力疾走し、病院へと向かった。
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