58話 備えあれば憂いなし
レストランから帰ってきて。
玄関の扉を開けてまず声を上げたのはエウラリアだった。
「はふぅー、食べた食べた。もう動けないっ」
そう言いながらふらふらと机の上に不時着し、「あぁー」と言いながら倒れ込む。
そうして自分のぽこりと飛び出た白いお腹を優しくさすった。
「エウラリアは身体の割に結構な量食べてたもんな」
「うん、ちょっと食べすぎたみたいだよ……」
テーブルの上から苦しそうな声が返ってくる。
普段のエウラリアは本当に少食なのだが、今日はいつもの五割増し位の量を食べていた。これだけ苦しがるのも納得である。
「皆で食べてると、ついつい食べ過ぎじゃってさ」
「まあ、その気持ちはわかるけどな。あとでこうして苦しむのはお前なんだから、少しは気を付けろよ?」
苦しそうなエウラリアにそう言葉をかけると、エウラリアはふへっと間の抜けた笑みを浮かべる。
「何だかんだ言ってレナルドっていつもボクのこと心配してくれるよね。ボク、レナルドのそういう優しいとこ好き」
「そりゃどうも」
「あはは、そういう照れ隠しでぶっきらぼうになっちゃうところはあんまり好きじゃないけどねー」
「……良く見てるなお前」
こういう時どういう顔をすればいいかわからず苦々しい顔を浮かべると、エウラリアは面白いものでも見たようにまた笑って言う。
「そりゃあもう、なんてったってボクはキミのパートナーだからね」
ちぇっ、エウラリアには敵わないな。
俺が降参したのと、エルディンが後から部屋に入って来たのがほぼ同時だった。
「良い雰囲気のところごめんね、ちょっといいかな」
「ああいいぞ、別にいい雰囲気でもなんでもなかったからな」
「あっ、レナルドひっどーい。ぶーぶー」
机の上で抗議してくるエウラリアは意図的に無視して、俺はエルディンの話を聞くことにする。
「ジャハトと戦う時のためにもっと万全の準備をしておこうと思ってね」
「なるほどな……それで?」
「僕の剣に『伸縮』の性質を融合してほしいんだ」
ガシャリ、と机の上に剣が置かれた。
剣は明らかに超一線級の代物で、見ただけで高級品なのが一目瞭然である。
この剣に、『伸縮』をか。
「わかった」
「助かるよ」
「気にしないでくれ。俺は守ってもらってる立場だからな。そのくらいするのは当然だ」
俺はそう答え、さっそくエルディンの剣を見て見る。
傷の具合からして実戦で使用している剣だ。となると、この剣はすでに何らかの性質が融合された魔道具なはず。
「すでにかかってる性質は……『振動』か」
振り返って確認する。
……うん、合ってるみたいだな。エルディンが頷いてくれた。
「さすがだね、その通りだよ。鍔迫り合いになった時に便利なんだ。まあ、大抵の相手にはそこまで長引かないんだけどね」
「『斬撃』とかにはしてないんだな。ちょっと意外だ」
遠距離戦に対応するために、『斬撃』の性質を融合する冒険者は多いと聞くが。
「斬撃は工夫すれば自分で出せるしね。わざわざ魔石を使うほどじゃないよ」
「……ああ、そうなのか」
さすがなのはどう考えてもそっちだろ、という言葉を呑みこみ剣の方に向き直る。
「よし、やろう。エウラリア、魔石箱を用意してくれるか?」
「うん、わかったよ。……よいしょっと」
エウラリアが机の上をぴょんぴょんと飛び跳ね、俺のところに歩み寄って来る。
飛ぶのは辛いけど歩くのは面倒くさいから、その折衷案って感じだろうか。なんだか重力の少ないところにいるみたいな動きで少し面白い。
そんな風に思っていると、エウラリアが空間魔法で魔石の保存箱を出してくれた。
「ありがとな」と礼を言い、その中から『伸縮』の魔石を取り出す。
「一度融合してから時間が経った魔道具に再度融合するのかぁ。けっこう高難易度だね」
「ああ。だが俺なら問題なくこなせるし、それに今回は融合する魔石が『伸縮』だ。万に一つも失敗はないな」
「おっ、いいねレナルド! 自信たっぷりなキミはカッコ良くて輝いてるよ!」
エウラリアは俺をひゅーひゅーと囃し立てる。
お前さっきまで苦しそうにしてたのに、もう平気になったのか? 回復早いな。
「……ふぅ」
息を吐き、気持ちを切り替える。
自然と思考が魔石と素材の剣のことのみに集中する。
左手で剣を支え、右手に持った魔石を近づける。
真ん中ほどまで融合が済んだところで、出てくるのは拒絶反応。
やはり普段の木剣の時よりも僅かに激しい。すでに一つ性質が乗っかっているところにもう一つ融合しようとしているのだから無理もないことだが。
だが、『伸縮』の魔石の拒絶反応などそれこそ一万回では足りないくらいに見てきた。
それゆえに、決して慌てることはなく。
「っし……!」
そのまま一気に融合する。
時間にしてわずか一分足らずで、俺は融合魔術の工程を全て完了した。
「終わったぞ」
「あ、相変わらずの速さだね。御見それしたよ」
「よしてくれ、ムズ痒くなる」
「そんな君に上手く使ってもらいたいものがあるんだ」
そう言うと、エルディンはゴソゴソと腰につけた袋を探り出す。
何かと思っていると、ズイッと俺の前に魔石が出された。
「これは……」
触れてみる。ビリビリと静電気を強化したような感覚が指先に感じられた。
この薄黄色の色と言い、今の感覚と言い、間違いない。
「『麻痺』の魔石……パラライズスネークやパラライズタイガーからとれるヤツだな」
「ご名答。ここに来るまでに狩って来たんだ」
麻痺という性質は使い勝手が多岐にわたる。
例えば貴重な魔物を捕獲するときに使われるし、威力を押さえればパーティーグッズなんかでも人気だし、あとはまあ「未来が見てみたい」なんて人がこれを用いて仮死状態になろうとするなんて例もある。
最後に関してはゾンビ系の魔石が持つ『仮死』の性質を使った方が手っ取り早いと思うが、そっちの分野は専門じゃないからよくわからん。
「この魔石をどうして俺に?」
「『麻痺』なら、威力は関係なく数秒動きを止められるからね。もしかしたらレナルドにもジャハトに一発入れられる瞬間があるかもしれないだろ? 備えあれば憂いなしってやつさ」
なるほど、たしかにそうかもしれない。
備えられる準備はしておくべきか。
そう思った俺は、自らが携帯していた『伸縮』が融合された木剣を抜く。
そして新たに『麻痺』の魔石を融合した。
これでこの木剣は『伸縮』と『麻痺』の二つの性質を手に入れたわけだ。
「時間が経ってからの複数回融合は一流の融合魔術師でも成功率が五割を切るって話だったけど……君の魔術を見てると失敗する気がしないね」
「あったりまえだよ! だってレナルドはボクが認めた融合魔術師だもん! ね、レナルド?」
「げへへ、そうだそうだ」
「えっ!? ど、どうしたのレナルド、なんかすっごい変だよ!?」
「いや……さっきぶっきらぼうって言われたから、朗らかな感じにして見ようと思って……」
そんなに変だったか? 自分では中々自然にできたかと思ったんだが……。
「朗らかとは真逆だったね。ホラーかと思った。エルディンはどう思った?」
「正直に言うと、てっきり何かに取りつかれたのかと思ったよ」
そこまでか。エルディンもそう言うってことは、エウラリアの冗談じゃないってことだよな。
つくづく俺の笑顔はどうなってるんだよ。呪われてるのか?
アルシャに教わってからたまに練習してるんだけどなぁ……。
「ま、まあともかく! 何かあったらその剣を使ってみてくれよ」
「できれば使いどころがないことを望みたいがな……」
「それは僕も同感だけど、万が一ってことがあるからね。僕が君を百パーセント守りきれるとは、残念ながら言いきれないし」
「そうだな、いざってときは頑張るよ」
何があるかわからないもんな。
もしかしたら襲われた時に俺に出来ることがあるかもしれないし。
「安心してよ、その時はボクも愛刀で戦うからさ!」
「エウラリアは本当無理すんな。本当に。真剣に。本気で」
「えぇ!? ぼ、ボクだって戦えるのに……」
そんなに不服そうな顔しないでくれよ。
俺はお前がもし無理したらと思うと心配で心配でたまらないんだから。
一応エウラリアの愛刀にも『麻痺』の魔石を融合しておいたが……使う時が来ないことを祈るばかりだ。
次話の更新日3月24日は書籍版『脱サラ転生魔術師は職人芸で成り上がる』の発売日です!
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