56話 レストランにて
昼食をとるため、俺たち三人は王都を歩く。
相変わらず王都の街並みには撃てば当たるほどの数の融合屋がひしめき合っているが、それらにはこれまでとは確かな違いがみられた。
「けっこうお店が閉まっちゃってるね」
そう、エウラリアの言う通りだった。
昼時の人通りが多い時間帯にもかかわらず、店の半数……いや、それ以上が店を閉めているのだ。
「融合魔術師が狙われてるって話が一般人にも広がり始めたみたいだね。自衛のために店を閉めているんだろう」
エルディンがそう分析する。
なるほど、たしかに俺はイルヴィラやエルディンと繋がりがあったから守ってもらえているが、普通の人間はそんな一流の冒険者との繋がりなんて持っていないだろうからな。
そうなると店を閉めるくらいしか身を守るために出来ることがないのか。
「でもこれだけの融合屋が一気に閉まると、僕たち冒険者にとっても大打撃だよ。自分が使っている魔道具の調整をお得意の融合屋に任せている人たちも多いだろうし」
続いて冒険者の立場から言葉を発するエルディン。
俺もそれには同意しかないので、コクコクと頷く。
「冒険者と融合魔術師は持ちつ持たれつだからな。冒険者がとってきた魔石を融合魔術師が融合し、できた魔道具を冒険者が使う。このサイクルが崩れると冒険者も困るだろう」
俺も一応両方の職業を経験しているからわかる。
融合魔術師の一番の客は冒険者だし、冒険者が一番頼りにしているのは融合魔術師なことも多い。
普段はそれが相乗効果になっているのだが、今回ばかりは逆に冒険者まで影響が波及してしまったという訳だ。
「皆困ってるんだねぇ。うーん、なんとかならないのかなぁ」
「難しいだろうね。この一連の騒動が収まるまでは混乱は続くだろう。ジャハトとかいう犯人が捕まればまた別だろうけど」
結局根本の不安の種を取り除かないと、どんな対策をとったところで意味がないってことだな。
……ん? どうしたエウラリア。何をそんなにやる気になってるんだ……?
「もしボクの前に現れでもしたら、この愛刀で叩き斬ってやるのに……!」
「だからそれはやめてくれって……」
怒る気持ちはわかるが、本当に戦いを挑みそうで俺は怖いぞ。
お前は大切なパートナーなんだから危ないことはよしてくれ。
「ああ、着いたよ。ここだ」
エルディンが立ち止まる。
食事処に辿り着いたようだ。
エウラリアのたっての希望を反映し、店は洋風レストランである。
「提案なんだが、食事の時くらいは暗い話題は無しにしないか? 折角の食事が美味しくなくなる」
「おお、気が合うねレナルド! ちょうどボクもそう思ってたとこ!」
さっきまで愛刀で叩き斬るとかぶっそうなこと言ってたのに、切り替え速いな。
まあ、同意してくれたのはありがたい。
エルディンも反対ではなさそうだし、じゃあそういうことでよろしく頼む。
そして、俺たち三人はレストランへと入店した。
入店から数分。
すでに注文はすませ、あとは料理を待つばかりだ。
「おっむらいす! はっんばーぐ!」
注文をしてからエウラリアはずっとこの調子だ。
興奮収まらぬようで、テーブルの上で俺とエルディンに謎の踊りを披露している。
くるくる回って、歌って、笑って。まるでミュージカルみたいに大忙しだ。
どんだけ楽しみにしてたんだよ。
しかしまあこんなに楽しそうなエウラリアを止めるのも野暮なので、俺とエルディンは微笑ましく眺めつつ雑談を交わすことにする。
「へぇ、じゃあレナルドはセレナのお師匠様だったのか」
「まあ、そういうことになるかな。といっても別に大したことを教えたわけじゃないが。むしろ王都で一番になっているなんて思わなくて驚いた」
グラスに注がれた水を飲む。
冷たい水が通過する感覚が喉に心地良い。
俺が教えた人間が王都で一番になるなんて、まさか想像もしていなかった。
まあ俺は一週間しか関われなかったんだから、一番になったのはまさしくセレナ自身の努力だけどな。
「ああでも、昔から才能はあったな。あれだけ呑みこみが早い人間にはちょっと会ったことがない」
「へぇ。君がそう言うなら本当に凄いんだろうね。お姉さんが一流の冒険者で、妹さんが一流の融合魔術師かぁ。そんなこと現実にあるんだね」
「その上美人だしね!」
おお、急に会話に入って来たな。踊りはもういいのか?
「はぁ……はぁ……っ」
……その荒い息は、踊りを踊ったからか? それとも発情してるのか?
見分けがつかん……。
「いいよねぇ、絵になる姉妹で。ボク、二人に取り合いされたいなぁ……。それでね、こうやって言うんだ。『二人とも、ボクのために争わないで!』って。でへへ」
あ、これは後者だな。間違いない。
「お前四六時中そんな妄想してんのか?」
「むむ、失敬な! ちゃんと食べ物のことも考えてるよ!」
融合魔術のことを考えろ。
考えることが妄想と食事についてって、融合を司る妖精らしさの欠片もないじゃねえか。
「セレナはもちろんだけど、イルヴィラにゃんもいい子だよねぇ。ああいう子は意外と純情で一途なんだよ。ボクが言うんだから間違いない」
まるで何かの評論家のように髭を弄る仕草をするエウラリア。
そもそもお前髭生えてねえだろ。なんだその意味のないジェスチャー。
「イルヴィラにゃんは絶対いいお嫁さんになるよ。料理も美味しいし、それにツンデレだし」
「エウラリアはこう言ってるけど、実際のところはどうなんだい?」
? エルディン、急に隣の席の人たちの方を見て何を言って……って。
「ぎくっ」
イルヴィラじゃないか。
隣にはセレナもいるし。
なんだ、偶然同じ店に食べに来てたのか。そんな偶然あるんだな。
「い、いつから気づいてたの……?」
「そりゃもちろん、店に入った瞬間に気付いたさ」
どうやらエルディンは店に入った瞬間から二人の存在に気付いていたらしい。
テーブルごとに仕切りがついていて、隣の様子なんて覗こうとしなきゃ見れるもんじゃないのに。やっぱすげえなエルディンって。
この偶然の出会いに一番テンションが上がったのは誰かと言えば、エウラリアだった。
舞を踊った昂揚がまだ持続していたらしく、口を大きく開けながら喜ぶ。
「イルヴィラにゃん! イルヴィラにゃんじゃないか!」
「だから、その呼び方やめなさいって言ってるでしょ!? いつまで引っ張るのよあんた!」
「だってもう記憶に定着しちゃったんだもん。この記憶を消したきゃ、もっと強い衝撃でかき消してくれないと」
「もっと強い衝撃……? た、例えば?」
イルヴィラがためらいがちに尋ねる。
この状態のエウラリアからはどうせ碌な答えなんか帰ってこないだろうが、それでも聞くだけは聞いてみるらしい。
偉いなイルヴィラは。俺だったら絶対聞かないぞ。
こういうときのエウラリアはスルーが一番だって知ってるからな。
「うーん、そうだなぁ……」
……お? 意外と真剣に悩んでるな。
もしかしたら真面目に考えているのかもしれない。
だとしたら俺はエウラリアを見誤ってたよ。意外とまともなやつだったんだな。発情妖精とか言ってごめん。
「あっ、裸エプロンとか!」
やっぱり発情妖精じゃねえか!
真正面から告げられたイルヴィラは、案の定顔をかぁぁと真っ赤にする。
「は、はだ……そ、そんなことするわけないでしょ、この馬鹿!」
「ぶへっ!」
あ、エウラリアが吹き飛んだ。
はたかれて通路まで飛んで行ったエウラリアは、よろよろと俺たちのテーブルまで戻ってきた。
「レナルドぉ、イルヴィラに叩かれたぁぁっ」
「お前が悪いぞ」
「裸エプロンしてくれ」なんて言ってはたかれるだけですむだけ、むしろありがたいと思うべきじゃないか?
俺が言ったら間違いなく逮捕確定だ。いや、まずそもそも言わないけどな。
「ほらエウラリア、イルヴィラにごめんなさいは?」
「イルヴィラ、ごめんね?」
「……まあ、別に怒ってる訳じゃないし」
ぷいっとそっぽを向いて口をつんと尖らせるイルヴィラ。
どうやら本当に怒ってはいないらしい。はたいたのはそれ以上に恥ずかしさが勝ってしまった結果のようだ。
「イルヴィラぁぁ……! ボク、イルヴィラのこと好き!」
なぜか感極まったエウラリアがぎゅっ、とイルヴィラの手に抱き着く。
イルヴィラは「あ、ありがと……で、いいの?」と戸惑いながらも、エウラリアを受け入れた。
「エウラリアを許してくれてありがとう。イルヴィラは心が広いな」
「そ、そうかしら?」
「ああ、さすがイルヴィラにゃんだ」
「……あんたも結局弄ってるじゃないのぉぉっ!」
ああ、ごめん。つい。
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