55話 お掃除
スライムの魔石と木剣を組み合わせる。
もはや数も分からぬほどに繰り返してきた作業だ。
しかしだからこそ惰性にしてはならない。
一本一本を丁寧に融合するのだ。
「……ふう」
納得の出来に仕上がり、俺はウンウンと数度頷く。
朝食を食べてから軽く融合魔術に触るつもりだったが、ついついガッツリのめり込んでしまった。
今日は朝から融合魔術三昧な一日だな。
旅を始めてからというものあまりこういう時間もとれなかったし、昔のがむしゃらだったころに戻ったみたいで少し懐かしい。
初心忘るるべからず。この気持ちを大切にしなきゃな。
「随分と熱中していたね。さすがだ」
「ああ、エルディンか」
気が付くと、エルディンが俺の方を見ていた。
壁に肩を当て、軽くもたれるようにして体重をかけている。ともすれば気障に映りかねないそんな仕草も、彼にはとても似合っていた。
「悪いな、碌に歓迎も出来なくて。そういうのは、なんというか、苦手なんだ」
「大丈夫、君の性格は短い付き合いでもなんとなくわかっているよ。人には誰しも向き不向きがあるんだ。謝ることはないさ。それに、超一流の融合魔術をこの目で見られるのは貴重な経験だしね。それだけでも充分に依頼を受けた元はとれるよ」
「そう言ってもらえるとありがたい」
そう言いながら、出来上がった木剣の魔道具を片付ける。
片づけると言っても、無造作に積み重ねておくだけだが。
まだ店は開いてないし、別に誰に見られるわけでもないからこの程度の片づけで充分だろう。融合魔術への熱意ほどは、整理整頓へエネルギーは向けられない。
「片付けは苦手なのかい? それとも理由があってそうしているのかな?」
山になった木剣の束を流し見て、エルディンがそんなことを聞いてきた。
「ん? いや、理由は特にないぞ。片付けはあまり得意じゃないというか……ついつい後回しにしてしまう癖があってな」
「それはいけない!」
「お、おお?」
なんだ、どうしたエルディン。
……おい、いつの間にマスクと軍手を装備したんだ?
ずっと見ていたのに全く気付けなかったんだが。
「もし迷惑じゃなければ、僕に少し整理させてもらってもいいかな!?」
「あ、はい、よろしくお願いします……」
圧に押されて思わず敬語になってしまった。
エルディン、お前意外と綺麗好きだったんだな。全然知らなかった。
俺の了承を得たエルディンはさっそく片づけに取り掛かる。
積み重なった木剣の山から一本ずつ剣をとり、乾いた布で懇切丁寧に拭いていく。
そんな作業をするエルディンの顔は、まるでマッサージを受けている時みたいに頬が緩んでいた。どうやら彼にとっては掃除が何よりの快感らしい。
「他の人の家だし、口出しはやめておこうとも思ったんだけど……どうしても血が疼いちゃって。ごめんねレナルド」
口を動かしながらも、手は決して休めない。
木剣を手っ取り早く片づけたと思ったら、今度は床掃除か。
正直、まさかそんなに本格的に掃除を始めるとは思ってなかった。
そこまでしてもらうと何だか申し訳ないな。
「いや、俺としても片付けしてもらってるんだからむしろ感謝したいくらいだ」
「そう言ってもらえると助かるよ。……ああっ!」
不意にエルディンが歓声に近い声を上げる。
「ど、どうした?」
「見てよレナルド、埃っ! 新築でも早速溜まってるみたいだぁぁ……っ!」
なんでそんな嬉しそうなんだ……。
エルディン、俺はお前だけは常識人だと信じていたんだが、どうやらそれも間違いだったかもしれないよ。
それから数十分後。
二階の部屋でくつろいでいたエウラリアが一階へと降りてくる。
「そろそろお昼だと見越して、ボクが降りてきましたよーっと。……あれ? なんだかお店がすっごくピカピカになってるような……?」
エウラリアは部屋の変わりように不思議そうに首を捻った。
まだ新築でほとんど汚れもないというのに、一見しただけでわかるくらいには変わっているようだ。
「ああ、それはあの人のおかげだな」
「……あの人?」
俺が指差した先では、エルディンが鼻歌を歌いながら壁を拭き掃除していた。
「楽しいなあ! 楽しいなあ! あはは、ドンドン綺麗になっていくよ!」
上機嫌どころの話じゃないな。
壁と対面しながら笑ってやがる。
夜でくわしたら夢に出てもおかしくないくらいの光景だ。
「……もしかして、エルディンってヤバい人?」
「いや、ただの綺麗好きだと思う……ギリギリな」
確信は持てないけど。
「ふう、終わったよレナルド!」
しばらくして、エルディンはこちらを振り返った。
達成感に満ち溢れた爽やかな笑みだ。
「ご苦労様」と労いの言葉をかけると、エルディンは嬉しそうに頷いた。
「……あれ? エウラリアもいる。いつの間に降りてきたんだい?」
「さっきだよ。随分と上機嫌だったねー。掃除好きなの?」
「大好きさ。整理整頓をしていると、心の中も片づけられる気がするんだ」
ほわぁ、と至福の表情をするエルディン。
「イケメンが頬を緩ませてる……いいね」
それを見て満足そうにグーサインを出すエウラリア。
「……この家、俺しかまともなヤツいないんじゃないか?」
「え、レナルドがまとも!? そっか、自分ではそう思ってるんだ……」
「おい、それどういう意味だよ!?」
俺はまともだろ!? そうだよな!?
「あっ、もうこんな時間じゃないか。そろそろお昼だね」
エルディンが呟く。
ああ、たしかにもう昼時だな。
そろそろ腹も減ってきた頃だ。
「ずっと部屋の中に篭っていても気が滅入ってしまうし、気晴らしに外食にでも行こうか」
「エルディンがいいなら俺が否定する理由はないな」
「安心してね、外でもきちんと君たちの身は守るから」と言われてしまえば、こちらから断る理由はない。ここ数日は外出もしていなかったし、気分転換にもいいだろう。
とはいえ、外食に一番喜んだのは俺ではなくて俺のパートナーだったが。
「外食!? わーい! ボクね、ハンバーグが食べたい! ……あ、でもオムライスも食べたいかも。ん~、悩むぅぅ……っ」
頭を押さえてむうむうと唸るエウラリア。
食道楽の彼女にとっては眉を寄せて難しい顔になってしまうほど大事な選択なようだ。
考えるのに夢中になって段々と高度が下がっていくエウラリアを手の平で受け止め、俺は苦笑する。
「両方頼んでいいぞ。残った分は俺が食ってやるから」
「ほんと!? ボク、レナルドだーいすきっ! ずっと一緒にいようね!」
「わかったわかった」
首筋に抱き着いてきたエウラリアのかすかな重みを少しこそばゆく感じながら、俺は外出の準備を始めるのだった。




